サマーロンダリング
どうやら川島
僕は睡眠薬入りのお茶をキッチンシンクに流すと、コップを洗い片付ける。指紋が付いているのはコップだけのはずだから、これでもう大丈夫だろう。あとの作業は手袋をつければいいのでかなり楽になる。
《2020夏 ~クソくらえな夏に絶望したボクはこうして死んだんだ~》という掌編集を出すので小説を書いてくれないかと川島穂香に言ったとき、彼女は疑うこともなく頷いた。作家二十人による掌編集であっても、久しぶりに商業作品を世に出せるという嬉しさがそうさせたのだろう。手書きの原稿用紙を指定したときはさすがに怪訝な表情を浮かべたが、それでも書いた小説がそのまま遺書として使われるところまで思慮が及ぶことはなかったようだ。
無論、掌編集という企画自体が川島穂香を自殺に見せかけて殺すための嘘であり、作り話である。底辺で燻っている作家など、大手編集者の僕が企画を提示すれば尻尾を振ってむしゃぶりついてくるのだ。本当にどうしょうもないアバズレ女だ。
そうだ。この川島穂香は心の底から卑しい女だ。ちょっとした火遊びの相手として愉しんでいただけなのに、奥さんと別れて本気で付き合ってほしいなどとほざくのだから。一冊本を出しただけでほかに取り得のないバカ女と付き合うなんて、あるわけがないのに。ただ、僕が賢いのはそのあと、邪険にせずに川島穂香との結婚をほのめかしたことだ。だからなのだろう、彼女が最後の最後まで僕を疑わずにこの世から去ることになるのは。
僕はサマーロンダリングの原稿を遺書と書かれた封筒に入れると、キーボードの上に置いた。作家の遺書が掌編小説とは乙じゃないかと思いながら。あとは作中の愛瑠と同じように首を吊ってもらって、この女とは終わり。
それにしてもサマーロンダリングとはまた素晴らしいタイトルだ。
僕もずっと、この夏をやり直したかったのだから。
サマーロンダリング 真賀田デニム @yotuharu
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