第2話 名前を付けてやる
ひんやりとした空気、どこまでも澄んだ青空。
ここはどこだろう?
それよりもまず何で俺は宙に浮いている?
ああそうか、俺、ウインティア女王国へ向かう街道で突然の猛吹雪に合い遭難したんだっけか。
そしてそのまま凍死してしまったと。
だから俺はこうして死後、天国へ向かって上空を目指しているんだな。
ちぇっ、結局俺は自分の意思で進路を、未来を、人生を切り開くことは叶わなかったのか。
成程、底辺に生まれた人間は一生底辺のまま非業の結末を迎えるって訳だ。
だとしたらこの世界を作った神って奴は余程の冷血漢か、ドの吐くサディストって事になるな。
おっといけない、天国を目指しているっていうのに神の悪口はさすがにまずいだろう。
下手をすると途端に飛行能力を失って地獄へ真っ逆さまって事になりかねない。
だけど何か記憶に引っ掛かる事があるんだよな。
俺って本当にあのまま凍死したのか?
とても大事な事を忘れている気がするのだが思い出せない。
はて、何だったか……。
そんな時だ、晴天だった空が急に曇り出し、上空から何やら冷たいものが降って来るでは無いか。
雨か? いやそれは始めこそ水滴であったが徐々に粒が大きくなり霙となり雪へと変わっていった。
そして風も出て来て極わずかの間に猛吹雪へと変わっていった。
寒さに震える身体を自分の腕で抱きしめ縮こまる。
「冗談じゃない!! 凍死したってのにあの世でまあで吹雪で遭難して堪るか!!」
周りに誰がいるでもないがつい言葉を発して叫んでしまう。
そうだ、こうなれば一気に雲を突き抜けて更に上空へ出てしまえばこんな吹雪から脱出出来るはずだ。
しかしいくら力んだところで飛行速度が上がるでもなく、強烈な吹雪によって後方へと吹き飛ばされてしまった。
「畜生ーーー!!」
ゴトッと音がして俺の背中は平たくて固い場所に落下した様な感覚を憶えた。
「あれ……ここは……?」
床だ、それも真っ赤なカーペットの敷いてある部屋の床の。
上体を起こす。
俺の横には天蓋付きの大きなベッドがあるのが視認できた。
どうやら俺はこのベッドから落っこちたらしい。
という事はさっきの空を飛んで猛吹雪に吹き飛ばされてのは夢?
じゃあ俺は死んでない?
「あら、もう起きれたの?」
どこかで聞いた事のある少女の声だ。
声がした方向、部屋の入口に派手な色彩のドレス風の衣装を着た少女が佇んでいる。
「物凄い音がしたからどうしたのかと思ったらあなたがベッドから落ちた音だったのね」
クスリと微笑む少女。
え~~~と、誰?
「………」
「あーーー!! まさか自分の命の恩人の事を憶えていないって言うんじゃないでしょうね!?」
俺の反応が鈍かったせいか少女は大いに不満げな顔をして俺へと詰め寄り至近距離で睨みつけてくる、怖い。
「まあまあユウキ姫、彼は低体温で意識が朦朧としていたでしょうし姫の顔を憶えていないのは無理もないのでは?」
更に入り口から金髪碧眼で高身長のイケメンが登場した。
「デューク……」
少女が発したその名前には聞き覚えが有った、そうだ思い出したぞ!! このイケメンは俺を雪の中から助け出してくれた……。
「これはこれは!! こんな豚の如き俺を助けて下さってありがとうございます!!」
俺はすぐさま彼、デュークの足元に飛び込み床に這いつくばり頭を下げた。
「何よ!! 何で私の顔をは憶えていないのにデュークの顔は憶えてるのよ!! 納得がいかないわ!!」
ユウキと呼ばれていた少女は腕を組み頬を膨らましそっぽを向いた。
「まあそう畏まらないでください、人命を救うのは我ら白銀騎士団の誉、人として当たり前の行為です」
そう言って俺に微笑みかけるデューク。
なんて出来た御仁なんだ、惚れてしまうだろう。
どうやら俺は彼らに命を救われた様だがこんな好待遇はどうにも落ちつかない。
「あの、どうして俺はこんな立派な部屋に寝ていたんでしょう? こんなどこの馬の骨とも分からないデブを寝かせるのは勿体無いと言いますか……」
「この私が自ら助けたのだからそれなりの待遇はするわよ、安宿になんて預けたらそれこそ王家の恥だわ」
王……家?
「あなた、例え自分の事とはいえ蔑むような言葉を口にしてはいけませんよ、卑屈な気構えや言葉は幸運を遠ざけてしまいますから」
「はい、済みません」
デュークに怒られてしまった。
それというのも今までの虐げられた人生経験が身体や心の隅々にまで染み付いてしまって無意識に自らを蔑む言葉得が口を吐いて出てしまうのだろう。
「デュークの言う通りね、言葉には力があるの、それは同じ事を伝えるにしても言葉の選び方言い方で結果が大きく変わるの……私はこのウインティア女王国の第一王女、ユウキよ」
「えっ!? お姫様!? これは失礼しました!!」
改めて俺はユウキ姫の足元に平伏した。
「知らぬ事とはいえ数々の無礼をお許しください!!」
イケメンにうつつを抜かしている場合ではない、よりによってウインティアの最高権力者に失礼を働いてしまうとは最悪だ。
そうだよ、彼女の額についているあの王冠ですぐに気づくべきだったのだ。
意識が朦朧としていたからなんて言い訳にならない。
「ふぅ……まあいいわ許してあげる、あなたは記憶が混濁していたみたいだし……
所であなたの名前は?」
「ファット……ファットです」
「ファット!? あなたふざけてるの!?」
ユウキ姫の眉間に皺が寄り俺の顔を睨みつけて来た。
「違います!! これが俺の本名なんです!!」
「何て事……言いたくはないけれどあなたの親はどういうつもりであなたにそんな名前を付けたのかしら」
ユウキは茫然とした表情を浮かべる。
この姫様、コロコロと表情が変わってみていて飽きないな。
「どうやら俺、生まれた時からこんな体型だったらしく、それでこの名前が付いたとか……」
「それにしても意地悪だわ、うん、あなた今日から名前を変えなさい」
「はっ?」
突拍子に何を言い出すんだこの姫様は。
「ジャム、そう!! ジャムがいいわ!! あなたは今日からジャムよ!!」
「ジャム……この間前には一体どういう謂れが?」
「私が昔飼っていた猫の名前よ、物凄い太っていたのよ、今のあなたみたいにね」
「結局デブって事じゃないですか……」
「あっ、ご免なさいね、あなたを見てたら死んでしまったジャムを思い出したものだから」
ユウキ姫は不意にとても淋しそうな顔をした。
「分かりました、ジャムと名乗る事にします」
「そう!? 気に入ってもらえて嬉しいわ!!」
ずるいよ、そんな顔をされたら改名を断ることが出来ないじゃないか。
「じゃあジャム、明日から私の騎士団に見習いで参加して頂戴!! デューク!!」
「ジャム君、明日の朝、迎えを来させるから早速騎士団棟へ来てもらえるかい?」
「はっ?」
えっ? まさか? そんな? こんなに簡単に仕官なんて……俺は夢でも見ているのか?
程なくして二人は部屋を去っていった。
「……やっ……やったーーー!!」
俺は一人、部屋で小躍りをする。
いや~~~思い切って里を出て正解だったな。
しかし俺は思い知るのだった、そんなに美味しい話しがある訳が無いと。
この時は余りの嬉しさに洞察力や思考力が飛んでしまっていたのだと。
クインダムロード 美作美琴 @mikoto
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