クインダムロード

美作美琴

第1話 さえない太っちょ、北を目指す


 「寒い……」


 俺の名はファット、いま雪に中に埋まって身動きが取れないでいる。


 酷い名前だって? ああ、我ながらそう思うぜ。

 ファット(太っちょ)なんて名前を付けられたら誰だって嫌だよな。

 俺だって嫌だ。

 しかし困ったことに俺の身体は丸々と太っている、そしておまけに背も低いと来た。

 どうやら母親から生まれた時からそうだったらしく、その時俺を見た母親の感想がそのまま名前に反映したらしい。

 名は体を表すと昔の人は言ったがまさにその通りでございます。

 それを初めて言った昔の人を恨みます、はい。

 皆さん想像している通り俺はこの体型だ、運動はからきし苦手でそれが原因でいつも周りから馬鹿にされ虐められてきた。

 しかしこんな惨めな人生を送るために俺はこの世に生を受けた訳では無い、無い筈だ、きっと……。

 

 何? 速く何故雪に埋まっているのか話せって? せっかちな奴だな。

 話は前後するが、こんな最低な人生から脱却するべく俺はある行動に出た。

 それはどこかの国の軍師になる事だ。

 知っていると思うが軍師はその国の軍の戦闘行動を指揮したり戦略を練ったりする重要ポストだ。

 何故軍師なのか? それはこんな太った俺でもなれると踏んだからだ。

 兵隊と違って直接戦闘に参加しないので身体能力は関係ない、とにかく頭脳さえ優秀ならそれで良かろうなのだ。


 俺たちが暮らしているこの世界、プリンセアにある大陸には女王を頂点とする王国家、四つの大国がある。

 北のウインティア女王国、南のサーマ女傑国、東のオーダム機械国、西のスプリンガ魔法国がそれだ。

 全ての国家が女性を王座に据える理由は、いつか分からない程の大昔、一人の勇者が地上を支配しようと企む大魔王に敢然と挑んだ。

 その時勇者に協力した四人の女傑が居たという。

 見事大魔王を討ち果たした勇者はその後姿を消し、魔大魔王により荒れ果てたこの大陸を四人の女傑がそれぞれ東西南北に各々王国を興し現在に至るという伝説がこの世界には残っている。

 そしてここからがけしからんのだが、その四人の女傑は全員勇者の血を受け継いだ子孫を残しているという。

 勇者とはとんでもないヤリチン野郎である。

 あやかりたいものだ。

 何てね、そんな話ある訳がない、大方伝説が語り継がれていく過程で尾ひれ、胸びれ、背びれが付いて話が膨らんだに決まっている。

 きっとそうだ、そうに違いない、そうであってくれ。


 話しが脱線した。

 それで俺は生まれ過ごした村から一番近い北の方角にあるウインティア女王国を目指した。

 ウインティア女王国と言えば女王を頂とする大陸随一の騎士団を擁する軍事大国だ。

 ウインティアは単純に軍事力だけで言えば恐らく大陸一であろう。

 そこの軍師になる事が出来れば最底辺だった俺の人生に箔が付く。

 俺を蔑み見下してきた奴らを見返す事が出来る。

 そして俺は村を出て北に向かって歩き出した訳だ。

 ウインティアは北国だ、当然厚手のコートとマントを着用し防寒装備は完璧な筈だった。

 しかし俺は自然を舐めていた。

 街道はすぐに突然始まった降雪と暴風により数歩先さえ確認できない程の猛吹雪に見舞われたのだ。

 そして居間に至るって訳。


「ガチガチガチ……」


 寒さの余り身体が震え顎が勝手に上下に動き歯をカスタネットの様に鳴らす。

 そして襲い来る猛烈な睡魔……あれ、これって本格的に生命の危機?

 さすがにこのままではまずい、死んでしまうぞ。

 しかし何だ、最底辺に生きる俺には自分の人生を自分で切り開く事すら許されないのか?

 瞼が鉛の様に重い、俺は眠気覚ましに自分の頬を張った。

 何もしなければ何も起こらない、誰かが自分をどん底から引き揚げてくれると信じた所でそんな事が起きる確率なんて万に一つも無い。

 『目的無き者に行動無し』……これは俺の爺さんが常々幼少の俺に言い聞かせて来た言葉だ。

 運動がダメなら頭を使え、そう思い自分の誕生日には都から本を取り寄せてもらい暗記するまで読み込んだ。

 その甲斐あって勉強において俺を馬鹿にするやつはいなくなった。

 そうまでして頑張ったはずが経験に無い自然の驚異に翻弄されここでその実りの無い人生の幕を下ろすのか?

 そんなのは嫌だ、せめてスタートラインにくらい立たせてくれよ。

 視界が暗くなっていく……もう限界だ。


『ねえ、ここら辺から微かに生命いのちの気配がするんだけれど』


 うん? 女の声がする。

 いよいよ幻聴が聞こえ始めたか?


『姫、この街道は五時間ほど前から吹雪に見舞われています、遭難者が居たとしてとても生きているとは思えません』


 今度は男の声がする。

 男の俺が聞いても良く通るいい声だ、きっとイケメンに違いない。

 いいよなイケメンは、顔の良さで女の子から慕われて、多少運動や勉強が出来なくてもチヤホヤされる。

 俺もスマートなイケメンに生まれたかったぜ。

 これから死ぬんだ、神様頼みますぜ。


『いいえ、やっぱり誰かいるわよここに、いま微かにだけど感情の揺らぎを感じたもの』


『そこまでおっしゃられるのなら分かりました、掘り起こしてみましょう』


『よろしく頼むわよ』


 何だ? 何が起こっている? これは幻聴じゃないのか?

 ごそごそと雪を掻く音の後、視界が急に開ける。


「姫!! ユウキ姫!! 居ました!! 遭難者です!!」


 俺の目の前にあのイケボの持ち主のイケメンが現れた。

 チキショウ、やっぱりそうだった。

 着ている青い服はどこか軍服を思い起こさせるデザインだった。


「ほら言った通りでしょう? 私の察知能力に間違いは無いのよ」


 イケメンの横からひょっこり黒髪ショートカットの女の子が俺を覗き込んでくる。

 それ子は俺が今まで生きてきて見て来たどんな女の子より可愛らしかった。

 大きく栗っとした瞳、整った目鼻立ち。

 そして額には何本もの突起が放射状に広がった頭飾りを付けている。

 まさかこれは王冠? 確かこの子、ユウキ姫って呼ばれていた様な。

 

「ちょっとあなた、動ける?」


「………」


 身体が凍てついて上手くしゃべれない。


「デューク、起こしてあげなさい」


「御意に」


 デュークと呼ばれたイケメンはこの太った俺を何の苦も無く楽々と両手で持ち上げた。

 何て力だ、その細身の身体からは全く想像できないほどの腕力。

 しかも俗に言うお姫様抱っこの状態だ。

 いやん、惚れてしまうだろう?

 それは冗談だが。


「早く馬車に乗せて頂戴、急いで城に戻るわよ」


「御意のままに」


 馬車内に運び込まれた俺、中はほんのり暖かく、緊張が途切れた俺の意識は段々と遠のいていく。


 どうやら俺の人生はまだ終わらないでいてくれるらしい。

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