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作者のかたが先日書かれた「それゆけエッセイ侍」の中の「AIの脅威」でコメントしましたが、今から30年あるいは33年ぐらい先には、AIは『確実に』シンギュラリティを迎えると言われてます。
研究者達はこの人間を完全に超えてしまう、知性の集合体を造るべきか、逡巡しているとさえ言われています。
こういうAIが、どの分野まで進出するかにもよりますが、殆どの労働は全て、人間がやるよりは、AIによって管理されたロボットたちがやるほうが効率的であるという方向に行くでしょう。
そうした作業のロボット修理すら、今ある3Dプリンターの更なる進化版と、その作業に従事するロボットたちの最適化によって、人間は不要になる可能性が高い。
じゃあ設計は? といっても、これもまたAIが問題に対して最適な設計図を叩き出し、1,2回の試作はあるかもしれないが、人間の手を経ずして完成させるでしょう。
その結果として、ありとあらゆる分野において、パラダイムシフトがやむを得ず起きる。
そこまでの時間はもう、それ程残っていない。という状況でしょう。
もう亡くなられた、かの、スティーブンホーキンス博士も、大変憂いていたし、イーロンマスク氏もAIが進みすぎるのは危険だと言っていました。
恐らくは、この時にその恩恵に浴する(?)事となる国に済む人たちは、考え方を全く変えなければならなくなります。
社会の仕組みそのものが、今までとは全く異なるものとなるでしょう。
ただし、そうした超越したAIをどこかの国が独占した場合、戦争などによって、世界の様子と容姿が一変している可能性もあります。
そこで、人間が書いた、あるいは描いた、あるいは彫刻した等々の人の手による作品というものに、人々が価値を見出す。という文化は残る気がします。
「AIの脅威」へのコメントでAIが出す絵の細部が全く駄目であることを指摘しましたが、こういう芸術というのは、「神は細部に宿る」というものがあります。
細部をごちゃごちゃとごまかして、縮小すれば大雑把にそれっぽい物を出している、といううちは本物ではありません。
それを有り難がる商業編集部やら出版部というのは、予算がないけど、見る目も無い、という事でしょう。(話題性はあるのでしょうけど)
小説も同じく。
AIが叩き出してくる小説が、人間の感性その物を完全に模倣しそれを超えるかは、実は判然としていません。個性が作品を際立たせていることを考えると、絵画や文筆などの作家性が際立つものは、AIによって完全に置き換わる事はないのではないかと、私は考えます。
英文ならば可能かと「AIの脅威」へのコメントに書きましたが、私の認識不足でございました。
英語の韻を踏む、韻の文化は一部の小説や特にアングロサクソンの人々の詩によくあらわれ、音楽の歌詞にも使われますが、この韻を踏む行為はかなり作者の感性に寄る部分が大きい。
これがギリシャ語になると、更に自由に韻が踏まれる。古代ギリシャ語によって語られる古代ギリシャ神話は、そういった韻が多数含まれるようです。
これらを自在に駆使する創作AIが登場するのかは、全く持って判らない部分です。
さて、もうAIが人間を凌駕してパラダイムシフトが起きている分野を見ます。
オセロやチェスがコンピューターに完全に制圧されてしまったのは、かなり前です。
そして囲碁がコンピューターAIによって世界チャンピオンが蹂躙されたのも、2010年代の終わりでした。(GoogleのディープラーニングAIによる)
日本の将棋もまたコンピューターAIによって人間には敵わない世界がやって来て仕舞ったのが2015年くらい。そこから更に将棋AIは進化を続けています。
この未来を、1990年代に正しく(しかも起きる年数まで)予想できた人は、あの羽生善治九段、ただ一人でした。(他の棋士はそんなことは起きないという人が殆どでした)
そういう意味では将棋界にはもうパラダイムシフトが数年前に起きている訳です。
その状態に至って、プロの人間同士の将棋が意味をなくしたかといえば、そんなことはありません。
今ではAIの知性を参考にして研究するのが当たり前になりました。
将棋といえば話題の藤井聡太五冠は、AIとの対戦を、少し手を進めた中盤辺りで互角の状況から行う事で自分の考える力が試されるので、最近はその方法で研究しているとの事。
他の棋士たちもAIを使って自分が次に対戦する相手を攻略できるか研究していたりします。もう、棋士が何人も集まってやる研究会より、そのほうが研究が深まるかもしれません。
『特異点』に達するAIは完全にあらゆるジャンルの「人間の知性」を越えてしまいますが、人間の感情や複雑な感性までも「完全に理解して包括」するかまでは、実は判りません。
少なくとも、肉体的な労働はほぼなくなるだろうというのが大方の予想で、管理職も不要になる。
人間より機械化されたあらゆるものが、それを行う。という時代が近づいていることは事実なので、今後をどう生きていくかは、かなり難しくなっていくのかもしれません。
そしてそれらが35年くらい先には現実になります。
研究者によれば、それは2050年代に「確実」に特異点まで到達するとの事。
今20歳くらいの人は早ければ48歳前後、普通に研究者の言う通りに進んで55歳くらいから、そして遅くとも60歳になるまでに、それらに直面するのです。
当然そうなる前に、あらゆるものの機械化が進んでいる事でしょう。
社会は間違いなく今までとは違うものになっていくのですが、そこに暮らす私たちがそれをどの様に受け止めていくのかは、私には残念ながら分かりません。
これはかなり古いSFに描かれたような未来がそこにあるのかもしれません。
まとまりがありませんが、これをパラダイムシフトの感想とさせてください。
返信への返信
確かに今の日本の政治は、この先に来るであろうパラダイムシフトを、まったく警戒もしていないし、備えようという気持ちも現れていませんね。
政治家たちが年を取り過ぎていてパラダイムシフトが理解できていないのだと思います。
一方、いまのAI絵画は、コンセプトアートとして使われ、実際にそれを見ながらコンセプトに沿った絵をアーティストが描く際の指針にしてる所も出て来たとの事。なるほど、とおもいます。
AIが起承転結のプロットと設定を用意して、ゴーストライターが中身を埋めるというのも、確かにご指摘の通りあるだろうなと思いました。
そうなった時に、作家はどう思うのだろう。
こんな起承転結と設定くらいは誰でも思いつくだろうよと思いながら、書くのでしょうか。
確かに虚しい感じがしますね
作者からの返信
いつも丁寧なコメントありがとうございます。
この作品は今から三年くらい前に書いたもので、当時に比べるとAIなどの技術も少し進んだように思えます。
果たしてこの国は、本作で描いたような未来の可能性についてどう考えているのか? 個人的にはとても気になるところです。
この先ずっと国民生活を守っていくには国の産業競争力を維持する必要があり、そのためにもAIやロボティクスなどの技術分野への注力が肝要と感じます。
もちろんそういった方策は現在も行われているのでしょうが、チャレンジ精神や研究開発力が衰退した今の日本にどれほど期待ができるのか……。結局は海外勢に惨敗し、貧しい国に成り下がるのではないか? そんな不安ばかりが募ります。
イラストや小説を作成するAIに関しては、まだまだ技術的に難しい部分があるとのことで、詳しい情報をありがとうございます。
お話の中の「話題性」という部分が気にかかりました。今の出版業界を見るに、話題性だけを頼りに出版を判断する可能性は十分にありそうですね。
仮にAIが作品として仕上げられなくても、起承転結などの骨組みや設定だけをAIに作らせ、文章は下請けのアルバイトや平社員が書く。そういう仕事に飛びつく売れないライターは山ほどいそうですからね。
まあ、それはそれで別にいいのかもしれませんが、小説を書く身としては少し虚しさを感じます。
う~ん、深い。
それに昨今の巷を賑わす社会的キーワードが
そつなくまんべんなく入っていて
完成度が高いと感じました。
自分は小説の本懐は
【新しい価値観の提供】にアル
と考える人ですが
見事にそれを
『体現』していると
思える良き物語でした。
作者からの返信
ありがとうございます。そのように感じていただけて、とても嬉しく思います。自分としては身近な題材も含みつつ、同時に未来予想といった位置付けの作品でして。果たして数十年後の未来はどうなっているのか、少し楽しみでもあり不安でもあります。
自主企画参加ありがとうございます!
いまの社会、これからの社会を考えさせられる内容で、未来はどうなってるんだろうか、自分はどうすべきかと読みながら考えてしまう深い内容でした。
漠然となにも考えずに社会の流れに身を任せるのは楽ではありますが恐ろしいことでもありますね。常に新しい視点、考え方を取り入れていける柔軟性を持ちたいものです。
作者からの返信
コメントに加え評価までいただき、ありがとうございます! そのように感じていただけて、本当に嬉しく思います。
自動車や重機の自動運転技術、事務仕事におけるRPA、農作物の工場生産や食肉培養技術、医療分野におけるAI診断や手術ロボット導入等々。人の手を離れる仕事はどんどん増えていき、やがて人類の大半が仕事を失う時代はおそらく現実に来ると思います。
そうなった時、社会や経済が今の仕組みのままではきっとダメでしょう。
少しでも誰かの気付きの一助になれば、そんな思いで書いた作品です。
励みになるコメント、本当にありがとうございました。
この春から大学に通う者です。
実は入試問題の小論文が「30年後の未来を予想しなさい」的な問題だったもので、思わずビビっときてしまいました(笑)
「う〜ん」とか「いや、確かになあ……」などとぶつぶつ言いながら、夢中になって読んでしまいました。
先入観を捨てて考える、そのきっかけを下さって、ありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。そして合格おめでとうございます。私が大学生だったのは、もうずいぶんと前のこと。いま思い返してみると、本当に実りのある生活を送れたのかと悔やまれる部分も。大学の先生というのは、教育熱心というより研究熱心な人ばかり。高校までと比べて、自ら積極的に学べというスタンスが強いところです。専門とする分野の勉強も大変でしょうが、他にも学ばれることは多いと思います。是非、色んなことにチャレンジなさってください。水色鉛筆さんの大学生活が素晴らしいものになることをお祈りしています。
(追記)返信した後で、ひょっとしたら社会人入学の可能性もあるのかとハッとしました。過去に大学生活の経験がある方への返信だとすると、ちょっと言い回しが変だったかもしれません。ごめんなさい。
>何を捨て、何を取り入れるか
⇒この現代においても丁度選択すべき時なのかもしれませんね。
考えさせられる素晴らしいお話をありがとうございます(^-^)
話が少し変わりますが個人的に。
幻居さん、私のイメージでは果心居士のような幻術師なイメージでした(^_^;)
作者からの返信
読みにくい作品に最後まで目を通していただき、ありがとうございました。カクヨムには全く合わない作風なので、ほとんど読み手がつかないだろうと思ってます。まあ、気晴らしに書いたものですからね。それにしても、ともはっとさんは歴史上の人物とかよくご存知ですよね。知識が豊富なのは素晴らしい。そういったことが、お書きになる物語に深みを与えているのだと思います。
初めまして。勝手ながらに自主企画へ参加している者です。
いつも企画主様の作品は見るようにしていたので、お邪魔かとも思いましたがこちらへ挨拶に参りました。
難しい議論は不得手なので何も言えませんが、SFのようでSFでなく、だけど確かな未来の現在であるように感じられて面白かったです。特に、個人的な印象ですが、終わり方がただの夢オチのようでそうではないと思える不思議なところが好きでした。
企画に置かせていただいている作品は、あまり企画のテーマに沿った作品ではない(拙作が音と映像を加えるとさらに陳腐になってしまう気がして)かもしれませんが、置かせていただけると幸いです。
作者からの返信
初めまして、コメントと企画への参加ありがとうございます。
作品の感想について、こちらの期待を汲み取っていただきとても嬉しく思います。
企画の方は作者様ご自身の判断によりますので、私が除外することはありません。それに映像化で陳腐になるとすれば、それはおそらく映像制作側の問題だと思います。なので、どうかご安心ください。