黄昏(くれない)の鉄騎兵

サイノメ

黄昏(くれない)の鉄騎兵

 戦場となった街に響く砲撃の音に混じり聞こえてくるのは、腹に響く金属がぶつかりあう音とモーター音。

 ある種の規則性を持って響く音は、太古の時代の舞踏曲を思わせた。

 片側4車線の大型幹線道路にて対峙する旋律の奏者達。その姿はどちらも異様であった。

 方や全長5メートルは有ろうかという巨人。やや前傾姿勢を取るその身には、鉄板と鎖で編まれた鎧を纏い、身の丈程もある長剣を両手で握る。

 そして、もう一方は巨人よりは小型だが、4メートル程の機械仕掛けの鉄騎兵ロボット。右手に剣を持ち、やや細身の上半身に対しては不格好な程に大きな脚部に内蔵されたスラスターを展開しホバー走行にて巨人に突撃を繰り返していた。

 鉄騎兵が人ならざる速さの突撃から打ち込む剣撃。それを巨人は最低限の動きで避け、あるいは大剣で受け流す。既に両者が打ち合う事、十数手。

 傍から見れば両者の戦力は拮抗している様に見えるが、鉄騎兵の中の少女パイロットは焦っていた。

 これまでの戦闘や訓練で鉄騎兵コイツの扱い方は掴んでいた。

 前回の戦闘では敵を倒す為の最適解を見つけたと思っていた。

 しかし、今日出現した巨人コイツはなんだ?

 これまでの化物どもと違い、洗練された武具を揃え、それを扱う高い技術を持っている。

 今まで戦ってきた化物ヤツを兵卒とするならば、目の前の巨人は武術の修練を積んだ手練の騎士だ。

 こちらは数日前までただの学生だったが「少し適性が有る」というだけで現地徴用された即席の騎兵。当然戦闘訓練はおろか正規の操縦訓練すら受けていない。

「全く、どうしてこうなっちゃったんだか。」

 少女は手足を使い機体を操りながらつぶやいた。

 これが体感型ゲームならゲームを中断し相手やシステムに不平をぶつけるところだ。

 しかし現実で機体を止めれば奴に攻撃の隙を与える。もし敵が攻勢に出れば、相手より小型で装甲も中身も脆弱なこちらは、一瞬で破壊されてしまうだろう。

 今は有利な機動性を生かした突撃を繰り返し相手の隙をうかがうしかないのだ。


 ある日、世界は大きく変わった。

 もしかしたら、それより以前から変わっていたのかもしれない。しかし彼女にとってはあの日の放課後、見なれた街並みに突如出現した異形の化物共。

 そして友人が鉄騎兵アイツで駆けつけた時に世界は変わった。

 50ccとは言えバイクの運転経験があり、対戦格闘やダンスゲームなどもそれなりにやっていた彼女は、考えたり物を作る事が得意だった友人よりは操縦適性が有ったかもしれない。だからと言う訳では無いが、鉄騎兵が目の前でいきなり転倒し操縦手友人が気絶してしまった以上、彼女が助かるには鉄騎兵に乗り込み敵を倒す以外の選択は無かった。

 この鉄騎兵はアニメやゲームに出てくるロボット兵器の様な広い操縦席でレバーやペダルを動かせば大体はオートで動く様なシロモノではなく、多くの部分は手動操作。しかも大腿部は操縦手の足の動きに連動している。これは操縦室コクピットスペースが狭く、操縦者の全身を胴体内に収めることができないため、仕方なく操縦者の脚を機体の大腿部に入れる様にしたためであった。

 ともあれ、彼女は機体をなんとか操縦し化物を撃退する事に成功した。この一件から彼女はこの鉄騎兵の操縦手となったのだった。

 その後、機体は初戦のデータを基により実戦向きの改装が行われ(装甲を若干強固な材質に変更し、幾つかの補助装備を追加しただけだが)、彼女には市販のライダースーツに肘などにプロテクターとして何重にも布を縫い付けた物と、上から羽織る合皮製のジャケット(近所のミリタリーショップで購入)だが、パイロットスーツが支給された。

 そんな貧弱な装備では有ったが、鉄騎兵は少なくとも歩兵よりは高火力(彼女は操作が煩わしいため、あまり使わないが胴体に機銃を装着している)で、戦車より高機動、それなりに天井が高ければ屋内への進入が出来る等の特性を持っており、化物どもを撃退するにはそれなりに有効だった。

 彼女も数回の実戦と、訓練を重ねる事で機体特性を生かした戦闘方法を身に着けていった。

それは敵の不意をついての突撃。戦闘技術も駆け引きも何も有ったものではない。言わばドスを構えた鉄砲玉のごとき刺突であった。

 しかしホバー走行を行い攻撃の可否に関わらずそのまま高速で敵軍の中を駆け抜けるその姿は、見かたによっては騎兵らしい騎兵槍突撃ランス・チャージの様だとも言えなくは無かった。

 そして突撃と離脱を繰り返し行うことで敵軍を撹乱する事が、鉄騎兵彼女の主任務となり、統制が乱れたところへ戦場の後方に陣取る野戦砲群からの集中砲火による飽和攻撃て殲滅する。怪物は基本的に爪や武器を持っていても棍棒や剣程度なので、人類側は近づかれる前に敵を倒すのが有効とされた。


 しかし、騎士アイツが現れた。騎士は他の化物たちを伴わず単騎で出現した。

 そして、いつもの様に鉄騎兵は背面からの騎兵槍突撃戦法を行うが、何事もなかったかのように躱された。

 その直後に騎士が振るった一撃は不可視の衝撃波を発生させ、到底届かない距離にいたはずの野戦砲群を壊滅させた。

『魔法』

 化物がやってくる世界には、この世界とは異なる法則が存在していることは、襲撃が始まったころから知られていた。それを人々は『魔法』と呼んでいたが、これまでは精々2~3人の意識を低下させる程度だったが、この騎士は自らの剣撃に魔法を込めることで、一撃で小隊規模の戦力を物理的に壊滅させてしまったのだ。

「冗談きついよ、こんなの使われたら戦いようないじゃん。」

 騎士の一撃を免れた鉄騎兵の中で彼女は恐怖した。これまでのいかなる敵とも異なる圧倒的な存在に。

 逃げたかった。撤退して作戦を練る必要が有るが、ヤツの目を見た時、撤退それは無理だと感じた。騎士アイツの目は戦う相手しか見ておらず、今の一撃をかわした自分が、倒すべき好敵手と映っている様だった。

 そして自分が逃げだしたら、あの騎士は即座に斬撃を放つだろうし、それを避ける自身もない。

 ならば戦うしかない。少しでも命が助かる確率が上がるのであれば、目の前の障害を排除し前進するしかない。鉄騎兵にゆっくりと剣を構えさせ、スラスターの出力を高めていった。


 日の入りも迫った夕暮れ。

 彼方に見える摩天楼ビル群。日を背に暗い影に包まれたそれは、まるで墓標の様に見えた。少なくとも彼女にとっては。

 戦いは既に2時間は経過していたが、未だに決着はついていない。

 双方ともに目立った損傷きずは無かったが、鉄騎兵は関節を動かすと何かが擦れる嫌な音が僅かに混じり、騎士の剣先は疲労のためかやや鈍い。いずれも限界が近い。

 操縦室の中、彼女は意を決しセミオートモードにしていた操作をマニュアルモードに切り替える。(改修の際に腕の動きなどはオートで出来る様にしていた)

 途端に目まぐるしく表示されるアラートメッセージを無視し、ホバーユニットの推力を上げる。同時に脚底部のアンカーを地面に喰いこませ出力が臨界に達するまで機体が前進しない様に固定する。

 十分に推力が上がった事を確認し、ゆっくりと胸元で剣を敵に向け構える。

 一撃必殺の騎兵槍突撃てっぽうだま

 相手の一撃を気にしての中途半端な攻撃では通じない、だからこそ捨て身の方法を取る。

 騎士もそれに答える様に握り直した大剣を肩に担ぎ半身に構える。敵の突撃を理解したうえで正面から迎え撃つ構え。

 彼女は相手を見つめながら、しかし手足を使い、時にはパラメータを囁く事で、機体の細かな設定を変更していく。太陽が都市の影に隠れ、黄昏を迎え残光を浴び機体が紅に染まった時、鉄騎兵の戒めは解き放たれ高速で敵へ迫る。

 迎え撃つ騎士は構えたまま動かない。鉄騎兵の剣先が騎士に届かんとした時、騎士はこの世の物とは思えない雄叫びを上げ、横薙ぎに大剣を振う。

 交錯する二振りの剣。次の瞬間、鉄騎兵の剣が中空へ舞い上がった。

 しかし、打ち勝った騎士は己の剣に伝わる衝撃に不自然な物を感じた。衝撃が軽い。双方の得物同士がぶつかりあった時、敵は意図的に己の武器を手放したのだ。それを理解した騎士は自らの斬撃の勢いを殺し体勢を立て直すために大地を踏みしめる。

 一方、鉄騎兵は敵の攻撃を受け流した反動を利用し右脚を軸にコマのように旋回。左脚部を大きく振り上げ、勢いのまま踵部で騎士の側頭部を蹴り抜ける。機体の膝部に本来とは逆の方向に強大な負荷が掛かる。

 急な旋回と機体の全重量を掛けた後ろ回し蹴り。少女は経験したこともない強烈な衝撃による吐き気をこらえながら機体を立て直し格闘戦の構えを取らせる。

 騎士も想定外の攻撃を受けたことで大きくバランスを崩したが、転倒することは無かった。しかし今の一撃で兜がいびつに歪み視界の妨げとなった。

 その兜を無理やり引き剥がしながら鉄騎兵の方を向いた時、鉄機兵から少女が叫びが聞こえた。

「Energy-knuckle Ready! Level Max!」

 音声入力に従い鉄騎兵の手の装甲がスライドし拳を守る位置へと移動。装甲に覆われた拳の周囲に僅かに放電が起こる。

 その拳を敵の弱点。つまり生身を晒した顔面に向かい容赦なく打ち込む。

鉄騎兵に装備された補助武装の一つ『放電式攻撃用手甲エネルギー・ナックル』。格闘攻撃での指の破損を防ぐだけでなく、手甲に帯電させることにより攻撃の威力を増加させる武装。主武装たる剣に比べれば威力は低く、攻撃範囲も狭いが、生身へと叩き込めば、その一撃は十分に必殺となる。

 鉄機兵は構えた拳を騎士の鼻部へと叩き込む。

 打撃を顔面へ受け、騎士は衝撃と同時に全身を駆け抜けたエネルギーの奔流に意識を刈り取られる。しかし、その体躯は染み付いた戦人いくさびととしての心の現れか倒れることは無い。

 戦士/将校として長らく戦場に立つ者であれば、その騎士の姿は畏敬を持って讃えられただろう。しかし、相手は戦場に出て幾ばくもない少女である。必殺を意図して放った一撃を受けてなお、倒れない敵に畏れを感じても、敬う気持ちが生まれる事はなかった。

 鉄騎兵彼女は更に拳を振るう。己が感じる恐怖を打ち消すために、何度も、何度も。

 少女は叫びを上げた。強大な敵への畏怖は、彼女の心の底に眠っていた戦場その物への恐怖や元の暮らしへの郷愁など様々な感情を呼び起こした。

狭い操縦室の中、顔中を涙で濡らし、嗚咽と共に声にならない叫びを上げる彼女は突如戦闘へ巻き込まれた、どこにでもいる10代の少女の姿だろう。

 普段の彼女は斜に構えていたが、同世代の子より物分りが良かった。そのためにこれまで特異な環境でも泣き言も言わず粛々と対応していたが、心のどこかが常に悲鳴を上げていた。それが今、感情の奔流となって爆発していた。

 彼女が鉄騎兵の動きを止めたのは、騎士が仰向けに倒れた時だった。

 何十回と打撃を打ち込まれた頭部は既にボロ布のようになっており、原型を留めてはいなかった。

 やがて残存していた味方部隊が火炎放射器を手に集結すると、残骸騎士の焼却を始めた。戦闘後のいつもの風景だったが、その光景を彼女は直視できなかった。

 機体の足元を移すモニターに騎士の持っていた大剣が写っていた。鉄機兵はそれを拾いその場を後にする。その機体からだは敵の返り血を浴び、紅く染まっていた。

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