第4話

 (齢、36、男の子の音沙汰もないか)

もう20代後半くらいから落胆している。自分なりに一生懸命生きてきたのに、

「○○ちゃん、久しぶり、会えてうれしいよ。」

 と手を取って私を迎えてくれる旧友もいない。 

 中退したけど大学だって頑張った。

とにかく机にかじりつき参考文献を読みあさり、図書館でまた探し、パソコンに向かい合い、そうやってリポートひとつひとつをほぼ自力でこなしてきた。

なのに、卒論でつまずく。だってこれまでだってリポートの課題はこなしても教科書さえ読み干すこともできずにその場をつないできた、ただそれだけだったから。

授業で先生に向かい合った時だって、

(自分は日本人だったかな?)って疑問になるくらい日本語がわからなかったのだから。


 その時、周りにいる人に信頼できなくなって、家にも外にも居場所がわからなくなって、

今が夢か幻か判然しないほど妄動し始めた頃に、殻を破るように脳裏に囁いた声は

誰でもない身内だったのだから。


 どうして、僕の声は聞こえないの?

 昔、一緒にいたはずなのに、確かに頼りなかった。一緒に物事の分別つけられずに惑ったけど、

だけど、何もなかったほどにどうしてすべて失くしてしまうの。


遠い記憶の友達はそう言ったのかもしれない。

10代20代の私が、どうして(思い出さえなかった)って私は弱かったから。頭もずっと悪かったから。

もしも形だけだとしても親が、うんと言ったレールしか歩くことができなかったから。


35、もう十分大人になった。

自分で親を通さずに誰かに頼れる。自分である程度のことを判断する。


 「おかえり」

 自由の区画は確かにあった。遠い記憶の果てに。

君に幸せだよと本音で言ってほしくって、

カッコつけすぎていたのかもしれない。

跡形もなく綺麗に消し去るなんて、過ぎた真似だったのかもしれない。

無法者にすぐ目を付けられる、私がいなければ、いない間にきっと君らが輝きと誇りを手に入れられるだろうって、思って。


 夢じゃなかったのかもしれない。

どこか、遠く、人づてに聞いた。

 「今、やっと修士を手に入れて博士になる勉強をしてるんだって。」

もう、忘れてなくていいだろう。いつか、君が私に会いに来る。


 来る夏は、私の心を少年のように焦がしてしまうんだ。

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一夜 夏の陽炎 @midukikaede

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