最終話 決断

 夕方の公園。子供たちは家に帰り、周囲に人はあまりいない。そこに俺は彼女を呼び出した。


 しばらく待っていると一際、目を引く美少女がやってきた。上条 奏。誰もが羨む美人だ。


「真人君? どうしたの? 急に呼び出して」


「ああ、ごめん奏ちゃん」


「なんで謝るの?」


 奏ちゃんは俺の顔を覗き込むような位置取りを取る。彼女と目が合う。その顔は真顔だった。奏ちゃんも俺の真意に気づいているのかもしれない。


「本当にごめん。俺、奏ちゃんと一緒になれない……だって、俺は――」


「いいよ別に。別れてあげても」


 奏ちゃんは言い淀むことなくそう言い放った。それが少し意外なように思えた。昔は俺に執着しているような感じだった分、アッサリと了承してくれたのは拍子抜けだ。


「ほら、私はモテるし……他の男子なんて選びたい放題なんだからさ」


 奏ちゃんは俺から顔を離して笑顔を見せた。しかし、その笑顔はどこかいびつで、取り繕っているように感じた。


「だからさ……真人君は本当に好きな人のところに行っていいよ」


 心が痛い。一時期は彼女のことが好きだったからこそ、フるのは心苦しい。けれど、俺は決めたんだ。俺はもう1度二宮さんに告白したい。今度は罰ゲームでもなんでもない。本当に自分の意思で。今度こそ俺の本当の気持ちを伝えたい。


 正直言って、これは俺の自己満足かもしれない。俺は二宮さんに酷いことをしてしまった。だから俺から好意を向けられること自体、彼女にとっては苦痛の可能性だってある。だからこそ、怖い。俺はもう1度彼女を傷つけてしまうんじゃないかって、そう思ってしまう。けれど、もし、俺にやり直す機会があるとしたのならば、俺は二宮さんともう1度付き合いたいのだ。


 奏ちゃんも言っている通り、奏ちゃんはモテる。俺じゃなくても、男はいくらでも寄ってくる。それに、奏ちゃんは精神的にもタフなところがあるから、失恋しても立ち上がれると思う。


 だけど、二宮さんはそうじゃない。失恋の傷をいつまでも引きずって新しい恋に踏み出せない可能性だってあるかもしれない。それが俺の杞憂きゆうだったらそれでいい。俺がただの勘違い野郎で済む。でも、もし、俺の予想通りだったら……俺は1人の女の子の一生を台無しにしてしまったことになる。だから、許されるんだったら……俺は彼女の人生の責任を取りたいのだ。



 放課後の体育館の裏。そこに俺と二宮さんは向かい合って立っていた。俺と二宮さんの関係が始まった場所。


「東郷君? 私に話ってなに?」


「二宮さん。まずはキミに謝らせてくれ。本当にごめん。俺、とんでもない自分勝手な人間だったんだ」


「どうしたの?」


「記憶を全て思い出したんだ。二宮さんのことが本気で好きだった過去のことを」


 俺の言葉を受けて、しばらくの間二宮さんは黙っていた。そして覚悟を決めたのか口を開く。


「そう。良かったね。記憶が失ったままだと色々大変だもんね」


 二宮さんは記憶が戻ったというところにしか触れなかった。


「記憶が戻ってわかったんだ。俺が本当に好きなのは二宮さんだったんだ」


「嘘だよ。だって、私に告白したのは罰ゲームなんでしょ?」


 なぜ二宮さんがそのことを知ってるんだ? まずい。変な誤解をされているかもしれない。


「それはそうだけど! でも、告白したきっかけは罰ゲームだったけれど、気持ちは本物だったんだ!」


「そ、そうなの……?」


「ああ。俺は真剣に二宮さんと付き合っていた。じゃなかったら二宮さんの家族の前に顔出せない」


「確かに……そうだね」


 なんか二宮さんが誤解してそうだったけれど、その部分はちゃんと解くことが出来て良かった。


「1度フッておいて、また好きになるなんて虫が良い話だと思う。自分でも正直嫌悪感を覚える。でも、どうしても……この気持ちは二宮さんに伝えたかった。俺が二宮さんへの想いが消えたままだって、そう思われたくなかったんだ」


「どうして……どうしてなの東郷君」


 二宮さんは目に涙を浮かべている。そして、その涙が溢れて頬を伝う。


「どうして記憶が消えたら、私のことを嫌いになったの! どうして、記憶が戻ったら私のことがまた好きになるの!」


 二宮さんの言っていることは尤もである。世間的に見れば、俺は事故で記憶を失った不幸な少年として扱われている。けれど、その不幸に二宮さんは振り回されているもっと不幸な少女だ。だからこそ、きちんと説明する義務が俺にはある。


「正確に言うと俺は記憶喪失ではなかったんだ。東郷 真人という人間は……いや、人格は2つあったんだ。1つの人格は二宮さんのことが好きな俺。もう1つの人格はずっと眠ったままだった。それで日常生活は問題なく過ごせていたんだけど、二宮さんも知っての通り、俺は事故にあった。それで、今まで表に出ていた人格が眠って、逆に眠っていた人格が目を覚ましたんだ」


信じろって言う方が難しいが、これが事実である。


「そして眠っていた人格は二宮さんではなく、奏ちゃんのことが好きだった。だから二宮さんをフって、奏ちゃんの方に行ったんだ。でも、俺は本来表に出ていた人格が再び目覚めた。だから、こうして二宮さんのことを好きになったんだ」


「嘘……嘘だよ! だって、その話が本当だとしたら……元の人格の東郷君は、上条さんのことを奏ちゃんって言わない!」


 かなり的を射ている指摘だ。


「それはまた深い事情があってな。2つの人格はどうやら同時に存在することはできなかったらしい。だから両者が目覚めてすぐは、お互いの存在を認識できる二重人格だったんだけど、しばらくすると人格が1つに統合されたんだ……だから、今の俺は2つの人格の記憶もあるし……感性も共有している」


「感性を共有……それって?」


「ああ。この期に及んで隠し事はしたくないから正直に言うけれど、2つの人格が好きな人物。二宮さんと奏ちゃん。その2人がどちらも好きだったんだ」


 正直これは言おうかどうか迷った。けれど、俺は二宮さんに全てを知ってもらいたいと思ったのだ。


「俺の体は1つだ。そして、人格も1つになった。だから、俺はきちんと1人を選ばなきゃいけない……それで出した結論。俺が本当に好きなのは……二宮 舞さん! キミなんだ!」


「な、なんで……私? だって、東郷君は上条さんと付き合ってたんじゃ……」


「奏ちゃんとは別れたよ。彼女も振り回して申し訳ないと思っている」


「だって……私は可愛くないし……自分でもわかる。ブスだって。なのに、なんで上条さんじゃなくて、私を選んだの?」


「二宮さんの方が好きだから! それに二宮さんはブスなんかじゃない! 俺にとっては魅力的に映っているし、学年一可愛いと思ってる! それに……それに……一緒にいて楽しかった記憶を思い出したら、このままでいいだなんて思えないんだ」


「東郷君……私も東郷君のことが好き。別れたってその気持ちは衰えてない……だから、その……そんなに自分を責めないで。東郷君が悪いわけじゃない。しょうがないじゃない。事故で色々と記憶や人格が入り混じったんだから……逆に、東郷君が精神的に辛い時期を支えられなくてごめんね」


 俺は二宮さんになじられる覚悟で、想いをぶつけたはずだった……しかし、フタを開けてみれば、二宮さんの方が逆に俺に謝っていた。


「東郷君。私たちもう1度やり直せるよね?」


「いいの?」


「うん。東郷君がいいの」


 気づいたら俺は二宮さんを抱きしめていた。1回目の告白の時とはまた違った幸せな感じ。もうこの二宮さんを離したくない。



「真人。お前本当に変わったやつだな」


「何が?」


 梅原が失礼なことを言ってきた。


「いや。折角上条と付き合えてたのに、それを振ってまた二宮とヨリを戻すなんてなあ」


「好きな人と恋人になるのがそんなに変か?」


「まあ、お前が幸せならそれでいっか。こっちはこっちでまた上条を狙わせてもらうから助かるし」


「奏ちゃんは競争率激しいからな。がんばれよ」


「うるせえ。その競争に勝った癖によ!」


「東郷くーん!」


 二宮さんが俺に発見するや否や駆け寄ってきた。


「今日は一緒に帰ろ?」


 俺の腕にしがみ付いて甘えてくる二宮さん。とても可愛い。心の底からそう思う。世間の男の大半はこの可愛さを知らないのは正直可哀相だなと思えるくらいだ。


「ああ。一緒に帰ろうか。回り道をせずにな」


 この関係になるまでだいぶ、回り道をした気がするけれど……俺は今幸せだ。

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学年一可愛い女の子と付き合ったら学年一のブスに絡まれた件 下垣 @vasita

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