第2話 日常に潜む死亡フラグ
今日、死ぬことを免れたというのに、僕の寿命はたった一日延びただけだった。
「どうなってる?」
「0日になってるね……」
やはり、僕が死ぬ運命は変わらないようだ。
昨晩、そして桃谷さんと合流する教室の自分の席に着くまで、僕は慎重に行動した。晩御飯、そして朝食に命に関わる物が混入していないか。登下校の時も、前後から来る車、人全員に身構えたり、電線に群がるスズメやカラスにも警戒して、ここまでやって来た。
「だ、大丈夫だよ! 学校の中なら危険も少ないと思うし、女の子で力がない私でも、多少なら守れるよっ!」
「だと良いんだけどね……」
そう僕が思って、椅子の背もたれに寄りかかって、体を逸らした途端、僕の目の前にサッカーボールが通過していくと、サッカーボールはそのまま窓の方に向かって言って、そしてガラスが割れた。
「ちょっと! 何で教室でサッカーをするのっ⁉」
桃谷さんが、サッカーボールを飛ばした男子に文句を言っていた。どうやら、ヘディングが上手くなりたくて一秒でも多く練習したいという事で、ヘディングをやったらしい。
「もし、鹿島君がサッカーボールを受けていたら、顔に当たって打ち所が悪くて死亡って訳だ……」
厳重に男子に注意してくると、桃谷さんはそんな仮定を言いながら、再び僕の席の前に戻って来た。
「そうならなかったんだし、それなら僕の寿命が延びているんじゃないかな?」
「ううん。未だに0のまま」
それならサッカーボールは関係ないじゃないか。まだどこに僕を殺す兵器が潜んでいるのだろう。
「おい、鹿島」
休み時間になると、僕の親友、笠間、大宮、太田のいつものメンバーが話かけに来た。
「今日の定例会議の議題を決めよう」
桃谷さんと関わるまでは、このメンバーで休み時間を潰し、そしてこんな会議をしていた。
「俺は考えてある。それは、どうしたらわざとらしく消しゴムを落とさずに、隣の席の女子に拾ってもらうか」
「それいいねー」
笠間がお題を言うと、大宮が笠間の意見に賛成していた。
「鹿島はどう思う?」
「い、いいんじゃないかな……」
僕は、そんな会議はどうでも良いと思っていた。
何故なら、僕には桃谷さんと言う女子生徒と話せるようになったからだ。僕たちのグループは、モテない男子で集まったメンバーで、どうやったら女子に話しかけてもらえるかを、日々話し合っている。
「じゃあ決定だな。まず、消しゴムが転がりやすいように、消しゴムを丸くする」
どこにでも売っている長方形の消しゴム、そしてなぜかカッターナイフを取り出した。
「ずっと擦っていたら時間がかかる。だからカッターで削り落とす」
笠間はそう言って、工作が得意でもないのに、手を震わせながら、消しゴムを削り落としていると。
「痛っ!!」
慣れない事をしたせいで、笠間はカッターで指を切ってしまった。そして痛がった笠間は、カッターナイフを僕の方に投げつけてきた。
「ぎゃぁああああっ!!」
そしてカッターナイフは、僕の胸ポケットに突き刺さって、そのまま気が動転して、教室を出て廊下を全力疾走した。
「鹿島君っ!! 大丈夫⁉」
そして桃谷さんが僕を心配して追いかけてきた。早く保健室に行って、先生に止血してもらわないと、僕は本当に死んでしまうだろう。ほら、胸ポケットのあたりからは、真っ赤な血が――
「あっ。そう言えば、胸ポケットに生徒手帳を入れていたんだ」
僕の胸からは、血は出ていなかった。制服に穴は開いたものの、カッターナイフは生徒手帳に刺さっていた。生徒手帳があったおかげで、僕はカッターナイフに刺さって死亡と言う運命は免れたようだ。
「……そ、それは良かったね」
僕がケロッとした態度でそう言うと、僕の横には、ズッコケた桃谷さんが呆れたような顔をしていた。
「どうして、男子ってバカなことをするのかな……?」
「男にも色々と事情があるんだよ……」
女子に消しゴムを拾ってもらうために、わざと消しゴムを丸くして削っていたなんて言ったら、もう桃谷さんと話すことが出来なくなってしまうかもしれない。ここは失望させないように、桃谷さんには黙っておこう……。
「け、けどさ、これで僕の寿命が延びたはず――」
「変わらないよ」
桃谷さんにニコッとそう言われても、いつもならときめくはずなのに、全くときめくことが出来なかった。
あれ以上に、僕はどんな恐怖を体験すればいいのだろうか。朝のサッカーボール。そして今の胸にカッターナイフが突き刺さる。これ以上の恐怖なんて、そうそうないはず。
「こ、これ以上の怖い事があるなら、僕はやっぱり今すぐ死んだ方がいいんじゃないかー!!」
「だからと言って、屋上に向かおうとしないでっ!」
そんな感じで桃谷さんと僕との攻防戦をしていると、いつの間にか多くの生徒が僕たちのやり取りを見始めて、注目の的になっていた。
そして放課後。あれ以降は、誰とも関わらないことを決めて、ずっと机に突っ伏して気配を消していると、このクラスで一番体重が重い、松前君のお尻が僕の頭に乗って、僕は窒息する寸前になった。
これが僕の死因なのではないかと、再び桃谷さんに確認してもらうと、寿命は変わらず、今日死ぬ運命だった。
「鹿島君。帰らないの?」
僕たちの関係を怪しむ人が出てこないように、桃谷さんは普段通りに過ごして、そして先に帰った風に見せて、1時間後、僕以外誰もいなくなった教室に、再び桃谷さんが戻って来た。
「ここから動いたら、僕は死ぬ。だから僕は、このまま一夜学校で過ごす」
「警備員のおじさん来るから、追い出されると思うよ?」
「それでも、僕はこの席から動かないと決めたんだ」
もう誰も信じられない。何らかのタイミングで、僕が誰かと関わると、僕に不幸が襲ってくる。なら、誰もいなくなった教室の隅で、僕がこうやって丸まっていた方が安心だ。
「いいのかな? この学校って、夜なると幽霊が集会をしているって噂だよ?」
「そんな場面に遭遇するなら、僕は机にぶつけて死んだ方がマシだーっ!」
「だから、すぐに死のうとしないでっ!」
そんな噂聞きたくなった。ホラー系が苦手な僕は、そんな場面に遭遇したら、一気に魂が抜ける自信がある。
「わ、私だって、幽霊は怖いんだから、早く学校を出て、真っ暗になる前に家に帰ろうよ? ね?」
「……だったら、僕はどう過ごしたらいいんだよ。……僕、もうすぐ死ぬんだろ? ……あと数時間、あと数分かもしれないんだ。……あとわずかな時間ぐらい、僕の意思で過ごさせてくれよ」
ずっと恐怖に怯えながら過ごしていたので、心身ともに疲れ切っていたので、そんな弱音を桃谷さんに吐いてしまった。
笠間たちと二度と会えなくなるのはどうでもいいけど、僕を今まで育ててくれた両親、そしてこうやって僕を心配してくれる桃谷さんと、少しでも多く過ごしたいと思っていた。
「……変わらないんだろ? ……僕の寿命」
「……0のままだよ」
やはり、こうやって机に縋り付いていないと、僕は死んでしまう。なにで死んでしまうのか。教室の周りには、特に凶器となる物は存在しない。死ぬなら一瞬で、そして楽に死にたい。
「分かった。私にも責任があるから、今日、私も学校に残るし、出来る範囲で、鹿島君のお願いを叶えてあげる。まず、何をお願いする?」
「……お腹空いたから、腹いっぱいポテチを食いたい」
「オッケー。それなら、近くのコンビニで買い出しに行ってくるよ」
本当に、もうすぐ死ぬ僕の願いを聞いてくれるようだ。僕から離れて、駆け足で教室を出ていく音が聞こえた。
この調子なら、僕と付き合って、彼女になってほしいと言えば、お願いを聞いてくれるんじゃないだろうか。本当に帰ってきたら、本気で言ってみようか――
「……早いね」
たった数分で、桃谷さんが戻ってきたようだ。どんだけ足を回せば数分かかるコンビニを往復できるのか。そう聞こうとしたとき。
「ずっとモモが上の空だったのは、鹿島君と付き合い始めたからなんだね」
この声は桃谷さんではない。気になって顔を上げてみると、そこには両手にカッターナイフを装備している同じクラスの女子生徒、
桃谷さんがいれば、僕の寿命が延びます。 錦織一也 @kazuyank
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