桃谷さんがいれば、僕の寿命が延びます。
錦織一也
第1話 桃谷さんの虫の知らせ
『あなた事がずっと気になっています。放課後、校庭にある大きな桜の木の下で待っています』
下駄箱を開けると、僕の上履きの上にそんな内容が書かれた便箋が入っていた。
遂に僕の学校生活に春が来た! そんな紅葉した気持ちのまま、放課後に大きな桜の木の下に行くと、そこには同じクラスの女子、
「鹿島君……」
桃谷さんが、僕の下駄箱に便箋を入れた本人だった。
同じクラスだと言っても、特に接点は無い。彼女は彼女たちの友達を持ち、僕も僕だけの友達を持っている。誰も僕たち、彼女たちと関わりが無い。それどころか、話した事すらないのではないか。
「……突然の手紙、驚いた?」
「そ、そりゃあね……」
桃谷さんも頬を少し赤く染めていた。もしかして、本当に僕は彼女から告白を受けるのだろうか。
「……大切な話が合ってね。……驚くかもしれないけど、心の準備は出来てる?」
「出来ていないから、深呼吸させて」
一度、彼女に背中を見せて、僕は大きく深呼吸をすること10回。
よし、これで僕は彼女にどんな衝撃的な告白をされても、驚かない。すぐに彼女の要求を聞き入れて、明日からどんな風に呼び合えばいいのか、考えておこう。
「オッケー。それじゃあ、桃谷さんの話って何?」
「……実はね」
彼女も大きく息を吸ってから、強く握りしめた手を、自分の胸辺りにおいて、叫ぶようにこう言った。
「鹿島君っ!! 明日で鹿島君が死んじゃうのっ!!」
「か、カメラでも回ってるのかな? 後ろの木から、ドッキリ大成功って看板を持った人が出てくるんだよね」
「冗談を言っている状況じゃないっ! 本当に! 本当に鹿島君は、明日死ぬことになっているのっ!」
「……マジ?」
「マジっ!」
ゆっくりと頷く彼女の様子を見たら、僕はどうしたらいいのか分かった。
「も、もう今すぐ死ぬしかないじゃないかーっ!」
「どうしてそうなるのっ⁉」
校庭の地面に思いっきり頭をぶつけて死のうと思ったら、桃谷さんに羽交い絞めにされて止められた。
「だってさ、明日死ぬことが分かるなら、今すぐ死んだ方が楽じゃないかっ! いつ死ぬか分からない恐怖に怯えながら、明日を迎えるなんて、僕にはできないよっ!」
「明日死ぬことが分かるなら、今からでも死なないように対策を練ろうよっ!」
そう桃谷さんが言ってくれたので、僕は一旦死ぬことを諦めた。
「どうして、明日僕が死ぬことを知っているの? まさか、桃谷さんが未来人とか……?」
「聞いて驚かないでね? 私、未来人とかじゃなくて、一人一人の寿命が分かるのっ!」
そう来たか。まさか、僕のクラスメイトに超能力者がいるなんて、思いもしなかった。
「私ね、小さい時に交通事故に合って、一時期意識不明で、このまま死んじゃうかもしれない。そんな状況だったけど、奇跡的に回復して退院した以降、私には他の人にはない能力、超能力を手に入れたの。それが他人の死期が分かってしまう能力で――って、今の私の話にどこに絶望する要素があったっ⁉」
死にかけると、超能力を手にいられると思い、僕は再び地面に頭をぶつけて死のうとしたら、再び桃谷さんに羽交い絞めにされて制止させられた。
「絶望はしていないけど、僕も意識不明の重体になれば、桃谷さんのような超能力を手に入れられると思ったからっ!」
「私のは稀な現象だから、真似はしないでっ!」
そんな風に一進一退の攻防戦を繰り広げ続けること5分。僕と桃谷さんの体力が限界が来ると、両者地面に座り込んだ。
「……桃谷さん。……それってさ、桃谷さんはどんなに風に分かるの?」
「……それぞれの人の頭の上に、数字が浮かんでいる。今の鹿島君には、頭の上に数字の『1』って見える」
黒いオーラみたいなものが見える。得体のしれない物体が、僕の体に纏わりついている。死神が見えるとか、そう言った霊視的な能力ではないようだ。そんな能力より、数字が見える方が、分かりやすくていいかもしれない。
「……じゃあ、あそこで仲良さそうに歩いているカップルには、何て見えるの?」
通学路には、仲良さそうにイチャイチャして歩いて帰る男女の生徒がいた。
「えっと……。大体、2万ぐらいかな」
「……2万と言うと、どれぐらいなの?」
「あと50年は生きられるかな……」
末永く生きられるようだ。僕なんて、たった1日だぞ。良心があるなら、僕に半分分けてくれないだろうか。
「……それじゃあ、あそこにいる野球部員と、女子マネは?」
「二人とも同じく2万ぐらいだよ」
「……ちっ」
「今、舌打ちしたよね?」
みんな50年ぐらいは平穏に過ごせるって事か。僕の代わりに、特にあの男子二人と僕の寿命を交換してくれないだろうか。リア充はさっさと滅んでくれないだろうか。
「……桃谷さんの超能力は分かった。けど、どうして僕の余命宣告をしてくれたの?」
「クラスメイトが、一人欠けるのは地味に悲しいから……」
すごく悲しいとは言ってくれないようだ。僕なんて、桃谷さんにとっては、ただのクラスメイトとしか思っていない証拠だ。そんな地味に思っている男子生徒に、ラブレターのような手紙を下駄箱に入れないでほしい。
「私が分かるのは、いつ死ぬかだけ。明日のどのタイミングで死ぬのか、死因とかは分からない。このまま鹿島君が死んじゃうのを見届けるなんて出来ないから、分かっている私が出来るだけ、危険を取り除いていきたいなって思ってる。それで明日まで、鹿島君の傍にいてもいいかな?」
「もちろん。一人で怯えなくていいなら、僕も今日は安心して過ごせるよ」
「……あっ」
二っとはにかむと、急に桃谷さんが青ざめた顔をした。その表情は、化け物でも見たような顔だった。
「あの、鹿島君……。急に、数字が0になった……」
「……それってさ、今すぐ死んでもおかしくないって事だよね?」
「うん……」
死期って早まる事ってあるようだ。
「なら、今すぐ死んだ方が~!!」
「だからすぐに死のうとしないでっ⁉」
再び取り乱して、地面に頭をぶつけて死のうとしたが、再び桃谷さんに止められた。
「もしかして、私のせいかな……?」
何度も暴れて疲れたので、僕もすぐに落ち着くと、急に桃谷さんが僕を制止する力が緩まっていった。
「もし私が、余命宣告をしなければ、鹿島君の寿命はあと一日のままだった。明日死ぬ運命だと告げたことによって、未来が変わってしまって、助けるための行動が、早死にさせる行動だった。……やっぱり、また私は、人を助けられないんだ」
急に自分を責め始めた桃谷さんに、僕は地面に寝転んでこう言った。
「いや、桃谷さんは僕を助けてくれたじゃないか。突然死ぬより、死期が分かって死んだ方が、気が楽と言うか、どんな不幸でもかかってこいと思ってきたんだよね。僕も桃谷さんの今回の行動が正しいかは分からないけど、何も行動しないよりかはマシだと思うよ」
「……そうだよね! 自分の行動に、無意味な事ってないもんね」
桃谷さんもさっきの僕みたいにはにかむと、桃谷さんが元気になったので、安心して少し黄色くなり始めている空を見つめていると。
「……桃谷さん。……なんか落ちてきてない?」
僕の上空には、何か黒い物が落ちてきていた。
「……確かに。……カラスとかじゃないね」
カラスなら横に飛んでいくはず。黒い物は横に移動せず、位置はそのままで、黒い物は段々と大きくなっていた。
「何だろうね……」
「何だろう……って、呑気に寝ている場合じゃないよっ!」
桃谷さんに無理やり起こされて、桃谷さんに引っ張られながら遠くに避難されると、大きな衝撃音を立てて、校庭の砂を巻き上げていた。
「……あんなの食らったら、流石の僕も死ぬね」
これで僕が死ぬ運命は免れた。そう思って、僕は胸をなでおろしていると、桃谷さんも安心したようで、胸をなでおろしていた。
しばらくすると、先生が校舎から飛び出してきて、そして警察もやって来て、現場検証をしていた。目撃者として、僕と桃谷さんはしばらく事情徴収をされた後、辺りが真っ暗になった頃に解放された。
今回落ちてきた部品は、地球の周りを回っている人工衛星の部品らしい。明日、この事はニュースになっているだろう。
「まさか、人工衛星の部品が落ちてくるなんて、ある意味運が良いかもね~」
「う、うん……」
僕がこうやって生存しているのに、桃谷さんの表情は晴れていない。桜の木の下で告白していた時よりも、僕の目を合わせようとしなかった。
「……死期が早まって、このまま鹿島君の寿命が延びるかと思ったんだけど」
「けど?」
「……また1に戻ったんだよね」
結局、僕は明日死ぬ運命のようだ。
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