最終話 魔女の奇跡

 フォルテュナの話を聞いた僕は千景と一緒に病院に直行した。

 病院に向かう間も千景はずっと泣いており、僕は病院に行ったら神前を怒ってやろうと思った。ただ、それができればの話だが……。


 フォルテュナがエヴァレットに聞いた所によると神前はレメイと一人で戦っていたらしい。

 事故に遭ったのかと思っていたのだが、レメイと戦っていたとは思わなかった。

 その戦いでレメイの動きに対応するためエヴァレットに体を操作させたらしいのだが、限界を超えてしまったようだ。

 レメイは無事に倒したようだけど、その代償として神前の意識が戻らなくなってしまって今は病院で治療を受けている。

 どうして戦う前や戦っている時にでもエヴァレットからフォルテュナに連絡してくれなかったんだ。連絡があれば何を差し置いても駆けつけたのに。


「礼華お姉ちゃん! 礼華お姉ちゃん!」


 夜の遅い時間だったけど、病院は面会を許してくれて僕たちは病室まで足を運んだ。

 そこで見たのはベッドの上で寝ている神前の姿だった。その姿は普通に寝て居るようにしか思えず、声を掛ければすぐにでも起きるのではないかと思えるような感じだった。

 だけど、神前は僕たちの声には一切の反応を示さず眠ったままだ。神前に覆いかぶさりながら名前を呼び続ける千景の姿が痛々しい。


「声を掛けてあげて」


 エヴァレットの声に僕は恐る恐る神前に声を掛ける。

 できれば僕の声で神前の意識が戻ってくれればと思ったのだが、僕が声を掛けても神前が起きる事はなかった。


「礼華は頑張ったわ」


 あぁ、その通りだ。僕一人だったらレメイに勝てるかどうか分からなかった。

 それを神前は一人で倒してしまったんだ。これが凄いと言わずに何と言うんだろう。

 神前の姿を見るのに耐えられず、思わず視線を外して隣のベッドを見るとそこにはレメイが寝て居た。

 どうしてこんな所にレメイが? 僕は思わず飛び退いてしまった。


「その人はレメイに操られていた人」


 そうか。レメイを倒したと言っても柳舘さんを殺してしまった訳ではなくスマホを破壊したとかなんだろう。


「そう。スマホだけを壊した」


 と言う事は柳舘さんも神前と同じように意識が戻って来ていないんだろう。

 なんて事だ。折角柳舘さんもレメイから解放されたと言うのに神前と一緒に喜ぶ事ができないなんて。

 フォルテュナとエヴァレット以外の魔女がいなくなったと言うのに全く嬉しくない。


「はぁ、いつまでそんな顔してるのよ。コーリンと一緒にいるのは『原初の魔女』である魔女業界一可愛い私なのよ」


 モバイルバッテリーでの充電が完了したようで、フォルテュナが僕に声を掛けてきた。

 その物良いからするともしかすると……。


「意識を取り戻す事はできるわよ。でも、私の力だけじゃ足りないわね。エヴァレットにも協力してもらうわよ」


 できるのか? 神前の意識を取り戻させることが。


「えぇ、可能よ。ただし、充電はすべて使う事になるだろうけど」


 ッ! 充電をすべて使う? って事はフォルテュナたちはスマホから消えてしまうって事か。それは……。


「どの道私たちは他の魔女がいなくなったら消そうとしていたんでしょ? それなら礼華を助けるために力を使って消えた方が良いわ」


「私も」


 確かにフォルテュナたちは他の魔女がいなくなったら消す予定ではいた。

 だけど、もっと穏やかな感じでお別れはしたいと思っていたので、全力で魔法を使って消えてしまうなんて考えても居なかった。


「何言ってるのよ! 女々しいわね。礼華がこれで助かるんだから喜んで命令しなさいよ」


 散々人の魔女を削除して置いて自分だけが穏やかにお別れできると思っていた自分が恥ずかしい。

 フォルテュナたちの魔法を使って神前が元に戻るのならそれはすべての魔法を使ったとしてもやるべきではないだろうか。

 フォルテュナたちとはこれでお別れになってしまうけどお願いしよう。


「任せておいて! 必ず礼華は元に戻すから」


 フォルテュナの心強い言葉に僕は精神の集中を始める。

 神前のスマホは千景が持っておくと言っていたが、僕はそれを断り、僕と神前の両方のスマホを手に持っている。

 精神を最大限にまで集中すると僕は両手に持ったスマホを前に差し出した。


「ありがとうコーリン。楽しかったわ」


「楽しかった」



明るい夜ルミノックス!!』



 フォルテュナとエヴァレットの声が同時に病室に響く。

 まばゆい光が病室を覆いつくすと僕はとても目を開けて居られず目を瞑ってしまった。

 瞼に突き刺さる光が治まって来た所で目を開けると両手に持っていたスマホの画面は消えており、充電が完全に斬れている状態だった。

 フォルテュナを失った喪失感が僕を襲ってくるが、その時、


「うーん。良く寝たー」


 ベッドから声が聞こえてきた。フォルテュナの魔法は無事成功し、神前が伸びをして起き上がって来たのだ。

 嬉しさのあまり神前に抱き着こうとしたが、千景に先を越されてしまった。


「良かった! 礼華お姉ちゃんが戻って来たよー」


 何が起こったのか理解できていない神前は目を白黒させている。

 だが、そんな光景も微笑ましい。本当に良かった。神前が戻って来たのだ。


「ちょ、ちょっと何なのよ。どうして紅凛たちがいるのよ。ちーちゃん、あんまりきつく抱きしめないで」


 未だに状況を把握できていない神前をもっと混乱させてやろう。千景を泣かせたんだその罰は受けてもらう。


「神前。好きだ。僕と付き合ってください」


「ッ!!!」


 僕の突然の告白に神前は声も出ないようだ。

 辺りを見回して状況を一生懸命把握しようとしているがやはりどうしてこうなっているのか理解できないようだ。


「ど、どうしたのよいきなり。状況も分かっていないし急にそんな事を言われても私どうして良いか分からないよ」


 大丈夫。僕も随分と神前の事を待たせたんだ。すぐに返事が欲しいって訳ではない。


「うっ……」


 すると隣のベッドからも声が聞こえてきた。

 どうやらフォルテュナの奴は神前だけでなく柳舘さんの意識まで元に戻していったようだ。

 本当に『原初の魔女』って奴は思っていた以上の事をする物だ。



 意識を取り戻したと言って神前たちはすぐに退院できるって訳ではなく、数日してから退院になった。

 僕たちは神前に状況を説明するためにいつもの喫茶店に集まる事になった。


「いらっしゃいませー」


 元気の良い安未さんに席を案内され、千景と一緒に待っているとすぐに神前がやって来た。


「お待たせ。早く話を聞かせて」


 神前は座るや否や僕に事の顛末を話すように言ってきた。


「スマホにエヴァレットがいなかったから消えたのは分かるけど、何がどうなったのか全然分からないのよ」


 僕が知っているのは神前の病院に行ってからの事だけだ。その前のレメイの事はスマホを壊した事以外は僕も詳しい事は知らない。

 それでも知っている事を全部神前に話すと神前は俯いて目頭を押さえている。


「私のためにエヴァレットたちが……」


 落ち込む神前を千景が慰めている。

 僕は少なくとも最後のお別れをしたのだが、神前はお別れさえ言えなかったのだ。落ち込むのも無理はない。


「そんな落ち込まなくても大丈夫よ」


 そうだな。折角フォルテュナたちが助けてくれたんだ。ってあれ? 今スマホから声がしなかったか?


「落ち込まないで」


「そうよ。落ち込んでたって何も始まらないわ」


 神前と千景のスマホからも声が聞こえてきた。

 もしかしてと三人が一斉に自分のスマホを見ると、スマホの中には魔女がいた。

 一体どうして……。充電が切れて消えてしまったはずじゃあ……。


「私を誰だと思ってるの? 魔女業界一可愛い魔女よ。ちょっと時間が掛かっちゃったけど、戻って来れるぐらいの事はできるわ」


 ちょっと待て。何が何だか分からないぞ。どうしてフォルテュナたちがスマホに戻って来ているんだ?


「コーリンのスマホにちょっと細工をしておいたのよ」


 そう言えば以前にフォルテュナがスマホの中で何かをやっていたがそれが何か関係しているのか?


「そうよ。いざって言う時に戻って来れるように細工をしておいたの。ただ、礼華を治すために魔力を使うと戻って来れる魔力がなくなっちゃうからエヴァレットにも手伝って貰ったの」


 神前の治療のためにエヴァレットに手伝って貰った訳じゃないんだ。

 本当に『原初の魔女』って奴は……。

 でもこれって削除した魔女も戻って来たって言う事なのか?


「いいえ。戻って来たのは私たちだけよ。他の魔女何て戻す必要ないもの」


 本当になんて奴だ。そんな事ができるなら最初から言っておいてくれよ。


 でも、魔女がスマホの中にいるとなったら奪い合いにならないのか?

 それが心配でフォルテュナたちをすべてが終わったら削除しようとしていたのに。


「魔法を使わなければバレないでしょ。他に魔女も居ないし魔法なんて使う事ないしね」


 確かに他に魔女がいなければ魔法を使う事もないか。


「紅凛。またみんなでアミューズメントパークに行きましょ。今度はお別れのためじゃなく純粋に楽しむために」


「賛成! 私も一緒に行く!」


 ひとしきり再会を喜び合った二人は満面の笑みで僕にアミューズメントパークに行こうと誘ってくる。

 夏休みもまだ残っているし行くとするか。


「じゃあ、私は今から準備してくる!」


「あっ、私も!」


 今日行くのか? 二人が出て行ってしまった喫茶店で僕はもう一度フォルテュナを見る。


「何よ。私に惚れても無駄よ。年下には興味ないから」


 大丈夫。僕は神前に告白してその返事待ちの身だ。振られるまで他の女性を好きになったりはしない。

 喫茶店を出た僕は夏の日差しに手で影を作る。良い天気だ。アミューズメントパークに行くにはうってつけだ。

 僕はスマホをポケットに仕舞い、遊びに行く準備をしに帰路に付いた。


 スマホの中には魔女がいる。

 画面の中を闊歩し、アイコンと戯れ、スマホの操作を邪魔をする魔女が。

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スマホの中には魔女がいる 一宮 千秋 @itaki999

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