第66話 終わらない戦い

 キッと僕を睨みつけるリリーさんの手には細身の剣が握られている。


「凛兄、あの修道服の人は誰? 知り合い?」


 そうか。千景はリリーさんに会った事がなかったか。

 しかし、詳しく説明している時間はない。リリーさんは今にもこっちに襲い掛かって来そうなのだから。

 今の状態でリリーさんと戦うのは厳しい。魔女を全員削除すれば魔法なんてもう使わないから、それでここは見逃してくれないだろうか。


「それは無理ね。紅凛君が魔法を使ったのは……、魔法が使えるのは変わらないから」


 やっぱり無理か。でも、魔女がまだ残っているのにこんな所で捕まる訳にはいかない。

 リリーさんの狙いは僕だから千景には今の内に家に帰ってもらった方が良い。


「嫌よ。あんな人に凛兄を渡せるわけがないじゃない」


 なぜか僕よりも千景の方がやる気になっている。そんなにリリーさんの事が気に入らないのだろうか。


「もうお別れは済んだ? そろそろ連行させてもらうわよ」


 リリーさんが地面を蹴って僕たちの所に向かってくる。そのスピードはやはり人間の出せるようなスピードではなく、魔術を使って強化しているのだろう。

 一瞬にして僕の目の前に来たリリーさんは腹部に蹴りを入れると僕の体は軽々と吹き飛んだ。

 リリーさんのスピードが速いって言うのもそうなのだが、完全に回復していない体では避ける事もできない。


「あんまり手荒な真似はしたくないわ。これで分かったなら大人しく捕まりなさい」


 何とかリリーさんから逃げたいのだが、足に怪我をしている状態では普通に逃げた所で逃げ切れる気がしない。

 普通の状態でもあのスピードなのだ……と思った所で僕の頭の中に疑問が浮かんだ。

 何故リリーさんは今、細身の剣で攻撃しなかったのだろうか。

 ってそうか。リリーさんはあくまでも僕を確保する事が目的で、僕を殺す事が目的ではないんだ。

 殺される事がないと思うと心が多少軽くなった。殺されると思って戦うのと殺されはしないと思って戦うのでは大きな違いだ。

 そうだとしてこの状況をどうにかできるかと言えばそうではない。


 あっ、そうだ。リリーさんは僕が魔法を使うから捕まえに来たのであって、僕が魔法を使えなくなる……って事はなさそうなので、リリーさんに魔法を使って貰えば僕を捕まえられなくなるんじゃないか?

 とは言え本当にリリーさんが魔法を使えるようになる訳ではないので少しからめ手が必要だ。

 僕は残っている魔力をかき集め、リリーさんに向けて手をかざす。

 リリーさんはすぐにその場から移動し、僕に狙いを付けられないようにする。だがそれでいい。僕の狙いはリリーさんを倒す事ではないんだ。


 横に移動したリリーさんは僕の死角を突くように左の方から僕に迫ってくる。

 本来なら僕の方も動いて攻撃を躱すところだろうが、僕は脚を汚していて動けないし、動こうとも思わない。

 リリーさんの横からの蹴りを腕を上げてガードするとリリーさんは僕の後ろに回り込んでくる。

 どうやら僕を後ろから拘束しようとしているらしい。リリーさんが後ろから手を伸ばして来る。

 ここだ! 僕はリリーさんの片腕を掴むと前に突き出た手に僕の手を合わせる。



燭台の紅焔イグレア!!』



 なるべく小さい声で魔法を詠唱する。

 すると僕の手から出た魔法はリリーさんの手をすり抜け、誰も居ない場所に魔法が着弾した。


「何を狙って魔法を撃ったのか知らないけど捕まえたわ。もう逃げられないわよ」


 リリーさんの片腕を掴んだのだが、魔法を使っている間に完全に拘束されてしまった。

 僕を羽交い絞めにした事によりリリーさんの胸のふくらみが僕の背中に当たって少し気持ちい。


「そこの変態を離しなさい」


 近くに寄って来た千景が兄に向かって変態と言ってきた。なんて失礼な妹だ。これはくすぐりの刑が必要なのかもしれない。


「そんな事言って良いの? そんな事言うなら私はこのまま帰っちゃうから」


 ごめんなさい。今千景に居なくなられてしまうとすべて無駄になってしまうから許して。


「こっちに来てどうする気? 紅凛君を奪い返そうとするなら痛い目を見るわよ」


 リリーさんの脅しにも屈せず千景は笑みを浮かべてスマホをリリーさんに見せる。

 千景のスマホは充電が切れてしまったが、モバイルバッテリーで充電をしていたので、充電量は少ないが普通に使えている。


「これを見てもそんな事が言える?」


 千景が持っているスマホには先ほどの戦いが録画されており、それが再生されていた。


「それが何? たださっきの戦いを映しただけじゃない」


 確かに戦いを映しただけの動画だ。だけど見方を変えればこの動画は違った意味を持って来る。

 僕の後ろに回ったリリーさんが僕が手を合わせた事により魔法を使っているように見えるのだ。小さい声で魔法を詠唱したおかげで魔法の詠唱の声は聞こえてこない。


「そんな物で私を脅す気? そんな動画誰も信じないわよ」


「それはあなたがそう思うだけでしょ? この動画をネットにあげた時にユーザーがどんな反応するのか楽しみね」


 強がっていたリリーさんだが、動画をネットにあげると聞いて顔色が変わってきた。

 僕たちは僕が魔法を使ってリリーさんの手から魔法が出たように見えたと分かっているが、そんな状況を知らない人が見ればリリーさんが魔法を使ったように見える。

 暫く逡巡していたリリーさんだが僕の体を解放してくれた。


「分かったわ。諦めてあげる。けど、忘れないで。あなたは決して許された訳じゃない。何かおかしなことをすれば私の仲間が飛んでくるわよ」


 悔しそうな顔をするリリーさんが倉庫の出口に向かって歩いて行った。

 ふぅ。無理やりと言った感じだったけど、何とかなってよかった。


「こんなに上手く行くとわね。凛兄に言われた時は無理だと思ったけど、意外と何とかなるものね」


 そうだな。これだけネットが発達していなかったらこんな方法は使えなかっただろうな。

 何とかなった事でどっと疲れが出てしまい、その場に座り込んでしまったのだが、そう言えばフォルテュナが全く話しかけてこないな。

 大人しくしていてくれとは言ったけど、ここまで大人しくししているとは思わなかったのでちょっと不気味だ。


 僕は自分のスマホを取り出して画面を表示するが、そこにフォルテュナの姿はなかった。

 画面の外にでも出て隠れているのかと思い、フォルテュナに呼びかけるとノロノロとした動きでフォルテュナが画面に現れた。

 何だ? いつものフォルテュナと様子が違うな。


「コーリン。病院に行こう」


 ん? まあ、足の怪我の治療もあるし病院に行くつもりではあるけどどうしたんだ?


「礼華が…。礼華が……」


 神前が? 神前がどうしたって言うんだ?

 嫌な感じがする。フォルテュナの今の雰囲気と神前がここに姿を現さなかった事で良い事を言おうとしているのではないと分かってしまう。

 僕がごくりと生唾を飲み込んだタイミングでフォルテュナが口を開いた。


「礼華の意識が戻らないらしい」

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