景色

 はらはら舞う花吹雪を、車の中から見ながらありきたりに「きれいだ」と感じる。この町で桜を見るのは確か3回目かな。

 仕事で飽きるほど、大きな川の横を車で走らせる。信号が少ないのと、まだ比較的に混みにくいのもあって、私にはお馴染みのルートとなっていた。


 道路傍には桜の木がいくつも植わってるのに、春が来るまでその木々が桜であるというということを忘れて過ごしている。けれど、花さえ咲けば「きれいだ」と都合よく思うのだ。

 土手の、菜の花の黄色と、桜の淡い白色が同居している景色たちが心を和ませていた。元々は、雪柳の白と桜の白の調和の方をより好む私だったが、こちらの土地での暮らしに馴染めば菜の花と桜との組み合わせも愛らしい存在に思える。


 散って見頃を過ぎつつある桜たちを追い越しながら、桜並木と斜陽を目に写していると、何かを思い出しそうになった。


 確か、去年。同じように車を走らせながら桜を見ていて、感傷的な気分になったように思う。「きれいだな」とあの時も同じように景色を眺めていたのだけど、今と違うのは淡いピンク色からまず連想したのが小夜ちゃんだったということ。

 目を奪われた、わぁっと雪が降るみたいに躍る花びらの絵を見せたくて、疼くように浮かぶのが小夜ちゃんの顔だった。


 頭の隅に追いやっていても、忘れた頃にふっと湧く好意のようなものが、正直嫌でならなかった。

 別に、好きになりたくて好きになったんじゃない。所謂、不意打ち的なものだった。訳がわからないまま注意を引かれるようになって、小夜ちゃんが頭にちらつく度に罪悪感に襲われた。


 私はいつでも同じことを繰り返している。長期的に人と付き合えば、移り気を起こすのが常なので、この病的な性質は恐らく変わることはないだろうと諦めていたし、後ろめたさをやり過ごすのにもだいぶ慣れていた。

 ただ、夫の明さんは今まで付き合ってきた他の人たちと違って、特別で代え難い人に違いなかった。明さんと一緒にさえ居れば、私のよこしまな移り気症も根治するかもしれない、なんて微かに期待していたのも虚しく、あっさり私はまた恋をしたのだった。



 小夜ちゃんを好きだったと思うけど、今私の気持ちは程よく落ち着いている。可愛いな、とかは思うけど特別ではない。


 そもそも小夜ちゃんは、もう時期結婚するのが決まっていた。いつのまにかあれよあれよと転がるように話が進んでいき、付き合って半年も経たないうちに同棲が始まったので、私たち夫婦して呆気にとられたものだった。


——このクマのスポンジは、智也が選んだんよね。


 この前小夜ちゃんと会った際、手渡されたプレゼントの中身を繁々と眺めていたら、説明があった。

 小夜ちゃんと似て、可愛い趣味の奴だと思った。それでいて友人のプレゼント選びに付き合う、心優しい奴だ。小夜ちゃんの彼氏の評価に、その二つが付け加えられた。


 小夜ちゃんは、智也さんと桜見たんかな。二人で見る初めての桜。それはそれは、きれいだろうと思う。

 桜の下で、幸せそうに身を寄せ合う彼らを想像して眩しくなった。



 冷えた風が花びらを益々散らして、窓ガラスの隙間から入りそうな程に吹き荒れる。会社が近付いてきたので川沿いの道から脇道へ逸れ、桜並木から遠ざかっていった。

 飛散した花びらは、先の道にも点々と広がっていた。

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