第15話 勝利

 あ、いえ、くつうを生みだすためにおなじ動作をくりかえさなくちゃならない。だからかんせつえんになりやすい


 じゃあ?


 ええ


 やった


 さくせんがち


 って、ほんとうに?


 ちょっと覗いてみたら。あたしがいこうか?


 いや、いいよ


 お嬢さんが目を開けると、男は手を抑えながら痛みに顔をしかめていた。


 お嬢さんは、立ち上がるとスカートの膝についた埃をぱんぱんと払った。


 彼女の顔はそれまでの苦痛でくしゃくしゃになっていたが、目には勝利の歓喜が小さな星々のように光り輝いていた。

 

「あなたの手、ずいぶん腫上がっているのね。応急処置はできるの?」


 男の仲間が奥へ引っ込むと、救急箱を下げて戻ってきた。


「この中に大きな包帯はないわね」そう言うと、お嬢さんは自分のスカートの裾をびりびりと引裂き、湿布薬を塗り付けておいた男の手にぐるぐると巻くと、最後にそれを蝶結びにした。おかげで男の手は、リボンをかけられたバースディ・プレゼントのようになった。


「これでいいわ」


 お嬢さんはにっこり微笑んだ。


 男は憎々し気にお嬢さんを睨んだ。


「おまえの望みはなんだ?」


「それ、さっきも言ったわよ」


「ふん、あんなひょろひょろ野郎のどこがそんなにお気に召したのかね?」


「きっと、あなたには分からないわ」


「へえ、そうか。だが、おまえの望みを叶えてあげることはできんぞ」


「教えてくれてありがとう。でもね、誰かに叶えてもらう結末なんて、まるで、中身がほんの少しで、その代わりにたっぷりと空気の入ったシュー・クリームがお皿に載せられて運ばれてきたようなものよ」


「一見おいしそうにみえるけど、一口頬張れば分かる。とてもすかすかしていて食べた気がしない。おまけにそういうのは、シューも薄くってなよなよしてるのよ」


「だから、私は自分でシューを焼いて、おいしいクリームをそこに詰めるんだ。手間ひまかかっても、やりがいがあることだと思わない?」


「どのみち、やってみれば分かる。いかに自分が世間知らずだったかということに、いつの日かおまえは気づくかもしれない」


「しかしその時はもう遅い。終電車はすでに駅を出た後だ。プラットホームにはおまえと、誰かが読み捨てていった新聞紙だけが心細気にとり残されている。助けを呼んでもだれも来てくれやしない」


「そのうち、おまえのうまそうな魂目当てに、幽霊や怪物たちもやってくるさ。夜は長い。ゆっくりと楽しむことだな」


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街角で泣いてたら芋虫さんと出会って、二人でお茶して、芋虫さんが誘拐されたので、追いかけたらひどい目にあった件 戸来十音(とらいとおん) @skylark_npc

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