泣きたいときは笑みとともに
浮島みゃー太郎
泣きたいときは笑みとともに
暑い。ものすごく暑い。
7月下旬、夏の高校野球県予選。
ヘルメットをかぶると頭の周りがさらに暑くなる。その熱に阻まれるように声援が遠ざかっていく。
9回の裏2-3でリードされている。
2アウトランナー3塁。3塁ランナーが生還すれば同点だ。カウントは2ボール2ストライク。
バッターボックスから出て一旦間をとる。
目をつぶって深呼吸をすると、ある女の子の笑顔が思い浮かんだ。
今から2年ちょっと前、俺がまだ1年生で、
桜の衣替えが終わった5月のこと。
最初は野球の練習中に膝を痛めただけだと思った。
しかし、地元の整形で大学病院の紹介状をもらい、精密検査をされた辺りからどうも様子がおかしかった。
「君は骨肉腫です。」
医者の言葉は自分の中に入ってくることなく、自分の周りをふわふわと浮いていた。
「幸いにも悪い位置にはなく転移が━━」
医者は何か言っているが全然耳に届かない。
視界の端には涙を流す母の姿が映っている。
俺はさらに検査をされた後、即入院となった。
『骨肉腫』、ドラマなんかでよく聞く病気だ。
俺のように脚にある場合は切断なんて事も考えられる。
どうして俺が・・・
野球を続けられるのだろうか・・・
俺の人生はどうなるんだ・・・
頭の中に、真っ黒なものがわだかまっている。
入院生活2日目の午前。
慣れない車イスに座り、病院の中庭でぼーっとしている時だった。
「君も病気なの?」
俺と同じように車イスに乗った、小柄な少女が話しかけてきた。
綺麗な長い黒髪が暖かい風になびき、暖かな日の光に照らされている。
くりっとした瞳はまっすぐに俺を向いている。
突然話しかけられ驚いた俺が否定も肯定も出来ないでいると、
「私も病気なんだ。ちょっと前に見つかってね。1週間前から
「あなたも?」と少女が首を傾げたので、俺はこくりと頷いた。
「そうなんだ!ここ1週間、病院のおじいちゃんやおばあちゃんとしか話してなくて同年代の子と話すのは久しぶりなんだよね!」
そう言うと、少女は嬉しそうに笑って矢継ぎ早に質問してくる。
何歳?どこの学校?名前は?部活入ってる?好きな食べ物は?・・・・等々
そんなこんなで会話をしていると、少女の名前は
「今はママもお父さんも、こっちに来る準備中なの。お姉ちゃんは遠くで一人暮らしだし。だからこうして━━」
「エミちゃーん!」
若い看護師がこっちに向かって走ってきた。
「もうこんな所にいたのね、今日は午前中検査だって言ったでしょ?」
「あ!ごめんなさい・・・」
エミは両手を合わせ謝罪する。
看護師さんはチラッとこっちを見る。
「この子すっごく寂しがり屋さんだから、また相手してあげてね。」
「なっ!?別に寂しがりなんかじゃ・・・!」
「はいはい、早くいくよー」
看護師さんはエミの車イスを押してエミを連れて行く。
去り際にエミがこっちを振り返り、胸元でバイバイと小さく手を振った。
それに応えるため、俺も小さく手を振り返す。
頭にわだかまっていたものが少しだけ、暖かな空気に溶けてしまったような気がした。
それから毎日、エミは俺の病室を訪ねてくるようになった。
「将来の夢は?」
ある時エミが尋ねてきた。何となく興味のある分野はあるけれど、具体的に考えた
ことはなかった。
「私も決まってないんだー。じゃあ病気が治ったらやりたいことは?」
それは野球一択。せっかく野球部に入ったんだから頑張りたい。
「私はたくさんあるよ!まずお祭りにいきたいな!こっちでは大きなお祭りがあるんだよね?友達と買い物にだって行きたいし、修学旅行にも行きたい!」
エミは他にもつらつらとやりたいことを挙げていく。
「後はねー、絵を描くのが好きなんだー」
エミは俺に背を向け、外の景色を見ながら言う。
「だから色々な絵が描きたいな!」
エミは振り返ってにっこりと暖かな笑みを浮かべる。
ある時看護師さんが言っていた。
「エミちゃんはね、この病院のアイドルなの。いつもニコニコしていてね、あの子を見るとみんな自然と笑顔になるのよ。」
確かに、自然と笑顔になる。
なんだか急に照れ臭くなって、それをごまかすようにエミの絵を見せて欲しいと言ったが、「それはちょっと恥ずかしい!」と断わられてしまった。
エミの話によると、どうやら2人の病室は同じ階にあり、結構近いらしい。
病室が近いということは2人の病気が似ている、あるいは同じである事を意味している。
例え病室であっても女の子の部屋に行くのはなんだか少し恥ずかしく、実はエミの病室に行ったことはない。
そのためいつもエミが俺の病室を訪ねてくるのだ。
エミが持って来たトランプやボードゲームをしながら、適当な事を2人で話す。
その時間はとても暖かい。
たくさんの出来事があった。
エミと一緒に勉強したり。
抗がん剤の副作用で2人して気分が悪くなったり。
人生ゲームで負けたことがないと豪語したエミが借金を背負って完敗し、1日中拗ねていたり。
近くの病室の小学生とオセロ対決をしたエミが敗北を喫して涙目になったり。
エミを通じて知り合ったおじいちゃんおばあちゃんとお茶をしたこともあった。
エミのお姉さんがお見舞いにきたときは驚いた。エミもなかなか整った顔をしているが、お姉さんはさらに大人っぽさが加わった美人だった。あんまりにも美人なのでつい見とれていたら、エミにグ―で殴られた。
エミの父は筋肉ムキムキの漁師さんだった。
「俺はアシカを素手で捕まえたことがあるんだ。娘に近づく虫は日本海に沈めてやるよ・・・」
これが開口一番、俺に言い放った言葉だ。
そうかと思えばエミの母はおっとりとした、穏やかな人だった。
しかし穏やかな見た目とは裏腹に、エミ母は俺を睨み続けるエミ父に関節技をかけ、どこかへ連れて行ってしまった。
「うふふ、失礼しちゃったわね。」
そういってほほ笑むエミ母には背筋が凍った。
そんなエミ母だが、うちの母と気が合ったようでずいぶんと仲良くなった。
どれもこの病院に入院しなければ絶対に体験できなかったことだった。
そんなこんなで1か月が過ぎた頃。
「腫瘍がかなり小さくなったよ!この分なら最小限の手術で取り除ける!」
主治医から突然告げられた。どうやら抗がん剤の効きがよく、腫瘍はかなり縮んだらしい。
「多少リハビリは必要だけど、おそらく今までに近い動きができるようになると思うよ!もう少し一緒に頑張ろう!」
最初に骨肉腫を告げられた時同様、何を言われたかを瞬時には理解できなかった。
しかし「良かった、本当に良かった・・・」と目に涙を浮かべながら呟く母を見て、思わず俺も泣きそうになる。
「じゃあお母さん帰るね、週末にはまた来るから」
俺の両親は教師だ。仕事は忙しいだろうに、検査結果が出るときには必ず付き添ってくれるしお見舞いにも頻繁に来てくれる。
俺はこくりとうなずくと、自分の病室へと車いすを進める。まだ病気が治ったわけでもない上、手術も控えている。それでも病気が治るかもしれない、ほとんど諦めていた野球ができるかもしれないという希望は、薄暗い靄のかかっていた心を晴らしてくれた。
「あっおかえり!お昼ご飯一緒に食べよ!」
病室に戻るとエミが待っていた。いつものように明るい笑顔を振りまいている。
しかしここ一か月ずっとエミを見てきた俺には、エミの笑顔の裏側に暗い影が見えた気がした。
そんな俺の思いを察したのか、
「君にはお見通しかもね・・・私抗がん剤があんまり効いてなくて、このままだと脚切断しないといけないかもなの」
驚いた。エミも同じ膝の骨肉腫だったようだ。
「君はなんだかうれしそうだね?良くなってたの?」
エミは小首をかしげる。俺は何と言ったらいいかわからなくて黙ってしまう。先ほどまでの嬉しかった気持ちと今の悲しい気持ちが心の中でごちゃ混ぜになって、よくわからない。
「ふふ、やっぱりね、私もお見通しなんだよ」
エミは黙っている俺を見て得意気に言う。
「君は私の病気が悪くなったって聞いて悲しくなった?」
俺はエミの問いかけの意味がよくわからないまま、素直にうなづく。
「それと同じようにね、私も君の病気が悪くなると悲しいし、良くなると嬉しいの」
エミは俺を見つめる。瞳の奥には強い力が宿っている。
「もちろん言いたくなかったら無理に言う必要はないけど、嬉しい報告は教えて欲しいな。せっかく同じ病院に入院して仲良くなったんだから。」
「一緒に戦う仲間の嬉しさは分かち合いたいし、悲しみは一緒に背負いたいじゃん」
エミは急に恥ずかしくなってきたのか、目を逸らしぽりぽりと頬を掻いた。
俺もなんとなく恥ずかしくなって目を逸らす。
「ほらほら、ご飯が冷めちゃうよ!」
エミは取り繕うように手を合わせ、早く早くと促す。
なんだか自然と涙が出てきて、ご飯の味はよくわからなかった。
それなのになぜかご飯がとてもおいしい。
昔何かの本で読んだ気がする。
『嬉しさは分け合えば2倍に、悲しみは分け合えば半分に。』
当時はよくわからなかったけど、今ならそれがわかる気がした。
俺の手術は2日後に行われた。幸いにも神経や重要な血管を巻き込むことなく、腫瘍を取り除くことができた。
「手術は無事成功したよ!次はリハビリだね!」
主治医に手術の成功を告げられる。麻酔が効いているため、右足の感覚は全くない。事前の告知通り、手術は2時間ちょっとで終わった。もう俺の脚に住み着いていた悪魔はいないのだ。なんだか実感できず、右足に目を向ける。右足には包帯やらなんやらたくさん巻かれており、見ることは叶わない。しかしそのぐるぐる巻きの包帯の下には日常に戻ることができるという希望が隠されているのだ。
そう思うとなんだか涙が出そうになる。俺はベッドごとガラガラと手術室の外に出される。すると外では母と父が待っていた。母親は涙で化粧がボロボロでひどい有様だった。
「がんばったね!よくがんばった・・・!」「頑張ったな」
母はベッドにしがみつき、父はポンポンと頭をなでてくれた。なんだか無性に涙がこみあげてくる。俺こんなに涙もろかったっけ?
「はぁっはぁっ・・・手術終わった!?」
廊下の向こうからエミがすごい速度でやって来た。「キィィ!!」と車いすが悲鳴をあげている。
俺は泣きそうな顔を見られないように顔を背け、右手でグッとサムズアップする。するとエミはベッドの脇までやってきて、俺の右手をぎゅっと掴む。
そして、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
大声で泣き始めた。
「成功したんだね!?足あるよね?大丈夫?痛いところない?」
泣きながら矢継ぎ早に質問してくるエミ。
エミは俺の右手を両手で包み、
「よかったよぉぉぉ!」
また泣き始めた。その姿を見ると、こみ上げてきた涙が今にも溢れそうになる。
俺の左腕には色々な点滴の針が刺さっており、動かすことができない。右手はエミが握っているから泣き顔を隠せない。
「ふふっなんで泣くの我慢してるの?」
エミはぐすぐすと鼻をすすりながら、意地悪そうに聞いてくる。エミの前で泣くのはなんだか恥ずかしくて嫌だ。
それでも溢れてくる涙は止められなくて。俺はせめてもの抵抗にエミから顔を背ける。
「ふふっ泣いてやんの~」
エミは泣きながらニコニコと笑っている。
嬉しさとか恥ずかしさとか、後ちょっと悔しかったりとか色んな気持ちがごちゃ混ぜになって、俺も一緒に涙を流しながら笑った。
そんなに大きな手術ではなかった上、手術の痕も小さなものだが、麻酔が切れた後はめちゃくちゃ痛かった。
とはいえ泣くほどではない。
「なーんだ、痛くて泣いてるかと思ったのに残念」
エミは泣いている俺を見られると期待して病室に遊びに来ていた。幸い今は痛み止めが効いているため痛みはだいぶ軽減されている。
エミの前で泣くのはやっぱり恥ずかしい。
俺はエミにぺしりとデコピンした。
「いったい!!」
エミは額を押さえ、恨めしそうにこっちを見る。
「あっ!やっぱりここにいた、エミちゃん検査の時間よ!」
ガラガラとドアを開け、看護師さんが入ってくる。どうやら目的はエミのようだ。エミは病院内をちょろちょろと動き回っており、よく検査をすっぽかす。
「ごめんなさい・・・」
エミはそのまま検査に連れていかれ、入れ替わるように俺の主治医に先生がやってきた。
「うん経過は順調そうだね、痛みもひどくないようだし来週からリハビリを始めようか!数日で歩けるようになるよ!」
それを聞いて思わず嬉しさが顔に出てしまう。走ったり、野球ができるようになるのはまだ先だが、順調に日常に近づいているような気がする。
でも気がかりもある。それを尋ねようとすると、
「おっと、他の患者さんの病状は教えられないよ」
先生に先を越されてしまった。
エミの口から病気が良くなったという話は聞いていない。
今日の検査で病気が良くなっているといいんだけれど。
しかしその日、エミが俺の病室へ来ることはなかった。
次の日、院内ならと移動を許可された俺はガラガラとエミの病室へ車いすを走らせた。
以前教えてもらった番号をもとに病室の前までたどり着く。少し緊張しながらコンコンとノックする。
「どうぞ~」
返事を聞き、控えめにドアを開けると
エミはまだ寝ており、エミ母が傍らに座っている。
「ごめんなさいね、昨日色々とあってねまだ寝かせてるの」
エミの目の下は赤くなっており、寝顔はなんだか苦しそうだった。
「詳しい話はエミがすると思うわ、私が勝手に話しちゃうのもね・・・」
あまり寝ていないのだろうか。エミ母も少し疲れているようだ。
「今日の夜にまた来てくれないかしら?その時に少しエミとお話ししてほしいの」
お願いねとエミ母は優しく微笑む。その表情はとてもエミと似ている。
とりあえず夜にまた出直すことにしてエミの病室を後にする。
今のエミに俺はなんと声をかけてあげたらいいんだろう。
本を読むときも、ご飯を食べているときもずっと考えていた。
そんなこんなであっという間に夜になってしまった。
エミの病室の前までやってきたが、決心がつかずなかなかノックができないでいた。
ノックをしようとしてはやめを1分ほど繰り返してから、ようやくノックする。
「どうぞ」
エミの声が聞こえる。俺はゆっくりとドアを開けて中に入る。
エミはカーテンの隙間から暗い窓の外を眺めており、こちらから表情をうかがうことはできない。
エミ母はおらず、どうやら席を外してくれているようだ。
しばらく沈黙の時間が続いたが、エミは窓の外を見たままゆっくりと話し始めた。
「昨日の検査でね、悪くなってることがわかったの、だから右足切断することになった」
エミは一言一言ゆっくりと話す。
「それを聞いた時ねすごく悲しかったの、それでね、どうして私なんだろうって、君の手術は成功したのに・・・って」
エミはこちらを振り向いた。目から涙があふれだし、頬を流れ落ちている。
「君の手術は成功して嬉しいのに、とても悔しいの、妬ましいの。同い年で同じ病気、同じ病院に入院したのに君だけ良くなっていくの」
最低だよねと、エミは自嘲するように笑った。
「色んな気持ちがごちゃ混ぜになって、もうよくわからないの」
うつむくエミの頬に流れる涙が、照明の白い光を反射して光る。
なんて声をかけるべきかなんてわからない。でも今俺がするべきことは、一緒に戦う仲間として、するべきことはもう知っている。
「それは当然だよ、俺も逆の立場ならそんな風に思ってしまう」
「でも!!」
エミはバッと顔をあげる。
「エミは俺の手術の成功とか色んな感情を共有してくれた。だから今度は俺がエミの嬉しさも喜びも一緒に味わいたい。嫉妬とかつらい感情だって分かち合いたい。例えそれが俺に向けられたものでも」
これを教えてくれたのは、他でもないエミだから。
「俺はリハビリを頑張って、できるだけ早く野球部に戻る!そしてレギュラーをとって試合で活躍する!だからエミも病気を治して応援に来て欲しい。」
エミはポカンとしているが、構わず続ける。
「もちろんエミのやりたいことにも付き合う、お祭りやショッピングにだって付き合う!」
だって『嬉しさは分け合えば2倍に、悲しみは分け合えば半分に。』だから。
「ふふっ何それプロポーズ?」
エミはもう泣いていなかった。目は赤いし、頬には涙の痕があるけれどいつもの笑みを浮かべている。
なんだか急に恥ずかしくなってきた。かなりクサイことを言ってしまった。
「歩けるようになったら私の車いす押してくれる?」
俺はうなずく。
「先に退院してもちゃんとお見舞いに来てくれる?」
俺はもちろんうなずく。
「じゃあ約束ね、指切りしよ!」
俺とエミは指切りを交わす。
「じゃあまずは歩けるように頑張ってね?」
俺はグッとサムズアップした。
「うふふ~仲が良さそうでほほえましいわね」
「うちの娘の手を握るとはな、まだ今の日本海の水は冷たいぞ?」
エミ母とエミ父がいつの間にか病室に入ってきていた。
俺が逃げるように病室を後にしたのは言うまでもない。
それから数日経ち、俺のリハビリが始まった。長らく車いす生活だった上、右足に猛烈な違和感がありなかなかうまく歩けない。
軽めの筋トレなど色々なリハビリをこなし、俺が歩けるようになった頃、エミの手術の日がやってきた。
手術の日の朝、俺はエミに呼ばれて中庭にいた。俺はかなり歩けるようになったため、立ってエミを待っている。
「いやーごめんごめん、遅くなっちゃって」
エミとエミ母がやって来た。
エミ母は俺の隣までエミを押してくると、
「今から記念撮影をしまーす」
そう言ってスマホを構える。
俺が事態についていくことができず、動揺していると
「家族や看護師さんとはもう撮ったけど、君とはここで撮りたいなと思って」
そう言ってエミは笑う。
「手術が終わったらまたここで撮るから付き合ってね?」
俺はこくりとうなずく。
あまり写真は得意ではないが、この時は自然に笑えていた気がする。
その後、エミから手術の話を聞いた。
手術はエミの希望もあり、全身麻酔で行われる。その後は感染症だったり色々と問題があるから、次に会えるのは1週間後らしい。
俺もまだリハビリやら根絶治療とやらで1週間ほど入院が続くから、最後にエミと会えそうで良かった。
それから他愛もない話を色々したが、エミは最後に「やっぱり怖いな・・・」と呟いた。
そう言うエミの手が震えていることに気が付いた。どうしていいかわからず、とりあえず上からそっと手を重ねる。
「ふふっ、どうして君の手も震えてるの?」
エミにそう言われて始めてわかった。俺の手も不安で震えていた。
「そうだね、嬉しい気持ちも悲しい気持ちも分け合うなら、ついでに恐怖とか不安を分け合ってもいいよね!じゃあ私の恐怖や不安を半分あげるね?」
エミはそういって笑う。
「じゃあ私も半分貰ってあげるから、笑美の怖いや不安は4分の1ね」
そう言ってエミ母も笑った。
それを見ていると俺も自然と笑みが浮かんできた。
それから1週間後、俺はエミの病室まで会いにいった。エミ母からトラブルもなく手術が終わり、経過も問題ない事を知ってはいたが、やはり心配だった。
コンコンとノックすると、中から「どうぞー」と聞こえてくる。
ガラガラとドアを開けて病室に入ると、エミ一人だった。
今は痛み止めが効いていて痛くはないらしい。
「ずっとあったものが無くなるってやっぱり変な気分」
エミはそう言った。
それを聞いた時、なんだか泣きそうになってしまった。エミの無事を安心したのとか色々な感情がぶつかり合い、溢れ出しそうになっている。
「もうなんで君が泣きそうなの、もういっぱい泣いたから、今日は笑顔でって思ってたのに・・・」
2人ともポロポロと涙を流す。それでも2人とも笑っていた。
その後先生の許可を取り、車いすを押してエミと中庭まで行く。
中庭にはエミ母がいてまた写真を撮ってくれた。
2人ともちょっと目は赤かったけど、にっこりと笑った素敵な写真になったと思う。
―――――――――――――
バッターボックスから出ていったん間をとる。
色々あったけど、全部乗り越えてここに立ってる。だから俺ならできる。まだ試合は終わらせない。
目をつぶって深呼吸する。その時ふとエミの声が聞こえたきがした。
様々な声援がごちゃ混ぜになっているこのグラウンドで、アルプススタンドから1人の声が聞こえるなんてありえない。それでも・・・
アルプススタンドに目をやると、小さな体でひたすらぴょんぴょん飛び跳ねている女の子が見える。エミだ。エミはどんな人ごみにいても見つけることができる。
そんなエミを見るとなんだか勇気が湧いてきた。エミもきっと、今頃どきどきしているのだろう。
バッターボックスに入り構える。ピッチャーが投球モーションに入り――投げる。
内角のストレート。
それを思いっきり振り切る。
やや詰まった打球は三遊間の深い位置に転がる。
俺は全力で1塁を目指し走る。
ショートが深い位置で捕って―――ファーストへ投げる。
「頑張れぇぇぇ!!」
たくさんの声援の中にエミの声が聞こえる。それに押されるように一塁ベースに飛び込んだ。
その瞬間、球場全体が静まり返る。
「セーフ!!」
塁審の大きな声が球場に響き渡る。
『うわぁぁぁぁぁ!!』と大きな歓声が巻き起こる。
3塁ランナーが生還し、スコアボードに『1』と表示される。
まだ試合は終わらせない
―――――――――――――
「お疲れ様!」
試合が終わり、ミーティングも終わった後、エミが話かけてきた。義足での歩行も以前のような危なっかしさがない。
試合は延長戦の末敗れてしまった。
「かっこよかったよ!!」
エミが笑顔で励ましてくれる。
日が沈み始め、幾分涼しくなった風が優しく頬をなでる。
夕日に照らされた、エミの髪が美しく照り映える。
「なぁ昔さ、『将来の夢』聞いてきたことがあったよな?」
「うん?急にどうしたの?」
「俺さ、医者になることにした」
「そうなんだ、かっこいいじゃん!」
「だからさ、医者になれたら俺と—―――」
end
泣きたいときは笑みとともに 浮島みゃー太郎 @Mikoh
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