鰐嫁（わによめ）④ - 鰐嫁（深川夏眠）

７月23日

　見た目はアリゲーターと化しても最初は人語を解していた鰐嫁（わによめ）だったが、遂に会話が覚束なくなってきた。喉笛を掻っ切って血潮で「もうおしまいです」と書いて死んだ姉ちゃんの呪いか。水を恋しがって風呂場に籠もり、シャワーを浴び続けている。

　次の水道代の請求書を見るのが怖い……などと思いつつ、買い物に出て帰ったら、とんだ修羅場になっていた。ダイニングで兄と鰐嫁が格闘していたのだ。どんな夫婦喧嘩だよ。さすがに刃傷沙汰は阻止せねばなるまいと身構えた瞬間、兄はテーブルの果物籠に手を伸ばし、リンゴを掴んで鰐嫁に投げつけた。この季節にリンゴの買い置きがあるとは不自然だが、細かい点は気にしない。

　仰向けに倒れ、バタバタもがく鰐嫁。人間で言えば喉の辺りに、兄の放ったリンゴがめり込んでいた。キッチンの窓が開いていて、最前から騒ぎを聞きつけて外で様子を窺っていた隣のオバハンが目を引（ひ）ん剝（む）き、ケータイを取り出すのが見えた。

　……通報されてしまいました。程なく警官がやって来て、兄は動物愛護法違反の疑い云々とて、しょっぴかれたけれど、引っ繰り返った鰐嫁はそのまんま。

　今頃になって水音が耳に入ってきた。シャワーを出しっ放しにしていたのか、忌々しい。

　それにしても、父と母は温泉を満喫しているだろうか、そして、あのトロピカルガーデンのフルーツパーラーで、もうバナナパフェを食べただろうか……と、暑さで朦朧としながら考えた私でありました。

　　　　　　　　　　　　　　　　　【了】

　　　　　　　　　　　◆ 初出：note（2014年）退会済