望んでいた声援

椎名由騎

久しぶりに聞いた声

 2020年夏、選手の出発地点に続々と選手が配置する中、某企業の駅伝チームに所属している男性・秋山准也あきやまじゅんやは誰かを探すように辺りを見回していた。しかし出走の時間が近付き、係員の声が響く。諦めたようにスタートラインに並んだ彼は真っすぐと前を見据えた。係員がピストルを持って位置につく。


しーんと静まり返る中で係員が「位置について、よーい」と言う言葉に合わせ、走る姿勢に入る。ドンッというピストル音と共に選手は走り出す。足運びは最初は皆同じだが、だんだんと走りに差が出てくる距離に差し掛かる。


 彼は上位争いをする選手団に混ざりながら後ろから勝負を仕掛けるチャンスを狙っていた。日本人選手は彼以外に二人、そして海外選手が三人と六人が固まった状態で走っていた。今回の大会はオリンピックの参加選手を決める選手権でもあり、各自がオリンピックの出場を目指して走っている。彼もその一人であり、彼は今回の大会の有力選手にもあがっている。


「はぁ……はぁ……」


 息が少し上がってくるとその周りの選手も距離が進むほどに息が上がっていく。彼はこのペースを保ち、気付けば上位集団がばらけていく。沿線で「がんばれー」と応援する声が聞こえる。そして勝負を仕掛けようとした時に沿線で応援する中に彼は一人の老女を見つける。


「(来てくれてたんだ)」


 内心不安だった心が晴れるような気持ちになる。その老女は彼の母親で仕事をしながら駅伝をする事に反対をしていた。しかし母親の意見を跳ね除けて今では有力選手まであがったことを知らせた時も無関心を決め込んでいた。


 今回は地元での出走と言う事もあって手紙では連絡をしたが、来てくれるかは分からなかった。スタートラインの沿線にはいなかった。だから彼は母親は来ないものと考えていたが、来ているのでは思ってスタートに並ばず、辺りを探していた。


 まさかゴール近くの沿線で見ているとは思わず驚いていると、母親が口を開いた。


「がんばれ」


 はっきり聞こえたわけではない。それでも走る足に力を込めて一位を取りに行く。母親の見ている前で必ず……。

 そう心に誓い、彼は一歩一歩と足を進めた。

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望んでいた声援 椎名由騎 @shiinayosiki

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