毒親(育ち)問題について書く気がしなくなった件

ここ1週間ほど、毒親(育ち)問題を中心とした記事を書かなくなってきています。

その理由は、単に自分がその話題に飽きてきていることかもしれません。

しかしもう一つの理由は、自分が両親を他人と思えるようになってきていることかもしれない、と思います。


最近でも、両親に怒られた時のことを思い出してむかむかしたり、怒られないか気にしたり、あるいはほんの一言の小言でその後5分くらいむかむかしたりすることはあります。

しかし、自分は今月の半ばくらいから、両親とは必要最低限しか口を利かないことにしました(https://kakuyomu.jp/works/1177354054895092612/episodes/1177354054954435171)。そのために、彼らへの関心も減ってきたのだと思います。

だから、前よりは両親のことが、どうでもよく思えるようになりました。たまに彼らが、街中を歩いている赤の他人みたいに思えることさえあります。

よって、両親のために気をもみすぎて、夕方になればぐったりと疲れ切っている……ということはなくなってきました。


そのように、両親を他人と思えるようになってきたので、積極的に話題にする気がしなくなってきたのだと思います。

血を分けた親子であっても、別々の自我を持った他人同士。そんな当たり前のことを、自分も感覚的には理解しきれていなかったのかもしれません。だから少し前は、両親から受けた仕打ちによる苦しさを吐き出さないと、気持ちを安定させられなかったのだと思います。

しかし最近は、両親のことを話題にすること自体が少し嫌になっていました。それは、「親であっても他人」という感覚が強まったため、「わざわざ嫌な他人の話をしたくない」と思えるようになったからかもしれません。

言い換えると、自分はまた少し自立心を強められたかもしれません。

そういう自分の成長を、今日は報告させていただきます。

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