生物の区別はどこにある?

瀞石桃子

第1話


その昔、アリストテレスとかが居た時代から動植物の分類学は存在していました。


それからほんの数十年前まで、人々は生物を見た目、つまり形態学または生態学に基づいて厳格に分類してきました。


ところが昨今(とは言ってももう30年ほど前からですが)、科学の発展にともなって生物そのものが持つ情報、たとえば染色体や遺伝子の情報によっても生物の分類が可能になってきました。


するとどうなったかといえば、見た目においてはほとんど異ならない種が別種として扱われるケースが出てきました。

「そこにいる二匹のバッタは別の種類なんだ」

「でも見た目一緒でしょ」

「遺伝子の情報が違うんだから、別種なんだ!」

という状況が存在するわけです。


また、逆も然りのケースも発見されるようになってきました。

「そこにいる二匹のバッタは同じ種類なんだ」

「でも見た目ぜんぜん違うじゃん」

「遺伝子の情報が一緒なんだから、同種!」

という状況です。


こうなってくると生物の境い目って、なんなのでしょう。


遺伝子を用いた分類学──分子系統学の発展によって、これまでありえないとされてきた常識が覆りつつあります。もちろんそうでない種もたくさんいるわけですけど。


たとえば、クジラは鯨偶蹄目というグループに含まれます。近年の研究によって、新たにわかってきたことは、クジラに最も近い生物はカバであることがわかりました。

「ありえない!」と多くの科学者が気炎を上げました。

しかし分子系統解析の結果、両者はかなり近縁なのでした。


たとえば、鳥。

鳥屋さん界隈では有名なシブリー・アールキスト鳥類分類体系というものがあります。

この樹形図を見ると、現在もっとも進化した鳥という部分に焦点を当てると、スズメやヒヨドリを含むスズメ目になるわけです。

じゃあ、原始的な鳥はなにか。

ダチョウです。

あるいはモア。

あるいはヒクイドリ。

だから鳥類学者はこう考えています。

彼らにとって進化することは「小型化」なのかもしれない。

小型化が進んで、最終的に羽さえも退化したとしたら?

それは鳥?

中身が鳥であっても、羽のないその小型な生き物を鳥と呼べるのだろうか。

わかりません。

そうすると、鳥類の中にもまた別の呼び方ができる可能性もあるのでしょう。


たとえば、蝶と蛾。

両者は鱗翅目に含まれます。

なので実際のところは蝶と蛾の違いは殆どないというのが事実です。

「うそだ! 蝶は綺麗で、蛾は汚い! だから違うものでしょ!?」

「綺麗だ汚いだ、というのは君の主観でしかない。それは科学とは呼べない」

「蝶は昼行性で、蛾は夜行性でしょ! ぜんぜん違うじゃない!」

「蝶にも夜行性はいるし、蛾にも昼行性はいる。オオスカシバは昼に活動しているだろう」

「じゃあ、羽根は! 蝶は止まる時、羽根を閉じているわ! 蛾は広げたままでしょ!」

「例外は多くある。やっぱり、蝶と蛾は似ているんだよ、かなりね」

「そんなの、嘘。私は信じない」

実際、フランスなどでは蝶と蛾は同じ呼び方をします。両者を分けるのはお国柄にもよるのです。


そして、余談としてこれはなかなか知られていない事実ですが、日本で確認されている鱗翅目のうち、蝶はわずか5%です。残りの95%はもれなく蛾の種類なのです。真実なんてそんなものです。


土地の開発、撹乱、移入が現在深刻な問題になっています。世界中の生物がこのまま絶滅の一途を辿れば、種数の少ない蝶はいずれいなくなる可能性もゼロじゃないわけです。


蝶も蛾も同じスピードで消滅したと仮定すると、最後に残るのは、言わずもがなです。

そのとき、蝶のように美しい、とか誰が言えるのでしょう。わからないです。


そういえば、蛾にも美麗種というのは存在していて、蛾とは思えないほど綺麗なやつがいるんです。

少なくとも、サツマニシキとオキナワルリチラシくらいは覚えておいて損はないんじゃないかなと。


生物の区別はどこにあるか、というお話をしてきました。


しかしながら、今のところは自分の中に明確な答えを持ち合わせていません。


「時勢に反応して変化していくもの」というのが精いっぱいの答えです。


でも、今後またその感覚は変化していくだろう。たぶんそうだろうね。そうであってほしい。


変わらないままじゃ、みんなしらける。



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生物の区別はどこにある? 瀞石桃子 @t_momoko

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