この小説を読んでくれる人は親切な人なんでしょうね

ちびまるフォイ

人からの親切は無償の愛

「おい、注文取ってからいつまで待たせるんだ」


「すっ、すみません……あの、その……すぐに用意いたします……」


店員は泣きそうになりながらレストランの厨房へと向かっていった。


「先輩、なにもあんな言い方しなくても……」


「こっちは商品とそのサービスへの対価を払っているんだ。

 そのうえ、店員にもペコペコして親切も提供しなければ

 こうして料理ひとつ満足に運ばれてこないのか?」


「でも気持ちよく接客してもらえたほうがお互いにいいじゃないですか」


「あっちは仕事で、こっちは客だ。神様とまでは言わないが

 こっちが提供されるだけのものをしてもらわないとおかしいだろう。

 それともチップを追加で払えば、親切にしなくてもよくなるのか? ん?」


「先輩ぜったい友達少ないですよね……」


昼休みが終わると社長に呼び出された。


「社長、お話というのはなんですか?

 先日提出した"無能従業員総解雇計画"の企画でしょうか?

 でしたら、こちらはすでに準備できていますよ」


「そうではない。いや、まあ会社の生産性を上げるためという点では

 無関係というわけでもないのかもしれないが……」


「なにをごにょごにょ言っているんですか? なんでもおっしゃってください」


「実は、君に社員から苦情が出ているんだ」


「苦情? パワハラもセクハラもモラハラもサハラも

 特に注意しているので、訴えられるいわれはないんですが」


「君には"親切心"が足りないという苦情だ」


「親切心!?」


まったく想像していなかった亜空間からの指摘に驚いた。


「君はこの会社でも最高の生産性を上げている。残業も少ない。

 しかし、他の人が困っているのに助けてくれない。

 助けを頼みにくい、人間的に問題があるなどの苦情が寄せられている」


「はっ。仲良しこよしで残業でもすればいいんですか?

 ここは幼稚園ですか? 私は自分のするべきことを全うしている。

 他の人は単にできそこないのポンコツという話でしょう」


「君ね、そういうところだよ。確かに君は優秀だ。

 だが、君だけが優秀だけではなく、周りも優秀な人になるような影響を与えてほしいんだよ」


「そうはいってもねぇ……」


「ということで、ちょっとこの手術を受けてきなさい」


「親切心ドナー手術……こんなのあるんですか?」


「大丈夫。大脳に電極を直接ぶっ刺して親切心を注入。

 人に親切をすることが好きでたまらない人になるだけだよ」


「激やばじゃないですか!!」


とはいえ、社長の言葉に逆らうことはできない。

おとなしく親切心を改めて注入してもらうことにした。


「すごいですね……こんな人はじめてです。他人への善意の心がゼロだなんて……」


「いいからさっさと手術してください」


手術はものの数分で終わるものだったのに変化は劇的だった。

手術後にはもう人助けがしたくてたまらなくなった。


「あ! おばあさん! 荷物重いでしょう!? 運びますよ!!」


「助かるわぁ。あなた、今どき珍しい人ねぇ。

 今じゃみんなスマホばかり見て誰も助けになんか来てくれなかったのよ」


「みんな薄情者なんですよ。ひどい世の中になったもんです」


手術を受けてから仕事のやりかたも大きく変わった。


「佐藤くん、ずいぶん遅くまで残っているね」


「ぶ、部長!?」


「こっちに回せそうな仕事は私に任せて、君はもう帰りたまえ」


これまでは自分の分が終わったらそれで終了だった。

親切心を手に入れてから誰かに尽くしたくてたまらない。


"ありがとう"と言われるだけで、お金にも時間にも代えがたいものが手に入る気がする。


「ああ……親切ってこんなにも満たされるものなんだな……!」


今までの自分は利己的で、本当に狭い視野しか持っていなかったように思う。

親切心で人助けするようになってから他人をよく見るようになった。


自分の幸福だけを追い求めても自分だけが幸せになるだけ。

でも他人の幸福をみんなで考えればきっとこの世界はもっと幸せになるだろう。


「ほんと、親切心を植え付けてよかったーー!!」



それからしばらくすると、自分の変化が周りにも浸透して誰も驚かなくなった。

むしろ自分以外の人に変化が起き始めた。


「あ、部長。この仕事のここからここまで、やってもらいますか?」

「部長ーー。こっちの仕事もやっといてください」

「あ部長。お茶入れてきてもらえますか」

「部長、コピー取ってきてください」

「部長あしもんで」

「部長肩こった~~」


「はい喜んで!!」


「「「 あとは部長におまかせするんで、お先失礼しま~~っす 」」」


「え、ええ……?」


オフィスに残ったのは未処理で山積みにされた書類と自分だけ。

みんなに親切にしていくうちに、だんだんとみんなの態度も変わってきていた。


「もうこんな時間か……」


帰りが遅くなると妻に連絡しようかとも思ったが、時間が惜しいのでスルーした。

今はとにかくこの残作業を処理することに集中したかった。


翌日、ふたたび社長室に呼び出された。


「……君、ここ最近の生産性がひどく落ちているようだが?」


「そ、それは、他の人に仕事を任されて、それをやっているからですよ。

 社長が言ったんじゃないですか。人に親切にしろと。

 人に親切にしているのに前と同じ水準を求められても!」


「君ね、親切と安請け合いは違うよ。

 どれだけ自分ができるのか、どれをやるべきなのかを見極めて

 優先順位を決めて取り組むことが大切なんだよ」


「こっちは毎日他の人へのヘルプでいっぱいいっぱいなのに、

 そのうえ時間管理もして、生産性をキープしつつ、他人へも親切にしろと!?」


「お願いするよ」

「はい喜んで!!!」


どうにも親切心を注入してからというもの、お願いをされたら断れなくなっていた。


「部長ぉ~~。ここわかんないんですけど、やってくださいよ」


「ああすまない。それくらいは自分で調べて解決してくれないか。

 私は今自分の作業を管理するのに忙しいんだ」


「前はあんなに親切丁寧に教えてくれたじゃないですか。

 どうしてやってくれないんですか。僕への嫌がらせですか」


「そんなこと言っていないだろう! わかったよ!」


と、結局なにも変わらなかった。

むしろ時間管理しろという仕事が加わったことで忙しさは倍増。


ついには私は体を壊してしまった。


「部長、大丈夫ですか?」


「ああ……ちょっと働きすぎたみたいだ……」


「そうですよ、休んでください。ところで……」


後輩は病室でタブレット端末をコンセントにつないだ。


「ここ、ここ。この仕事なら病室でもできますよね?

 僕たち他にやることがあるので部長にやってもらえますか?

 部長は親切だからやってくれますよね? よね?」


「も……もちろん……」


私は吐血して意識を失った。


退院後、オフィスに戻ったころにはすでに部下は誰もいなかった。


がらんどうのオフィスにぽつんとひとりだけ。

これが噂に聞く「追い出し部屋」かと身震いしたが社長に呼ばれて真実を知った。


「実は、君の入院中に以前に提出された企画を実行したんだよ」


「"無能従業員総解雇計画"ですか?」


「ああそうだ。従業員の生産性を分析してワースト順に解雇する、という君の案だ。

 最初はなんとも人間味のかけたものだとは思ったがやってよかったよ」


社長はうんうんと頷いた。


「特に、君の部署の君の従業員が軒並み成績が低かったんだ。

 自分の向上もせず君の親切心につけ込んで楽をしていたようだね。

 君が入院してからというもの、凄まじいほどに混乱していたよ」


「病室にタブレット持ち込むくらいでしたし……」


「君が以前に親切にしすぎて自分のことができないと話していたこと

 もっとちゃんと聞いておけばよかったと今は反省している。本当だったんだな。

 これからはもう君の健診を当たり前に思う愚か者はいないよ」


「ありがとうございます!!」


「これからは存分に自分自身を解き放って頑張りたまえ」


「はい!!」


最初は自分が尽くすことで感謝していた人たちも

しだいにそれが当たり前になって感謝もされなくなった。


感謝を求めてやっていたと思われたくなくて献身的に頑張り続けたが、

間違っていたのは自分ではなく周りだったんだ。

人の親切を当たり前だと思うことのほうが間違っていたんだ。


こうして今、他人への自己犠牲する時間から開放されてからというもの

思い切り仕事に打ち込むことができる。


「やっぱり私は間違っていなかった!!」


その夜、家に帰るとテーブルには1枚の紙だけが置かれていた。





『私が毎日献身的に家事をしていることへの感謝もせずに

 それが当たり前のように思っていることにもう限界です。

 別れましょう』

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