異世界に転移しない短々編

サツキノジンコ

異世界に転移……しない。

「異世界転生? ないない、だって僕ら普通の高校生だぜ」

 只今の時間は十二時五十分。県立真賀浜高校は昼休みの真っ最中であった。春にしては暖かすぎる日差しが教室の隅の机を照らしていた。

「でもよお、なんつーか非日常? みたいなのって憧れるじゃんか。青春らしい青春も送ってねーし、ご褒美的な何かを期待したくなる――みたいな。なあ、わかるだろ志道」

「いや実際に異世界に送られたことを想像してみろよ。絶対無理だろ。風呂なし、トイレなし、食料なし、あるのは高校のブレザーだけって……絶望しかないじゃん」

 まあ、俺らの高校は学ランだけどさ――と志道はつづけた。

「なんで、お前の想像する異世界転生はいきなりハードモードなんだよ。今の流行はチートだろチート。敵をバッコバッコぶっ倒して、異世界無双――みたいなよお」

「無理だ無理。僕らみたいなゆとり世代にゃ厳しすぎるよ異世界はさあ。大体士道にはモンスターとか殺せんのかよ。精々ムカデが関の山だっての」

 志道は自分の指で十五センチくらいの長さを演出し、士道に問う。

「……確かになあ、言われてみりゃ無理な気がしてきちまった。そもそも俺は現地の人と仲良くできる気がしねえ。言葉が通じてるだけじゃ会話できねえもんな。今だってクラスの奴らとまともに喋れねーもん」

 彼らは決してクラスから浮いているわけではなかったが、クラスに対しての苦手意識はあった。

「だろ? 非日常に憧れんのはわかるけどさ、異世界まで行く必要はないだろ」

「じゃあ、テメーはどうしたいんだよ。屋上には上がれねえ、食堂は小さすぎてごはん食べる席がねえ、茜色に染まる教室で告白されることもねえ、こんな灰色の高校生活で良いってのかよお」

「お前は高校生活に夢見すぎなんだよ。高校は中学校の延長線上で、大学だって高校の延長線だってことくらいいい加減気づけよ」

「なんでそんなに夢がねえだ、お前には。そんなんで楽しいのかよ高校生活……」

「楽しいわけないだろ、学校なんて楽しいところじゃねーよ。あーあ早く来ねーかな夏休み……」

「まだ四月始まって十日だぞ、どんだけ学校に来た気ねーんだよ⁉」

「来たい奴なんていねーよ。どいつもこいつも夏休みを心待ちにしてんだ」

 しかし彼らは知らなかった。この学校から一つのクラスが消えていることに。

 去年の五月を境に一組丸ごと消滅したことについて、憶えている者は誰もいない。

 そのクラスに属していた者を知る者もまた、一人としていなかった。

 異世界転移は君のすぐ近くで起こっているかもしれない。しかし、異世界に転移したという事実だけは、すべての人々の記憶から抹消される。

 異世界転移は有り得ないと証明することは誰にもできない…………。

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