エイプリルフール

夢美瑠瑠

エイプリルフール


掌編小説・『エイプリルフール』



日本の首席宰相、プライムミニスターは、現在もっとも少数派の会派である、

「マイノリティ」党の党首が務めていた。これはいわゆる「派閥力学」がなせる業で、大政党同士のいろいろな角逐や闘争が繰り返された挙句に、「力学」の支点というのか、キャスティングボードをその少数会派が握ることになり、結果的にその党首が首相の座に就くことになったのである。

 で、当然「調整型」の凡人だったのかというと、この首相はちょっと違っていたのだ。アイデアマンで、エンタープライズ、進取の気性に富んでいた。

大体が「マイノリティ」を自称するだけあって、従来当然とされているような、

既成の価値観にはすべて「NO」を唱えたがるような人物で、カントの「哲人政治」を、理想として標榜していた。超絶的な読書家であり、プラトンやらルソーやら、古今東西の古典にも精通している。

 そして、宮武外骨という明治の反骨のジャーナリストを尊敬しているような、

徹底して反権力的な人物であったのだ。

 今日は令和2年の新年度の初日であって、首相の「年度頭施政方針演説」が、

行われる運びとなっていて、人々は「首相が一体何をしゃべるか」というのを

注目していた。

「え~みなさん。わたしが首相の詩琴・撓威(しごと・しない)です。お見知りおきあれ。知ってるか(笑い)。いやーしかしテレビの力は大きい。

今日も来る道で女子高生に3回も手を振られました。にゃはは。失礼。

私の政治的なスタンスというのは明瞭です。つまり、反権力。半多数派。

マイノリティこそが生きるべき人類だ。そういう思想です。貧乏な人万歳。

引きこもり万歳。動物を虐待するやつは銃殺。愛と平和を推進する。

弱いものほど素晴らしい。弱肉強食ではなく焼肉定食。

まあ反ダーウィニズムとでもいいますか・・・

それが政治だ、さもなければ政治なんてものはいらない、滅びろ。そういう思想なのです。そういう思想は当然ながらカネカネカネの人たちには支持されない。

カネをとられると思うわけです。

だが、たまたまとはいえ首相になった限りは私は自分のこうした思想を実行して、

日本を、いや世界を変えようという意気込みでいます。

今日も官僚が長々と演説原稿を作ってきましたが、全てその場で破り捨てました。

自分で喋れないような奴は国会議員なんてやめろ!と思いますね。

私のことをマルキシストで、略してマルキ、なんていう人もいるけれど、

私は単なる唯物論者ではない。唯物論というのはつまり精神性を排することで、

革命行動のみを促す発想です。暴力革命ですね。今はそんな時代ではない。

何でも知っているオタクが腐女子に好かれる。そういう知性の時代だ。

働きたくないのに働かなくてもいい、もうそういう時代が本当は来ているのに、

騙されて金の奴隷にされて命をすり減らして、過労死、そんな本末転倒はない。

4人の金持ちの富を合わせたら世界中の貧乏な人を救えるくらいの金額になる、

これが正常な世の中ですか?

絶望した若者はゲームにのめりこんで架空世界でアンドロイドを弄ぶ夢を見ている・・・

これでは世界は滅びます。滅ぶなといくら頑張っても滅びます。

何とかしなければいけない・・・発想を転換するのです。

まず人々の意識に革命を起こすのだー」


そこまで一息に喋ってから、詩琴首相はぐっとコップの水を飲んだ。

「ところで今日はエイプリルフールですね。

一つ嘘を吐きますか。罪のない嘘です。

『噓つきは泥棒の始まり』。これはうそです。

真面目に働いて、出世とかして、権力を掌握している奴らがわれわれの時間や

幸福やら夢やらを全部泥棒してしまうんです。「モモ」という映画がありましたね?

面白い嘘を吐くような人はだいたいみんないい人です。

だからみんな、命を守れ!新しい世界が来るまで絶対働くな!」


誰も拍手しなかったが、真意は伝わっているようであるか・・・


<了>

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