第25話 『自信過剰』
第参支部上空。夕日をバックに空に浮かぶ、ひとつの島がある。
一見現実離れした、一枚の絵画のようなその光景。しかし、これこそがこの世界の常識である。
天使の住まう浮遊島、通常『
一見肉塊にしか見えないような醜いモノ。人と変わらぬ────しかし人と形容するには些か美しすぎるモノ。
そして、それを束ねる大天使。
白い柱、白い屋根、白い壁────見る者の視線を掴んで離さない煌びやかなそこに、其れは居る。
茶黒い長髪を揺らし欠伸を漏らす少女の背中には、日が沈み、縮みきった翼がある。少女の青い瞳は、腰を下ろした椅子の前に漂う鏡へと向けられている。
「あら……楽しそう」
鏡に映るのは空翔たち。丁度出来上がったカレーを、街に住まう人々に配給しているところだった。
楽しそう。その言葉に嘘偽りはなく。微笑ましそうな表情で、声音で、彼らを愛でている。
普通の少女と変わらぬような一幕。しかし、忘れてはいけない。
この少女は美徳の大天使とされるモノの一体。
『慈悲』の大天使、ラファエルである。
「ふふ。楽しそうじゃない、ラファエル?」
突如、宮殿に声が響く。その源はラファエルの背後。背もたれのすぐ後ろから聞こえてくる。
そしてラファエルの鼻腔をくすぐるのは甘い香り。これは、彼女の大好きなものであった。
「……! ミカエル様、お会いできて光栄です!!」
背中に
ラファエルは満面の笑みを浮かべると、即座に椅子から立ち上がり、ミカエルの身体に抱きついてみせた。
「甘え上手なんだから……どう、進捗は」
「良い具合に進んでおります。もうそろそろ良い頃合いだと思っていた頃でして」
「そう……」
満足げに背中を撫でるミカエルと、ソレを受けて嬉しさのあまり頬ずりを返すラファエル。恐らく彼女に翼だけでなく尻尾でも生えていたものなら凄まじい速度で振っていたことだろう。
「貴女の方針、他の子達とは違う
「ふふふ、そう言っていただけると幸いです。
第壱支部よりも統率の取れていない第参支部。その戦場の有様は語るまでもない。
てんでバラバラ。言ってしまえば、色欲────一路の存在を鑑みても、全滅を狙うことだって容易いはずだ。
しかし彼らが未だに生きていられるのは、ラファエルの『慈悲』に他ならない。
……まあ、彼女にはまた別の目的があるわけだが。
「それでね、私も貴女の計画に手を貸そうと思うの。もう良い頃合いでしょう?」
「────!! 本当ですか!!」
その言葉は、ラファエルにとってその場で跳ねてしまう程に嬉しいものであった。しかし咲き誇った満面の笑みも、即座に眉尻が下げられ引っ込んでしまう。
「しかし、良いのですか? ミカエル様も忙しいはずでは……」
「良いのよ、貴女が何も心配することはないわ」
二人の体が離れる。視線が絡み合う。
羞恥と嬉々とで淡く染まるラファエルの頰と、柔らかな笑みを浮かべるミカエル。
「こっちの事は済んだから」
そんな微笑ましい光景の中でも、ミカエルの言葉は酷く、冷たく響き渡った。
◇◆◇
「はーい。皆さんの分、しっかりありますから。焦らず押さずに並んでくださいねー」
門の前に出来た長蛇の列。柳とヒナ、数名の食堂担当が炊飯器から白米を、鍋からカレーをよそっているのを、俺は遠目に眺めている。
カレーを受け取ってくれた連中は笑顔で会釈していて微笑ましい。その列の中には第参支部の連中もちらほら見える。
……良かった、少しでも街に笑顔が戻って。
先生はと言えば、何やら安斎と話があるらしく野菜を適当に────本当に頗る適当。鍋の中にたまに垣間見える歪な野菜は先生のものだ────切るのを手伝った後、本部の方へと帰っていった。
街にいる連中に配り終わった後は、次は地下シェルターだ。俺ができるのは鍋を運ぶ作業くらいのモノだし、それまではとりあえず待機である。
数十名は配り終わっただろうか。時間にして五分程。それだけの時間が経って、
「……おい。何してる」
そこに、ソイツは現れた。
短い髪を逆立てた三白眼の少年。胸元にピンク色のラインが入った制服を身に纏った少年だ。
「部隊長……」
列の中からほんの少し怯えた声が上がる。どうやら、目的の人物は思いのほか早く現れてくれたらしい。
今しがた現れた少年、部隊長の……名前は確か克己、だったか。
ソイツは列に混じる隊員のひとりに詰め寄り、そして。何やら隊員の胸元を目掛けて勢いよく手を伸ばし、胸倉を引っ掴む。
「っ……」
「誰の差し金だ。こんな資源の無駄使い……オレは許した覚え無いぞ」
怒りの色に染まりきった表情を浮かべた克己と、怯える隊員。……あまり雰囲気は良く無い。
「俺だよ、俺。材料なんかも全部ウチが持ってきたモンだ。アンタの損害にはならないはずだぞ」
仲裁に入るのに躊躇いはなかった。胸倉を掴んだままの手首を握り、出来るだけ笑顔で接してやる。
「……アンタ、第壱支部の部隊長か。確か、天野……」
「お、知ってんのか俺のこと。どうも、第壱支部の部隊長、天野 空翔だ」
腕に力は込めない。争う意思も無いし。
克己は俺の笑顔を鋭く睨み付け、何やら舌打ちを交えると、そのまま隊員を解放してくれる。
「……文句しかないって
「当然だ。アンタのせいで街の連中が味をしめたらどうする。コイツらに使う食材も資源もこの街には無い。……あと下の名前で呼ぶな、気色悪い」
「だってんなら名乗ってもらわないと困るな。俺はおまえのことを知らない」
相手の態度は好戦的すぎる。今も俺に殺意まで向けてきている。
コイツは確かに気難しい。思ってた以上だ。思春期だってことも相まって余計にだろう。
「……
「じゃあ相澤だな。よろしく頼むぜ」
掴んでいた手首を離し、握手を求めて手を伸ばす。
しかしそれに応じることはない。相澤は地面に唾を吐き捨て、俺の掌を払い退けた。
「アンタとよろしくするつもりはねェ。勝手なことすんな、ここはおまえの街じゃない」
「そういうワケにいくかよ。俺たちは救援要請を受けてきたんだ。俺たちに出来るだけのことはするさ」
「……救援?」
上がるのは疑問の声。予想こそはしていたが、どうやらこの話は相澤に伝わっていないらしかった。
視線は俺の顔から列に混じる隊員たちへ。誰ひとり、相澤と目を合わせようとはしない。
「………………ンなに、オレじゃ不満かよ」
「おいおい、誰もそんなこと言ってないだろ。おまえは────」
「テメェらにオレ以上のことができんのか、ああ!?」
叫びは嫌に街に響く。辺りが静寂に満ち、この場での第参支部の連中の発言権は奪われた。
だから、
「でもこの惨状を招いたのはおまえだろ」
俺が、口を挟まなくてはいけない。
恐らく第参支部にあるのは恐怖による支配。部隊長の座に居るからには────世界の修正力によるモノにしろ────それ相応の力があるはずだ。
逆らえば殺される。そう思ってしまうほどに。
何より、コイツは同じ立場の人間の言葉しか聞く耳を持たないだろう。そういうタイプだと感じた。
「…………、…………」
「これ以上にない酷い状態だ。ここからなら、誰でも〝今よりいい状態〟に持っていけると思うけど」
俺が間違っていると教えてやらなくてはいけない。導いてやらなくてはいけない。
先生と柳、ヒナがそうしてくれたように。
今度は俺の番だ。
「隊員が自傷行為に走ってんのを止めねえのも、そうさせてるのもおまえだろ」
「自傷行為……?」
もしかして知らなかったのか、なんて。そんな疑問も浮かんだものだけど、違う。
浮かんだ疑問は、即座に吹き飛ばされた。
「ああ、五百雀のことか!! はははは! アイツそんなことを言ってるのか。違う、違うよ。アイツをバラバラにしてるのは、オレだ」
ここにきて初めて見せる、笑顔によって。
笑顔に、甲高い笑い声に、胸の内の黒い感情が擽られる。湧き立つ。奥歯を強く噛みしめる。
そうでもないと表面に溢れ出てしまいそうだった。
「なんだよ、やんのか?」
必死に殺意を押し殺しても、煽るような言葉が逆鱗を逆撫でる。
相手の表情に満ちているのは絶対的な自信。自分はコイツに負けるわけがない、と。浮かべた表情がそう語っている。
相澤は笑みを浮かべたまま構えを取り、俺の返事を聞くことすらしない。それどころか、
「────『SYSTEM:A』起動」
開戦の狼煙を勝手にあげた。
夜闇の中で淡く、赤く輝く瞳。翼の姿は見えない。SYSTEM:Aの翼も日が沈んでしまえば縮むんだな、なんて場違いなほどにぼんやりと思考する。
「……俺の話を大人しく聞くつもりは無いってか」
応えはない。構えも解かない。だから、
「────『SYSTEM:A』、起動」
「部隊長!」
「アキト!!」
二人の悲鳴のような、咎めるような声にも応えず。内に眠る力を呼び起こした。
絶対的自信が俺の言葉を阻むなら。
まずは、その自信を俺の拳で削ぎ落とす。
SYETEM:A〜壊れた世界の中心で〜 悠 @Haruka0417
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