第24話 『信用は胃袋から』
「いや余りにもノープランすぎないか……?」
今しがた安斎から放たれた言葉に、姿勢を正しながらため息を吐く。
突然の救援要請なんて受ければ、かなり切羽詰まってる印象を受けたものだが。思ったよりなにも考えて居ないらしい。
「ああいえ、なにも考えていないわけではなく……その、何をして頂けば良いのかわからない、と言いますか……」
言いながらも安斎は困った様子。誰もが────等の本人である安斎までも────困惑する中で、たったひとりだけ「やはりな」なんてため息を吐く者がいた。先生である。
「そんなことだろうと思ったよ。第参支部の状況を見た時点で、予想はしてたさ」
「……え、予想できたことだったのか」
まるで一切の検討がつかず動揺してた俺が馬鹿みたいじゃないか。
先生は俺のそんな言葉に頭痛を覚えたのか、額を抑えながら首を小さく横に振る。
「いやな、
数秒の間。頭痛を落ち着けるだけのそれを設けて、先生の視線は安斎へと向く。
「明確な指示が出来るだけの大人が、ここに居ないんじゃないか?」
「────、────」
荒れ放題の街と、『何をして貰えばいいのかわからない』という発言。
それらは安斎の言葉通り、本当にわからないのだ。
計画していなかった、というよりは計画できなかった。どう計画していいのかわからなかった。
その正しい道を教えてくれる大人が居ないから。それに尽きる。
「……その通り、です。ここに居た大人たちは皆、戦場で死ぬか、克己────部隊長の方針や、その横暴さに耐えられず、今では部隊を辞めて地下シェルターに居ます」
そんなことになれば、そこに出来上がるのは正しい舵取りがされない船だけ。
嵐を避けようとせず────むしろ、その嵐を察知する能力すらなく。知らぬ間に嵐に向かって突っ込んでいく。
「部隊長が一番に望むのは天使の抹殺。それ以外は眼中にないんです。たった一日でも惜しいと、休む暇はないと……天使の襲撃がない日でも、ひとりでも天獄に突撃して行くくらいに」
人類の平和を脅かした天使たち。ソレが許せないという気持ちは嫌という程理解できる。
けれど、ソレはまるで、
「……死に場所を、探してるみたいだな」
かつての俺に、よく似ていた。
突然押し付けられた部隊長という称号。何をしていいのかわからない中で、天使の抹殺という明確化された目標をがむしゃらにこなしていく。
俺には先生がいたからまだ良かった。間違っていることを、間違っていると教えてくれる人が。俺が無茶をする後ろで、しっかりと支えてくれる人が。
しかし第参支部の部隊長には、ソレがいない。
それどころか大人たちに見放されてしまった。
……ほんの少し、胸が痛くなる。
「……それに毎回付き合わされてた一路ちゃん────ウチのセブンスも可哀想で。なまじ優秀な力を持っているばっかりに、毎回連れ出されてしまって。自分がいるから無茶をするんだ、なんて自傷行為に走ってしまうこともあって」
「────、────」
五百雀 一路。第参支部の色欲のセブンス。そう名乗った少女は、俺の記憶に新しい。
……アレはそういうことだったのか。自分を傷つけ、再生するだけの時間をとれば、部隊長が無理に突貫することはないだろう、と。
「……私はきっと、この状況をどうにかして欲しくて、あなた達をここに呼んだんでしょうね」
放たれる言葉は他人事。自分のことのはずなのに、何処か遠くを眺めているような視線。
辺りに沈黙が満ちる。なんて言葉をかけるのが正解なのかわからなかった。
だから俺は、黙ることしかできない。
「はあ、まあ……なんだ」
そんな沈黙を裂くのは先生の言葉。先生は安斎にやっていた視線を俺の横顔に向けて、
「なら、わたしたちの方針でやらせてもらうのが一番だろうな。どうするんだ、部隊長?」
◇◆◇
どうするんだ、なんて聞かれても困るところだが。このままじゃいけないことだけはわかってた。
とりあえずで状況の説明を安斎に頼んだものの、俺たちは言葉を失うことになる。
「……なんつか、なんつかだな」
「なんだかだな」
「なんだかだね」
「なんだかですね」
こうして俺たちは第参支部の街の入り口で、揃って死んだ目をすることになる。
街を囲う塀の出入り口の脇に、背中を預ける形で寄りかかっての一幕だ。俺の言葉に続く形で、先生、ヒナ、柳は揃って大きなため息を吐き出す。
頭痛を和らげるために俺と先生は煙草を吹かし、柳とヒナは俺たちの真似をするようにレーションを咥えて遠くを眺めているのが横目に見えた。
状況は思った以上に悪い。でも、ここの部隊長の言いたいことがわかる、というのもまた面倒臭いところだった。
まず兵装。これは第参支部が、俺たちを上回っている点だ。
よっぽどソレに力を入れたのだろう。天使の羽根を使った弾薬や、天使の背骨を使った剣。それらは街の全員が戦いに出ても余る程に開発が進んでおり、なんなら通常の弾丸だけじゃなく、遠距離砲────スナイパーライフルに装填できるような形状のモノもいくつかあった。
安斎に聞いた話によれば、俺たちが作るよりも前に対天使用固定砲台の開発も済んでいたらしい。
天使の抹殺へ重点を置く方針。それは間違いではないし、正しいと思う。
だけどこの街の問題点をあげるとすればそこなのだ。
兵装の開発に人員を割きすぎている。なんなら第参支部には『日常用品』の開発班はおろか、復興班なんてモノはないらしい。街が荒れっぱなしなのも頷ける。
街の人間に配られる服は無く、道端に座り込む連中が着ているようなボロ切れだけ。
食べれるモノは其処彼処のコンビニやらから収集してきたインスタント食品。栄養が偏るなんて話じゃない。
しかも街の連中に配られるのはひとり一日一食ときた。数年前までは三食配られていたらしいが、在庫の底が見え始め、今に至る。これもまた部隊長が焦る要因になっているんだろう。
『でも満足いく食事を食べていた記憶もあるような────ごめんなさい、朧げな記憶なのであまりアテにしないでください』
食事の件について話していた時の安斎のそんな言葉が引っかかるが、大方の検討はつく。
「……何処までも俺と同じ、ってことだな」
予測の域は出ない。あくまでも予測ではあるけれど。
ここの現部隊長も、俺と同じで押し付けられた人間なのだろう。世界の修正力による影響だと考えるのが一番それらしい。
「お、空翔くん。着いたみたいだぞ」
そんな俺の苦い思考を、先生の言葉が遮った。
今の俺たちにできること。まあそれなりに数はあると思うが、とりあえずはわかりやすいところから。
名付けて、腹一杯食って貰おう作戦。
そのままじゃんか、ってのはとりあえずこの際置いといてだ。空腹ってのはなによりもいけない。余裕がなくなって困る。
物資にめちゃくちゃ余裕があるってわけでもないが、この街に残った人間に一食分与えるくらいのことはできる。第壱支部特製のルゥを使った野菜しか具が入ってないカレーをご馳走しようって塩梅だ。
時刻は夕方の四時ごろ。連絡したのが二時半ごろだから、だいぶ飛ばして来てくれたらしい。
「突然ごめんな、わざわざ来てもらって。正直、めちゃくちゃ助かる!」
「良いってことよ! 腹を空かせた御仁が沢山いるんだろう? んならそこで出向かにゃ、食堂担当の名が泣くってもんよ!」
集まってくれたのは復興班と、食堂担当の隊員の隊員が数名。大型車のトランクには、大量の野菜と鍋が詰め込まれていた。畑の拡大にも手を抜かずに取り組んで来てよかった。
「っし。それじゃあ、外堀から埋めていきますか!」
聞いた感じ、ここの部隊長は気難しい。俺たちの印象通りだった。
ならまずは民衆の心から掴んでいくとしよう。美味そうな匂いにつられて、部隊長が出て来てくれるってこともあるだろうしな。
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