第23話 『色欲』
倒壊した街、その瓦礫の山を抜けると、第参支部の壁が見えてきた。
高い壁の上には
何も不安に思わないわけじゃない。
ウンともスンとも無かった第参支部からの救援要請。何かあったのか、なんて勘繰らない方が難しい。
俺たちの知らないところだとは言え、誰かしらが死ぬのは嫌だし、胸にとっかかりを感じるものだ。
「ほら、柳、ヒナ。ついたぞ」
助手席から身を乗り出し、寝息を立てる二人に声をかける。
柳の肩に凭れ掛かる形で眠るヒナと、口元を緩ませながら眠る柳は一見姉妹のようにも見えた。
座りっぱなしで凝り固まった身体を伸ばしながら、生活スペースに歩いて行く。なかなかに深い眠りのようで、呼び声に反応をよこさない二人の鼻先を柔く摘んだ。
「「んがっ、」」
……二人してそっくりな短い悲鳴をあげてくれた。思わず頰が緩む。
「ぅ、ぁ……ぶ、ぶたいちょ……すみません、寝落ちてました」
「いいよいいよ、別に責めてるわけでもなし」
「ん、ぁ……着いた……?」
焦る柳と、何処までもマイペースなヒナは対照的で、これもまたおかしくなってくる。まあともあれ、和むのは後にしよう。
二人の意識が浮上するのを待ってから車外に出る。
視界に広がった光景に、思わず俺たちは大きなため息を吐いた。
「……こりゃ、なんつーか」
壁に覆われて見えなかった内側は酷い有様だった。
倒壊したままの家屋と、道端に放置された人影。あちこちにはゴミが散乱しており、まさしく世紀末と呼ぶのに相応しい。
まるで正反対。平和の二文字は、この街には存在していなかった。
「……これは、なんというか。酷いな」
念のため車の鍵を抜き、扉を閉めた先生が俺と同じような感想を漏らしながら辺りを見回す。
キャンピングカーで進むには道は狭い。ここからは徒歩での移動になるだろう。
街に現れた異分子────俺たちを見つめる街の人間の視線には光はない。何もかもを諦めているような感じがして、胸が痛かった。
そんな無数の視線を受けながら歩みを進めて行く。
五分ほど歩いた頃だろうか。道行く俺たちの目の前に、
「────ひ、」
ごろん、と。何かが転げ出た。
短い悲鳴をあげたのはヒナだ。つられるように視線をやると、俺の目の前に右腕が転がっている。
「……腕、だな」
「冷静に解析してる場合かよ先生……」
転がり出た右腕の肩のあたりからは、丁度血液が溢れ出て。血の跡は、コレが何処から転がってきたのか示している。
それを目で追うと、そこにあるのはゴミ捨て場。インスタント食品のゴミなんかが詰め込まれた袋が無造作に積まれており、その中にひとつだけ布袋がある。
白い────いや、元は白かった思われる布袋。
所々が血の赤色に汚れ、元の色と思われる面積の方が少ない。
右腕を拾い上げ、ゴミ捨て場に歩み寄って行く。
……気のせいだろうか。今、布袋が一瞬蠢いたような。
何が入ってるのか。嫌な想像を働かさながら、布袋に手をかけようとした、途端。
「ぷは、」
「……、……」
何ともまあ、間抜けた声を上げて、袋の口が開いた。
しかもその口から少女の頭が出てきたもんだから思考が止まる。何だこの状況。
袋から出た頭で辺りを見回す少女は、白髪と紫色の目が特徴的で。歳は────顔からしか判断はできないが────ヒナと同じくらいだろうか。
ひとしきり状況を確認した少女の視線が、初めて俺に向く。
「あ、それワタシの腕です。持ってきてくれたんですね」
「俺の緊張感どうしてくれるんだ?」
……何処までもペースが乱される。なんか、なんだろう。想像したよりも元気そうだった。
今も「よっこいしょ」なんて間抜けた声をあげながら、右腕がない身体で布袋の中から這いずり出てきてるし。
身長は俺と頭二つ分くらい違う。そのまま俺を見上げると、右腕を差し出────そうとして、数度のまばたきの後、左腕を差し出してくる。
「その右腕を返していただけると非常に助かります」
「あ、うん。そうだな?」
何故か疑問系。引きつった笑みのまま右腕を差し出す。
……一体なんなんだろうな、この状況は。
少女は俺の手から右腕を受け取ると、ぐち、なんて水っぽい音を立てながら右腕を元あった場所にくっつけて。なにかを思い出したように、ハッと視線が俺に向けられた。
「ワタシ、こう見えてもしすてむえーの適合者なので。安心してください。致命傷ではないです」
「いやわかってる。どっからどう見てもそうとしか思えん」
だって、じゃなきゃこんな状況でこれだけ冷静だなんておかしいだろ。いやなんでそこで驚いたように目を見開く?
「そうですか……うん、心配させてないなら、良いです」
うんうん、と頷きながら調子を確かめるように、少女は数度腕を回す。
どうやら回復は終わったらしい。
ここに来てようやく落ち着くための一拍の間。少女の視線は俺と、そしてその後ろで戦々恐々してるヒナと先生、柳に向いてから、
「……機動部隊の制服ですね。でも見ない顔です。貴方たちは何者です?」
「ん、あれ。聞いてなかったのか」
自分が着ている制服と俺たちのものを見比べて違和感に気づいたのか、少女が首を傾げながら問いかけた。
思った以上に情報の伝達が行き届いていないらしい。
「対『天使』殺戮機動部隊・極東第壱支部所属……俺は部隊長、『強欲』のセブンスの
「ああ、なるほど。第壱支部の方でしたか……しかも部隊長でセブンス……なるほど」
理解したような理解していないような。なんとも朧げな声を漏らしながら、少女は今度こそ右手を差し出して。
「ワタシは対『天使』殺戮機動部隊・第参支部所属、『色欲』のセブンス……
こうして俺たちは、間抜けすぎることこの上ないやり取りではあったが。第参支部のセブンスとのファーストコンタクトを果たしたのである。
◇◆◇
「この道をまーっすぐなので、案内など必要はないとは思いますが」
そんなこんなで、『色欲』こと五百雀の同行の元、再び俺たちは歩き出した。
先行するように五百雀、ヒナ、柳が歩き、その数歩後ろを俺と先生が歩いている形だ。
「……にしても驚いた。ここもセブンスが部隊長してるもんだと思ったけど」
誰に言うわけでもなく、ボソリとひとり呟く。
五百雀の名乗りの中に、部隊長の称号は無かった。なら別の人間が部隊長をしていることになる。
「わたしも正直驚いているところだ。まあ、こんな小さな子が部隊長、なんて名乗った日には余計に驚いていたところだが」
その街の命を一身に背負う存在。
同じ立場だし、両肩にかかる重みがわかる。だからこそ、五百雀はソレらを背負うには若すぎると感じたのだ。
まあ見た目の年齢と中身が同じとは限らないし、一概には言いづらいけど。
まあそれに、なんとなくのイメージだけど、
「……この子だったら周りに助けを求めるのを躊躇わない気はするしな」
「それは同感だ」
この子が部隊長だったなら、もっと周りに助けを求めていた気がする。食料なり救援なり。この街の惨状を見るに、彼女が嘘をついているとは思えない。
……なにかと疑心暗鬼になっていけないな。この街の雰囲気がそうさせているのだろうか。心がささくれだっていけない。
そのまま会話もなく、歩いていくこと五分程。ようやく第参支部の本部の門を潜る。
建物の中に入れば、聞きなれた慌ただしい声の波が襲って来た。この辺は
白衣を着た連中が目立つ、医療区域と思われる場所に入った途端。五百雀が「では、」なんて前振りと同時に片手を挙げた。
「ワタシはこの辺で。一応無傷ではあるのですが、診て貰わねばならないので」
「いや思いっきり右腕吹っ飛んでたけど」
「無傷なので」
「…………おまえがそう思うならそうなんだろうよ」
まともに取り合うと疲れる気がして、俺が折れる形で五百雀の背中を見送る。なんというか、フワフワした独特な雰囲気の子だった。
それから俺たちの足は再び進み、先生の先導の元目的地を目指す。何やら辺りを見回す先生は、小さなため息を吐き出した。
「……? どした?」
「いや。なんでも」
何でもないような表情には見えないんだけども。深入りする気にもなれなかったんで、これ以上は何も聞かない。
先生の足が止まったのは、医務室が並んでいる廊下の一角。そして目の前の扉に軽くノックした。
「どうぞー」
扉の向こうから返答が聞こえる。心なしか若々しい声に感じた。
そのイメージは間違いではなく、部屋の向こうで待っていたのは白衣の少女。高校生くらいだろうか。柳と同じか、少し下くらいの。
「すみません、突然こんな」
「ああいや、気にするこたないよ。俺たちの問題は済んだし」
その言葉に偽りはない。正直、後のことは俺では協力できないことがほとんどだ。力仕事くらいなら手伝えないことはないけど、それでも復興班の連中には『休んでてください』なんて追いやられてしまう。
周りが働いてる中で、自分だけが何もしてないってのは気がひける。いつの間にか俺は、ワーカーホリックってヤツになってしまったらしい。
「私は第参支部・医療班の主任をしております、安斎 杏華です。ええと、第壱支部の方々にはまず────」
流れるように本題へ。安斎と名乗った少女は俺たちを見つめると、挙句。何やら小首を傾げて、
「……何をしてもらいましょうか。どうしましょう」
……放たれた言葉に、一同全員がズッコけたのは、言うまでもあるまい。
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