第22話 『俺次第』

「な、柳────!?」

「はい、柳 真です。おはようございます」


 俺の戸惑う声を聞いても、いつもの調子で挨拶を返してくる柳。

 この場で驚いているのは俺だけのようで、なんか浮いてる気がしてくる。不服だな。


「待て待て待て、もしかして柳も遠征に参加するのか?」

「はい、勿論です。戦力として参加させていただくことになりました」

「いや、あの……なんつか……」


 ボリボリと頭を掻き毟る。落ち着かない。

 思わず大きなため息を吐き出して、向けた視線は我ながら呆れ切ったものだと思う。


「あのなあ、柳……おまえ、めちゃくちゃ頑張ってたじゃん」

「部隊長にそう言っていただけるのは光栄ですね。頑張った甲斐がありました」

「だからおまえは一番休まなくちゃいけない立場だろ。断ってもいいんだぞ? なんでこんな……」


 頑張った人間こそ休むべきだ。ついさっき先生が言い放った言葉に異論はない。

 だとすれば柳は一番休むべきだと思う。それはきっと、第壱支部の人間の総意だ。文句を言う奴なんて居ないだろう。

 なのに、なんでコイツはまた……。


「その言葉、そのままそっくりお返ししたいところですが……部隊長はまあ、何を言っても聞かないでしょうし……でもそれは私もです。私はテコでも聞きませんよ」


 何故か胸を張る柳。しかもドヤ顔で。

 その隣で、ヒナまでもが胸を張る様子が見える。きっとこの二人は、俺がこう言うことを予測できてたんだろう。

 本当に、もう。


「……ああもう、わかったよ。勝手にしろ」

「はい、勝手にします。やったねヒナちゃん、一緒に行けるよ」

「うん、よかった。ヤナギが一緒だと心強い」


 ……この場に味方はひとりもいないらしい。先生までも俺の横顔を眺めながらニヤニヤしてる。畜生、畜生。

 そんな他愛のないヒナと柳の会話が何度か続き、ヒナの視線が俺に向く。ここまでずっと扉の前を陣取っていたわけだが、床に転がるゴミや本の山を避けながら俺に歩み寄ってきた。


「ねえ、アキト。どう?」

「この質問デジャヴを感じるな」


 ついさっきも先生に似たような質問をされたところだ。でもさっきの先生に比べれば、その『どう?』という問いかけはわかりやすい。

 ヒナが今身に纏っているのは、黒い無地のスカートと、一見革で出来ているように見える、これまた黒いジャンパー。その胸元には赤い、第壱支部のトレードカラーのラインが引かれており、俺の見慣れた物である。


「制服貰ったのか、ヒナ。よかったな」

「うん。アキトたちとお揃い」


 くるりとその場で回転して見せるヒナ。再び俺と向き合った頃には、隊員に支給される専用端末が。画面をこれまた嬉しそうに、俺に向けてくる。


「これでヒナちゃんも名実ともに我々の仲間というわけだ。よろしく頼むよ」

「うん。よろしく、センセイ」


 ヒナはいい笑顔で会釈をひとつ。ここでようやくこの場に落ち着きが戻り、この後の予定の話し合いが始まる。

 ひと声に話し合いと言っても、今後の方針はほとんど固まっているし先生の話を聞いているだけなのだが。粗方文句はないし、先生の完璧っぷりにはまいっちまう。


 曰く、ここから第参支部までは二時間ほど。途中まで地下の舗装された道を車で走り、倒壊した街を抜けていけば第参支部はすぐそこだ。


 ……というか、車なんてあったのか。初耳だ。

 しかも先生の私物だという。ほんの少し嫌な予感がするのは、俺だけだろうか。


 ◇◆◇


「い、嫌な予感的中〜……」


 そこそこの量の荷物を提げ、第壱支部の地下に降りてきた。エレベーターの扉が開いた途端、目の前に見えたものに思わず苦笑いを漏らす。


 そこにあったのはキャンピングカーと呼ばれる部類の車。黒を基調としたボディが特徴的……なのだが、その『黒』はほとんどが見えなくなってしまっている。

 あちこちに髑髏やら翼やらの趣味が悪い装飾が施されており、なんというか……先生の趣味が全面的すぎるほどに押し出されている。


「なんだね、わたしの『ノアの箱舟』に何か文句でも?」

「いや、うーん……あー……なんでもないっす」


 ここで無駄に口を挟めば上手く言いくるめられる気がして、俺が大人になる形でどうにか丸く収めてやった。

 先生が扉の鍵を開けるのを視認して、内装を恐る恐る覗いた……のだが、中はいたって普通でひと安心。全体的に黒いけど。


 各々荷物を置いて、柳とヒナは生活スペースの椅子に腰を下ろす。ここからずっと運転しっぱなしなわけだし、話し相手が居ないのもアレだろうと俺は助手席に座った。

 背後から何やら賑やかな女子会トークが聞こえてくる。こっちに混ざるのも気がひける、というのも本音だ。


「では出発しようか。遠征開始だ」


 エンジンとともに轟音とも取れるギターソロが車内に響き、即座にボリュームを下げる。

 ……馬鹿。油断した。この人は音楽の趣味までやかましいのか。

 確かヘヴィメタルと呼ばれる部類の音楽だったと思う。ヒナがびっくりしてるだろうが。


 そんな俺たちを他所に、車は徐々にスピードを上げて走り出す。先生によれば、このまま一時間ほどは地下を走ることになるらしい。代わり映えのしない景色というのも少しアレだが、地下道コレのお陰で近道ができるのいうのなら文句は言えまい。


 ヒナと柳の女子会トークと小さくも喧しい音楽が響くだけの時間が数分続いて、窓の外を過ぎ去る壁を眺めながら。気まずさに負けたわけではないが、ぼんやりと口を開く。


「……先輩の夢、あれっきり見なくなった」


 救恤の大天使戦で見た幻覚。俺の背中を押す先輩。

 未だにアレがなんだったのかはわからないけれど、アレ以来夢に先輩が出てくることはない。


「そうか。とうとう先輩離れしたわけだな」

「でもさ。違う夢を毎晩見るようになって」


 おかしな夢。あべこべな夢。まるでテレビ越しに、よくわからない別世界の物語を見ているような。


「……違う夢?」

「ああ。知らないはずの場所で、何かを見てる。断片的に、めちゃくちゃに組み合わせた光景で……よくわかんないものだけど」


 なんとも表現し難い。何しろ自分自身がなんなのか理解できていないモノだから、先生に説明できるはずもなくて。

 窓に反射する先生の横顔を見やる。すると横目に俺に視線が向いて、掌を向けてきた。


「夢というのは、記憶の整理だという話はしたね」


 タバコを箱から一本取り出し、ライターと一緒に渡してやる。すると先生は小さく礼を呟くと、そのまま咥えて火をつけながら言葉を続けた。


「ソレがキミ自身の記憶かはわからないし、他の『セブンス』がそんな夢を見た、なんて話も聞かないから、わたしも『わからない』としか応えようがないな」

「そりゃそうか。でも不思議と、その夢のことを思い出さなきゃって思ってる俺がいる。でも、同時に────」


 思い出すのは、怖い。

 自分が自分で無くなってしまうような。そんな気がして。

 毎朝思うように、ずっと。そんな蟠りが、俺の胸を満たしてる。


 数秒の沈黙。思わず大きなため息を吐き、視線は再び、助手席側の窓の外へと向いた。

 ほんの少しだけ気まずい沈黙。それを終わらせたのは、先生の方だった。


「まあ、なに」


 前置きのようなひと言の後。煙を吐き出して、口元にいつもの笑みを浮かべながら。


「キミが万一キミで無くなってしまっても、戻してくれる相手は居るだろう」


 その視線は、ルームミラーに映るヒナと柳に向けられている。


「ソレを思い出すか思い出さないかはキミ次第だ。たかが夢、と吐き捨てるも良し、深入りするも良し。その背中を押すなり引き戻してやるなりが、わたしたちの仕事だろう」

「……ぅす」


 自由にやれ。その返事が一番困るものだけど。

 その言葉はヤケに暖かく、胸に刺さった。

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