March きみの物語になりたい
彼女は僕と同じ世界で生きているのに,僕とは違う世界を見ていた。
殺風景に見えたあの公園も,窮屈だった制服も,忘れたい失敗も,あまりにも深く沈んだ夜空も,たった2人で遊んだ夏休みも,彼女にとっては,お気に入りの場所で,背中を押す風で,忘れたくない一瞬で,心惹かれる宝物で,大切な夏の思い出だったらしい。僕とは何もかもが違って見えていた。
僕の見ている世界は彼女には存在なんてしていない。いつだってこの世界を見ていない。
彼女はずっと物語の中にいるようだった。
「今日はなにすんの。」
「んっとな。ポカポカして気持ちいいからお散歩して帰る!あとは,この前の続き書く!」
彼女と出会ってもう10年以上経っているが,言っていることはほとんど変わっていない。変わったのは,数年前からその予定に『創作』が加わったことぐらいだ。
彼女の『創作』は,ものを語り,書くものだった。そして彼女のそれは,彼女の見ている世界でそのまま彼女の想像が人を書く,そんなものだ。それらを読むと,彼女の見る世界を見ることができているような気がする。
「あっ,お花咲いてる!春やなぁ。」
「足跡ついてる!なんで?さっき水溜り踏んだからか。」
ふとした時の言葉を聞くときも彼女の見ている世界をのぞいているような気がする。
「下に面白いもんある?」
目の前にあったのは彼女の顔で,その瞳に驚いた顔の自分が映っているのを見て笑ってしまう。
「なんで笑ってんの?顔が変なん?」
やっぱり彼女は僕と同じ世界に存在している。
僕は彼女の世界を見てみたかった。僕の世界にはない何かを見てみたかった。
帰り道の公園のベンチはぽっかりと時間が止まっている。今隣でスマホに創られるものの中に生きる人は彼女と同じ世界を見ているのだろうか。その中に入れば彼女の見ている世界を見れるのだろうか。
「夕焼け!」
赤く染まった空を弾んだ声で指す。
この瞬間が彼女にとっての特別であればいいのに。そして,2人でみたこの夕焼けが彼女の
きみの物語になりたい〜同題異話SR2020〜 Siren @GISELLE-siren
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