めがみりとぅりーさまのおはなし

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めがみりとぅりーさまのおはなし

 めがみりとぅりーさまの おはなし。


 むらはずれのいずみのそばにある、ちいさなほこらをしっていますか。ほこらには、めがみりとぅりーさまがすんでいらっしゃいます。


 りとぅりーさまは、このむらにゆたかなみのりをもたらしてくれる、とってもよいかみさまです。まいにちのごはんのまえには、いずみにむかっててをあわせ、りとぅりーさまにかんしゃしてから、たべるようにしましょう。






 私はハチマキをきゅっと締めた。


 エネルギー消費決算書、信心レベル調査票、昨年の創成物全データと今年の予想データ、よし、完璧! 目標は現状維持、水と太陽エネルギーにポイントを絞って確実に奪取する!


 ……まったくどうしてこんなことしなくちゃいけないんだろう。思わずため息がついて出る。


 創造神様が一年間に作る元素やエネルギーの量は決まっている。そのもとで八百万の神々は、それら創成物を公平に分配して、それぞれが神としてのつとめをまっとうできるようにしていた。


 ところがこの数百年来、創造神様はさぼっていらっしゃるのか、年間総創成量が急激に落ち込んできたのだ。それは、公平な分配という大原則を鼻息で吹き飛ばすほどに。当然しわ寄せは、私たち下っ端の土地神に来る。


 かくして毎年この時期になると、壮絶きわまる創成物争奪戦が始まるようになったのである。






 りとぅりーさまは、まいとしかんなづきになると、てんにのぼられます。このせかいをよりよくするための、かみさまたちのはなしあいがあるからです。


 ですからこのあいだに、むらのみんなでほこらをきよめ、りとぅりーさまがかえってきたときに、きもちがよいようにしておくのです。これがまいとしおこなわれるおまつりのゆらいです。





 神界の入り口で今年の公式データを受け取った。


 予想通りではあったが、今年もまた総創成量の落ち込みようはひどいものだった。前年比五%ダウンだ。二%ダウンにとどまっていた去年と比べると、もう話にならないレベルといえる。あちらこちらで中小規模の土地神の嘆きが聞こえてくる。……この状況から現状維持をかちとるのは、並大抵のことではない。


 こういう年に限って、一次分配の担当天使がいけ好かない奴なんだ。一次分配は、早い話、お上が勝手に作った創成物の配分草案の提示である。だいたい、いや絶対に、各神の希望通りにはなっていない。ここで折衝が始まるのだが。


 「軒並み現象の土壌エネルギーがマイナス三五%?! 冗談じゃありません、これじゃ不作確定です! うちは農村なんですよ!」


 「あんた事前調査で水と太陽エネルギーだけあればいいって書いたじゃないの。そのふたつは八%減でとどまってるでしょ?」


 「総創成量五%ダウンでどーして八%ダウンに喜ばなくちゃいけないのよ」


 つとめて平静は保っているものの、どうしても言葉にトゲが混じってしまう。事前調査のことだって、それは深読みの言いがかりってものだ。誰が『だけでいい』なんて調査票に書くものか!


 「とにかく、この下げ幅はあんまりです! 私の信心レベルはどうなるんですか!」


 「守護領域が村ひとつに水源ひとつで、信心レベルを引き合いに出さんでもらいたいですな。そんなもん信心レベルが高くて当たり前でしょうが」


 ちっ。それは図星だ。この担当者、書類を確かめもしなかった。……こうもあっさり否定されてしまうと、やはり自分の弱さを実感してしまう。


 「とにかく! 今年は二次分配に回す量を多くしたんで、下げにはみなさんに我慢してもらってるんです」


 「けど、これでは村人に合わす顔がありません! どうにかなりませんか?」


 「そうですなぁ……」


 なおも食い下がると、急に担当の目つきが変わった。


 「そう言うからには、もう少し誠意ってもんを見せていただきたいですなぁ……」


 ……な、なに? この背中がむずがゆくなる視線は? あ、あたしは神様になってまだ三〇〇年かそこらで、あのそのそのその。


 「もういいです! 失礼します!」






 いずみがわいたとき、りとぅりーさまもおうまれになられました。それが三〇〇ねんほどまえのことです。だからりとぅりーさまは三〇〇さいくらいだといわれています。


 三〇〇ねんというととてもながいようですが、ちよのむかしからこのよをみまもっておられるかみさまたちからすれば、とてもみじかいじかんなのです。ですからりとぅりーさまは、あいらしいこどものすがたをしておられ、ほかのもっととしうえのかみさまには、とてもかわいがられているといわれます。






 あんのロリコン親父。


 ……とっとっと、そんなこといっちゃいけない。


 こんな世で神様やるからすれっからしにもなるってもんだけど。世間様では私、かわいらしいで通ってるんだから。


 でもそのかわいらしい云々は、二次分配じゃあ何の役にも立たない。体が小さい分、年浅くてコネクションが少ない分、損だ。


 土壌エネルギーの不足だけは何とかしなくちゃ。そう思って、いちおう二次分配場に行ってみるけれども、


 「その水三〇、神の奇跡六〇で買う!」


 「こっちの土二五、生命力三〇だ、誰か買わねぇか!」


 「風ー風ー三〇、三〇、五〇、出てるよー」


 「どけぇおらその風よこせ風ぇ!」


 「邪魔だチビ、あっち行け!」


 ダメ。私、この中に入っていく勇気はとてもない。二次分配は早い話神様同士の直接交渉の場だ。どの神様も自分の守護領域を背負ってきてるから、鬼気迫るなんて言葉では言い尽くせないほど激しい。私たちの守護を乱す悪魔たちも、ここにだけは決して立ち入らないだろう。


 二次分配はつまるところ、発言力の強い、力のある神様が有利になっているんだ。二次分配の量が多いというのは、強い神様に配慮するということでしかない。神様の中には雲衝く高さの巨体の持ち主もいるから、あたしなんか文字どおり踏みつけにされるだけだ。あぁもう、はやく力をつけて、この中で堂々渡り合えるようになりたいっ!


 でも、当面は、またあれでいくしかないか……。






 つまりかみさまにもとしよりやこどもがいるのです。ですが、としよりだからといって、えらいかみさまというわけではありませんし、こどもだからといって、よわいかみさまとはかぎりません。


 かみさまのちからというものは、そのかみさまがどれだけしんじられているか、また、しられているかによって、きまります。






 「おじーちゃーん」


 あぁ、歯が浮く、歯が浮く、歯が浮く。


 「おぅおぅリトゥリーか、よう来たな。まま、ここ上がれ。まんじゅう食うか?」


 「うん、ありがと。半分だけ、ちょうだい」


 もうあっちこっちでこれをやっているから、おせんべだのおやきだので、既に腹は八分を過ぎている。入れるものが少ないに越したことはない。まさかもうおなかがいっぱいなんて言って断るわけにはいかないから。


 「あのねあのねおじーちゃん、リトゥリーね、また二次分配場に入れなかったのぉ、あすこ怖いんだものぉ」


 「おぅおぅ、かわいそうになぁ」


 「それでねそれでね、土の力が全然足りなくて、困ってるの……」


 「そうかそうか……かわいいリトゥリーのためじゃ、じじのをちょこっと分けてやってもよいぞ」


 「ホント?! ありがとう、おじーちゃん」


 あぁ、歯が浮く、歯が浮く、歯が浮く。


 本当にちょこっとだったが、この際もらえるものはもらっておく。見返りにひとしきり甘えてあげてから、さっさとおいとま。だってあと一〇柱はこうして寂しい老神を慰めてやらないと、目標の現状維持に到達しないのだから。


 この手を使えるのも、あと一〇〇年くらいか、その先はやっぱり『二枚でどうだ』になっちゃうんだろうな。その前に、その前に何としても、もっと強く力のある神様になって、向こうから貢いでくるようにしなくちゃ!






 りとぅりーさまは、いまはよわくおさないかみさまです。けれど、わたしたちがもっとおいのりし、そのすばらしさをほかのむらやまちのひとにもおしえてまわるようにすれば、りとぅりーさまはもっとえらい、えらいかみさまになれるのです。


 みなさん、もっともっとおいのりしましょうね。りとぅりーさまがえらいかみさまになって、わたしたちをもっとゆたかにしてくださるように。そして、わたしたちが、もっとりとぅりーさまをすきになれるように。






 現状三%ダウンであきらめて、私はほこらに戻ってきた。まぁ、成果としては上々というべきだろう。とはいえ、大騒ぎに揉まれ、としよりにおべっかを使って、すっかり疲れてしまった。神体の中に戻って、清められたほこらの中でしばらくゆっくり眠ることにしよう。


 ……誰よ祭りにかこつけてほこらの中にゲロ吐いたの。


 ……泉に小便をたれた馬鹿もいるみたいね。浄化するの、誰だと思ってるのよ!


 寝所を汚すなんて、理由ができたから今年は不作にしてやろうかしら。いや、ダメダメ。ここはぐっとこらえてサービスよサービス。連中が甘えない程度に豊作にしてやんないと布教してもらえないもの。


 はぁ。神様って、つらいわ。






 めがみりとぅりーさまのおはなしは、これでおしまいです。

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