31.魔女になりたかった理由
――一週間後。
「よし、これくらいね」
荷物をまとめ終わると、ルーツィンデはぐるりと周囲を見回した。家具などはそのままだがいたるところに設置されていた魔道具は取り外されているし、魔境のように物が置かれていた棚も、今度は逆に物がなくすっからかんになっている。
その光景に、自分はこの地から発つのだと改めて実感し、寂しさが溢れてきた。師匠に拾われてきてから三百年以上の時を過ごしたこの小屋とも、とうとう今日で一応おさらばである。
あの告白のあと、ルーツィンデは婚約者としてアレクシスの信頼する貴族のもとへ向かうこととなった。王位継承権を返上したとはいえアレクシスは現在も王族、婚約をするにはやはり貴族の地位は必要なのだ。そのため彼の信頼する家の養女となり、婚約をするとのこと。
……正直、不安はある。その家の人に受け入れられるのかわからないし、久しぶりの貴族社会でちゃんとできるのか不安だ。
でも、アレクシスと一緒にいたいと思ったのは自分だから。
逃げ出す気は一切なかった。
(頑張らないと)
改めて気合いを入れ直していると、控えめなノックの音が耳に届いた。これは、おそらく――
小走りで扉に近づくと、そのままの勢いで扉を開ける。
そこにいたのはアレクシスだった。愛おしげな微笑みを浮かべてルーツィンデを見下ろしている。
「お迎えにあがりました。荷物はあちらですか?」
「ええ、そうだけど……ってちょっと、別に持ってくれなくても大丈夫よ? 私一人でも持てるように軽量化の魔法がかけてあるし……」
「いいですから。ほら、行きましょう」
「ちょっと!」
強引に押し入ってきたアレクシスは床に置いてあったカバンを手に取ると、そのままそそくさと歩き始める。ルーツィンデは慌てて追いかけた。
珍しく澄み切った青空の下、好きな人の隣に並ぶと同じ速度で歩き始めた。のんびりと昼間の森を進んでいく。
「……改めてご質問なんですけど、本当によかったのです? 魔女ではなくなるようですが……」
それはカルラから聞いた魔女でなくなる方法を伝えて以来、ほぼ毎回アレクシスが尋ねてくることだった。ルーツィンデもほぼお決まりとなったセリフを吐く。
「いいのよ。魔法の研究に没頭できるのは楽しかったわよ? でも私は元々、永遠の命なんて望んでいなかったもの。魔女でなくなったって気にしないわ」
「……そうですか」
アレクシスの声が鼓膜を揺らす。
普段はここで終わりだった。いつもの二人に戻ってなにげない会話を楽しむ。
けれど、今日くらいは、と思って、小さくつけたした。
「……それに、あなたと一緒にいられる以上に幸せなことなんてないもの」
途端アレクシスが勢いよくこちらを見たのが気配でわかった。けどなんとなく気恥ずかしいため、彼とは反対の方向を向く。
頬がほんのりと熱かった。
「――私も、ルツィー様と一緒にいられることがなによりの幸せです」
小さく降ってきた言葉に、どきりと心臓が脈打つ。今すぐこの場で転げまわりたいほどどきどきして、落ち着かなかった。
「うう……ええっと……あ、そうよ! そういえばその口調変えたら? 本来はその口調じゃないんでしょ?」
「ですが……」
「王子のあなたが身分が下の私に敬意を払うなんておかしいもの。直しましょ?」
「……そうなるとルツィー様も口調を変えなければなりませんよね? 大丈夫ですか?」
「な、なんとかなるわよ……たぶん」
不安を抱えつつもそう答える。
元々王族で敬語を使う機会なんてめったになかったし、この三百年の間は使わなかったから不安しかない。が、やるしかないだろう。やらなければ。それが私の選んだ道なのだから。
それからぽつぽつと会話をしながら森の出口へと向かっていく。そのときふと、ある疑問を思い出した。
「そういえばあなたって、どうして魔女になりたいだなんて言い出したの?」
彼がアレクシスとしてこの小屋へやって来たとき、真っ先に言ったのだ。どうか私を魔女にしてください、と。魔女になる覚悟を問うたときも即座に頷いていたから、おそらく生半可な気持ちではないはずだ。ではどうしてこんな願いを口にしたのだろう?
アレクシスは目を瞬かせたあと、ふわりと笑った。
「永遠の命がほしかったからです。――ルツィー様と同じ時を歩むために」
それは、つまり。
思わずルーツィンデが足を止めると、彼はふわりと笑みを浮かべた。
「愛してますよ、ルツィー様」
三百年以上前から、ずっと。
その言葉に、ルーツィンデの心臓がどきりと高鳴った。頬が熱くなって、それを隠すためにそっとうつむく。
幸せだと、改めて実感した。
王子様は魔女になりたいそうです 白藤結 @Shirahuji_Yui
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