30.アレクシスと
「いえ、これが私の仕事ですから」
その言葉に思わずぷっ、と吹き出す。
アレクシスは胡乱げな視線を向けてきた。
「……なんですか?」
「確かマヌエラも、そんなセリフをよく言っていたなって思って」
「……親子ですから。似るところもあるでしょう」
「そうね」
くすくすと笑いながらそう言えば、アレクシスはむすっとした表情を浮かべる。ちょっと照れているのか、その頬はほんのりと紅潮していた。
「私としてはルツィー様も国王陛下や王妃殿下に似ておられると思いますよ」
「そう?」
「はい。たとえば仕草とかは王妃殿下にそっくりですよね。なにか大きな決断をしなければならないときは必ず数時間はかけて考えるのは、国王陛下と同じです」
思わず目を瞬かせる。
両親と似ている点があるだなんて、これまで一度も考えたことがなかった。もう三百年前に会ったきりの両親。記憶も薄れてしまい、その姿もはっきりと思い浮かべることができなくなってしまったことを気に病んでいたけれど、それでも。
こうして受け継いでいるものがあるのだと思うと、胸がじんわりと温かくなった。
「……ありがと」
「ええっと……どうして急にお礼を?」
困惑した表情を浮かべるアレクシス。
伝えようとしたけれど急に気恥ずかしくなって、ルーツィンデはぷいっと視線を逸らした。
「……ひみつ」
「なんでです?」
「いいじゃない、なんでも」
「よくないです。気になります」
「私がいいって言ったらいいのよ」
きっぱりとそう言うものの、アレクシスはまだ追求する気満々のようだった。話を逸らさなければ。
「えーっと……あ、そうよ! それよりも今回の件について教えてちょうだい。なんで私は連れて行かれたのよ?」
途端、アレクシスは先ほどまでの表情から一変し、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……そうですね。そちらについて話してまいりましょう。少々長くなりますがよろしいですか?」
話題が変わったことに安堵しつつも、彼にこんな表情をさせてしまったことを後悔する。
「……ええ、もちろん」
それでもやはりこの件については知りたいため、ルーツィンデはしっかりと頷いた。
アレクシスは「わかりました」と言って語り始める。
「すべての始まりは王家に私が誕生したことです」
「……どういうこと?」
よくわからず尋ねれば、彼はふっと自嘲する。
「ルツィー様もお気づきでしょうが、私の容姿は前世からまったく変わっておりません。そのため父にも母にも似ておらず、不義の子なのではと言われているのですよ」
「それは……」
確かにアレクシスとアルドの容姿が似ているとは、記憶が薄れてしまっているルーツィンデも気づいていた。けれどまさかそのせいでそんなことになっているとは今まで考えたこともなくて、動揺してしまう。
アレクシスはそっと目を伏せた。
「母はしてもいない不貞を疑われ、最終的に自殺しました。その後新たに貴族女性が嫁いできて第二王子を産み、それによりクレメンティア王国は主に二つの派閥に分かれたのです」
「……あなたを王位に就けようとする派閥と、第二王子を王位に就けようとする派閥ね」
「はい、そうです。……少し前まではウィルフレッド――第二王子の派閥が優勢だったのですが、一年ほど前から私の派閥が勢いを増してきました」
「どうして?」
するとアレクシスはあからさまに視線を逸らした。あまり触れられたくなさそうだったが、やはり気になるものは気になる。
じーっと見つめていれば、アレクシスはそっとため息をついた。
「……生まれたときから私はアルドとしての前世の記憶がありました。それで憎きクレメンティア王国、しかもその第一王子に生まれてしまったと知って、その……簡単に言えばいじけたのです」
「いじけた」
「はい。だからその、教師からは逃げ回りましたし、礼儀作法もわざと間違えたりして……徹底的に困らせてやろうと思ってたのです。それに……前世の記憶があり、見た目もそのままで、王妃を死に追いやった私に、王になる資格はないと思ってたので……」
「……そう」
彼の悲痛な表情にズキリと胸が痛む。
ルーツィンデとしては彼と再会して、恋をして、三百年前の真実を知れてよかったと思う。けれど彼にとってこうして転生したことは完全によいことではなかったのだ。そのことを自覚して、今までの彼の苦労を思うと苦しくなる。
「――まあそんな生活だったのですが、ランスロット――私の専属騎士に叱られたのです。『いつまでこのままでいるつもりなんですか』『あなたは王子なのですよもっと自覚を持ってください』、と。そのあといろいろと言い争って……なんだかんだで頑張るようになったのです」
「なんだかんだってなによ」
「まあ……いろいろあったのですよ。これは絶対に話しませんから」
ルーツィンデはじとーっと見つめたけれど、彼は本当に話す気がないらしい。一向に口を開く気配がない。
結局諦めると、「それで、」と口を開く。
「あなたが王子らしくしようとした結果、あなたが持ち上げられるようになってしまったってこと? それで派閥の対立が激化してしまった、と」
「そうです。ですが私は特に王になるつもりはないんです」
「そうなの?」
今までてっきり彼は国王になると思っていたのだが。
首を傾げれば、アレクシスは「はい」と頷いた。
「前世の影響により、私はシュナート王国の人間という意識が強いです。ですからクレメンティア王国の王だなんて、相応しくないのですよ」
……そういうものなのかもしれない。前世の記憶があるまま成長すると、やはりそちらの意識が強くなるのかも。
ルーツィンデはそんな経験をしたことがないため、想像でしかないけれど。
きゅっと手を握りしめた。
「……やっぱりあなたって真面目ね」
「そうですか?」
「ええ。きっぱりとけじめをつけているんだもの。そこらへんなあなあにしちゃう人もいるだろうから、真面目よ」
するとアレクシスは視線を逸らした。その顔が少しだけ赤らんでいることから、おそらく照れているのだろう。
「……とにかく、私の派閥が盛り上がってしまったので、少し前に王位継承権を返上したのです」
そうだったのか、と思ったところでふと気づく。確かイングストーン公爵は『殿下が王位を継ぐのにおまえの存在は邪魔になる』と言ってなかっただろうか? アレクシスは王位継承権を返上していたはずなのに。
ルーツィンデの疑問を察したのか、アレクシスはこくりと頷く。
「けれどイングストーン公爵はどうしても私を王位に就けたかったようでして……今日、彼から手紙が届いたのです。『殿下の通っておられる女性を傷つけられたくなければ、王位継承権を再度得てほしい』と」
「……つまり、私は脅しの材料に使われたのね」
そのことが悔しくて、ぐっと手を握りしめる。
それに加えてアレクシスと別れるよう言われたのは、おそらく彼にきちんとした貴族の娘と婚姻させるためだろう。結局公爵はそのどちらの目的も果たせなかったのだが、なんとなくイラつく。
むすっとした表情を浮かべていれば、「そういうことだと思います」とアレクシスは頷き、ビシッと背筋を伸ばす。
「……今後も私と関わるとなると、このようなことに巻き込まれる可能性もあるかもしれません。今回のように無事では済まない可能性もあります。それでも……ルツィー様のおそばにいてもよろしいでしょうか?」
おずおずと、不安げに尋ねてくるアレクシス。
そんな彼に、ルーツィンデはゆるりと笑みを浮かべた。答えはずっと前から決まっている。
「当たり前じゃない。だって私、あなたのことが好きだもの」
するりと出た言葉に、アレクシスが固まった。どうしたのだろう? と首を傾げつつ先ほどの自分の言葉を振り返り――ルーツィンデも固まる。
いつの間にか自然と告白をしていた。してしまっていた。
(いや、別に、告白はいつかするって思ってたからいいけど、まだ心の準備が――!)
ドキドキとやかましい心臓をなんとかしてなだめる。出てしまった言葉はもう戻らない。とにかく落ち着かなければ!
深呼吸を何度も何度も繰り返し、やっと落ち着くと、ルーツィンデはようやっとちらりとアレクシスのほうを窺った。
彼は好きと口にしてしまったときから変わらず、驚いたような表情を浮かべていて。
「え、あ、ええっと……き、気にしなくていいから! これは……そう! ただ人間的に好きって意味で、べ、別に、異性としてっていう意味じゃ……!」
「ルツィー様」
ルーツィンデの言葉を遮るようにしてアレクシスが声を発した。
彼はゆっくりと表情をほころばせて。
「私も、ルツィー様のことが好きです」
どくん、と心臓が一際強く跳ねた。真っ赤になっているであろう顔を隠したくて、そっとうつむく。
「そ、それは、どういう意味で……?」
「すべてです」
そう言うとカタリとアレクシスの立ち上がる音がした。続いてゆったりとした足音。
その行動の理由がよくわからず顔を少しだけ上げれば、ばちりと視線が絡み合って。
アレクシスは柔らかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりとルーツィンデのもとへ近づいてくる。
「仕える騎士として、ルツィー様の気高さが好きです」
こつり。
「一人の人間として、ルツィー様の人柄が好きです」
こつり、こつり。
アレクシスはルーツィンデのすぐそばにまでやって来ると、その場に跪いた。そして――
「異性として、ルツィー様のことが好きです」
そっとルーツィンデの手を取ると、彼は指先に唇を落とした。次に手の甲、ひっくり返して手のひら、そして手首。
ひとつひとつ落とされるたびに、なにかが背筋を伝っていく。感情が胸から溢れそうになる。
目を逸らすこともできずにじっとアレクシスを見つめていると、やがて彼はこちらを見上げてきた。
「ルツィー様は、どうですか?」
「私、は……」
碧の瞳に映るのは、嬉しそうな、戸惑ったような、なんとも言いがたい表情をした一人の女だった。
少しだけ彼の瞳から視線を離すと、声を絞り出す。
「私も……好きよ。主として、騎士のあなたが好きだし、一人の人間としてもあなたが好き。尊敬する。あと……異性としても、すき」
途端、彼が立ち上がったかと思うと勢いよく抱きしめられた。ぎゅうぎゅうに締めつけられて、正直苦しい。
でも、それ以上にしあわせだった。
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