29.三百年前の真実
「……魔女様、ご協力ありがとうございます」
ランスロットは優雅に一礼するとそのままイングストーン公爵を捕縛しにかかった。
その様子を眺めていると、「魔女様」とおずおずと声をかけられる。その声の主はもちろんアレクシスで。
ルーツィンデはそっと笑みをこぼすと、告げた。
「別にそんな他人行儀でなくていいわよ。昔みたいにルツィーでもいいし」
「……わかりました、ルツィー様」
驚いたような表情を浮かべつつも、アレクシスはそう言って頷く。
拒絶されなかったことにほっと胸をなでおろしていれば、「殿下」とランスロットの声。
そちらを向けば、どうやら彼はイングストーン公爵を自前の縄で拘束し終えたところらしい。なにかを窺うかのようにアレクシスを見上げている。
「これからどうなさいますか?」
「あー、それは……」
アレクシスがちらりとルーツィンデのほうを見た。
イングストーン公爵はなにか罪を犯したわけではない。ただアレクシスの気に障るようなことをしてしまっただけだ。となるとアレクシスとしては話し合いという名の脅しをしたいはずである。が、部外者であり被害者でもあるルーツィンデを放置することはできないから、どうするべきか迷っているのだろう。
(別に、私は特に怪我をしたわけでもないし……)
ここはアレクシスのことを優先してもらおう、と口を開きかけた矢先、ランスロットが声を発した。
「公爵との『話し合い』ならば私一人でも十分かと思いますが、どうなさいます?」
「……わかった。頼む」
「かしこまりました」
アレクシスが頷けば、ランスロットはずるずるとイングストーン公爵を引きずって地下室を出ていく。公爵はなにかわめいているものの、猿轡をはめられているためただのうめき声にしか聞こえなかった。
パタリと扉が閉じ、地下室に二人きりとなる。なんとなく落ち着かなくて、そわそわとした。
しかしアレクシスは違うようで。
「……ルツィー様」
呼ばれてそちらを見れば、アレクシスは真剣な眼差しでこちらを見つめていて。
「……どうして私を受け入れてくださったのですか? 私は、ルツィー様を――」
「その話は場所を変えてからにしましょ」
そう言って手を差し伸べると、彼は一回瞬きをしてからルーツィンデの手を取った。
すぐさま魔法を使う。やって来たのはルーツィンデの小屋だった。
「中に入って」
「失礼いたします」
アレクシスはいつもと同じように優雅に一礼すると、小屋の中に足を踏み入れた。ルーツィンデはすぐさま魔法で紅茶の用意を始める。
いつもの定位置に座ってしばらくすれば紅茶がふわふわと飛んできた。一度それを口に含んで落ち着かせると、頭を下げた。
「まずはごめんなさい」
「ル、ルツィー様!?」
「あなたは最初から自分自身を見てほしいって言ってたわよね。私もそうしているつもりだった。でもあなたがアルドだと知って動揺してしまって……そんなの忘れてしまっていたわ、ごめんなさい」
「い、いえ、それくらい大丈夫ですから! どうか顔を上げてください!」
アレクシスに頼み込まれ、顔を上げる。すると彼はあからさまにほっとしたような表情を浮かべた。かつてとはいえ仕えていた主に頭を下げられるのは本当に居心地が悪かったらしい。
「……私もなにも言っておりませんでしたから。ルツィー様がそのように思うのも仕方のないことなのですよ」
「ありがと」
「いえ、事実ですから」
その返事にくすりと笑えば、彼もまた目元をやわらげた。
「…………ねえ」
「はい、なんでしょう?」
アレクシスが尋ねてくる。ルーツィンデは一回深呼吸をすると、彼に訊いた。
「私の知るあなたは、国を裏切るような真似は絶対にしないわ。……三百年前、本当はなにがあったの?」
「……知りたいのですか?」
「ええ、もちろん。だってあなたのことだもの」
「……かしこまりました。ではお話いたしましょう」
アレクシスは一口紅茶を飲むと、滔々と語り始めた。
「反乱が起こるかもしれない、ということは国王陛下も把握しておいででした。そして私に命じたのです。『クーデターを企んでいる貴族に近づき、情報を得るように』と」
ルーツィンデは思わず目を瞬かせた。
「え、あなたが? なんで?
王女の護衛騎士がそのような任務に就くだなんて普通はありえない。
そう思って尋ねれば、アレクシスは苦笑しつつ「陛下もそれを狙ったのですよ」と言う。
「普通ならありえないから、クーデターを行おうとしている者たちにスパイだと疑われにくいのです。……確実に信頼できる人に頼みたかった、というのもあるでしょうけど……」
「……そうなの」
三百年前、両親はそんなことを思っていたのか。普通ならば知るはずもなかった事実になんとも言えない気持ちが胸に広がる。
ふと、もしかしたらアルドが必ず夜の任務につかなかったのは、クーデターを企てている貴族と接触するためなのかもしれないと思った。昼間はルーツィンデの護衛、夜は貴族の調査。かなり大変な生活だっただろう。
アレクシスは続けた。
「私がやっとクーデターの詳細な情報を手に入れたのは、あの日の二ヶ月ほど前で……もう、計画は止められませんでした」
「そう……なの?」
二ヶ月もあればなんとかなるような気がするけれど。その思いが表れていたのだろうか、アレクシスがそっと目を伏せる。
「はい。クーデター計画はかなり大きなものでして……特に騎士たちが多く加担しておりました。しかもクレメンティア王国も後押しをしていたのです。対して陛下には信頼を寄せて動かせる者が少なかったため、二ヶ月ではどうすることもできませんでした」
「…………」
ルーツィンデはきゅっと手を握りしめた。このどうしようもない現実を突きつけられたとき、国王であった父はなにを思ったのだろうか? もう記憶も薄れ、その容姿もはっきりとは思い出せなくなっている父。彼は、どんな思いで――
「ルツィー様」
声をかけられて顔を上げれば、アレクシスは真摯な瞳でこちらを見つめていて。
「国王陛下は――あなた様の父は、クーデターが起こるのは仕方がないと、現実を受け入れました。けれど罪のない民へ被害が及ばないよう尽力されておりましたし、それに……あなた様だけは生き残ってほしいとおっしゃっておりました」
「それは……」
思わず視線をさまよわせる。三百年前の記憶が蘇った。クーデターが起こったあの夜、珍しく夜まで護衛としてついてくれたアルド。城の中を連れ回され、そして最終的に魔道具で転移したのは、すべて。
ルーツィンデが思ったことを察したのだろう、アレクシスは神妙な面持ちで頷く。
「はい。あの夜、私は陛下の密命を受け、ルツィー様を城から逃がそうとしていたのです。……本当は隠し通路から逃げていただく予定だったのですが、あの状況でこっそり逃げ出せるような場所がなく、魔道具を使う結果になりましたが……。――これが、三百年前の真実です」
「……そうなのね」
ルーツィンデはそっと目を伏せた。彼はずっとルーツィンデのために行動してくれていたのに、あの日彼を責めてしまったことが申し訳ない。
でも、それ以上に。
アレクシスの碧色の瞳を見つめると、ルーツィンデはふわりと笑みを浮かべた。
「ありがとう」
ずっとずっと護ってくれて。私のために尽くしてくれて。父の命令に従って、クーデターを企てている貴族から情報を得るという危険な任務についてくれて。
こうして真実を話してくれて。
彼の話を聞かなければ、ルーツィンデはずっと両親がどのようなことを思っていたのか知らなかった。
これ以上ないくらい、感謝の気持ちで胸がいっぱいで。
アレクシスはゆるりと頬を緩めた。
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