28.地下室にて
「おまえか」
――扉の前にいたのは見知らぬ男だった。
だいたい三十から四十といったところだろうか? 男はルーツィンデを見下ろすとはんっと鼻で笑う。
(……誰?)
ルーツィンデのことを魔女だと知っているのならば依頼人だろうか? と一瞬だけ思ったが、この態度だとさすがにない。依頼する側なのにやたらと態度がでかいし、あきらかにルーツィンデを見下している。そんな依頼人がいてたまるものか。
しかし、となるとこの男はいったい誰なのだろう?
警戒するように目を細めると、「なんの用?」と尋ねる。もちろんすぐに魔法が使えるよう準備をして。
男は相変わらず偉そうにこちらを見下ろしながら言う。
「おまえにはともに来てもらう」
「……どういうことよ?」
「言葉通りだ。ついて来い」
そう言うと男はくるりと踵を返して歩き始めた。
けれどルーツィンデはその場から動かない。理由の説明もなくついて来いと言われてついて行く人がいるものか。
そう思いつつ男の背を眺めていれば、すぐにルーツィンデが来ていないことに気づいたのだろう、再度こちらに体を向ける。
「来いと言ってるだろう? 早く来い」
「せめて理由を説明しなさいよ」
しかし男は説明する気がないらしい。バチバチと睨み合い、先に折れたのは男だった。
チッと舌打ちをしつつ口を開く。
「おまえの男がどうなってもいいのか?」
(……私の男?)
おそらく配偶者とか恋人とかを指しているのだろうが、そんな人物ルーツィンデにはいない。困惑しながらもそれを隠してじっと男を見つめていれば、ルーツィンデが理解していないことを察したのだろう、男がめんどくさそうにため息をついた。
「……アレクシス殿下だ」
まさか自分と彼がそんな関係性だと思われているなんて。
そのことに若干の気恥ずかしさを感じたものの、こんなことを考えている場合ではないと首を振る。
この男はアレクシスがどうなってもいいのか、と脅してきたのだ。つまり彼の身になにかしらの危険が迫っている、ということで。
(犯人がこの男たちなのか、はたまたこの男の敵対する勢力なのかはよく知らないけど……情報を得るためにも行ったほうがいいかも)
そう判断するとルーツィンデは「ちょっと待ってて」と言って小屋の中に戻った。なにがあっても対処できるよう手早く準備をし、小屋を出る。
男はギロッとこちらを睨みつけたあと、無言で歩き出した。
ルーツィンデも男のあとについて足を踏み出した。
ある程度小屋から離れたところで男は転移の魔道具を使った。
着いたのはどこかの豪奢な屋敷の庭園だった。一般市民は転移の魔道具なんていう高価なものを使わないから、おそらく貴族かそれに準ずる身分の者がルーツィンデを呼んだのだろう。
いったいなんのために、と思いつつ、ルーツィンデは無言で突き進む男のあとをついていく。使用人用だと思われる入り口から中に入ると、そのまま近くの階段を下りて地下へと向かう。
(なんで地下なのかしら……?)
しかし疑問を口にすることなく大人しく地下へ下りていく。
やがてたどり着いたのは完全密室の地下室だった。窓もなく、明かりは天井にある魔道具ひとつだけ。あまり使用されてないのか、隅のほうにはホコリも溜まっている。
そしてその部屋には一人の男がいた。
装飾がたくさんついている豪奢な服を着た男は、ここまで連れてきた男に対しなにやら合図を送る。すると案内した男は一礼して部屋を出ていった。
静かな足音が徐々に遠ざかっていく。
残された男はルーツィンデの全身をじっくりと眺めたあと、鼻で笑った。「こんな貧相な娘のどこがいいのだか」との呟き声。
(貧相で悪かったわね! 確かに胸は少し小さいかもしれないし、王女時代ほど肌の手入れとかしていないから仕方ないけど!)
心の中でそう反論しつつも、ルーツィンデは冷静に周囲を見回す。この部屋にある扉はひとつだけ。それはルーツィンデの背後にある。逃げ出そうと思えば簡単に逃げ出せそうだ。
(それにちゃんと魔法も使えそうだし……なんとかなるわね)
そんなことを思っていれば、「おい女」と、尊大な口調で呼びかけられた。ものすごくイラつく。
「……なによ?」
「アレクシス殿下はなぜかおまえのことを気に入っているようだが、おまえのような平民の女が王子と関係を持つなど浅ましい。殿下の評判に傷がつく。さっさと身を引け!」
……どうやらこの男はルーツィンデが魔女だとは知らないらしい。ただの平民の女だと扱っている。そのことは不本意であったが、魔女であると知られたとしても厄介なことになりそうだ。
それに平民と思われていようと、魔女であると知られていようと、次期国王であるアレクシスの隣に立つのはあまりよろしくない。平民だと身分差があるし、魔女だと魔女を軍事利用しようとしていると思われるかもしれない。
(でも……)
身分差にだって抜け道はあるし、ルーツィンデは魔女ではなくなるのだ。
じっと男を見つめると、「嫌よ」と口にする。
途端、男の笑みが深まった。が、目はまったく笑っていないどころか絶対に怒っている。どうやら怒れば怒るほど笑みを浮かべるタイプらしい。
「……殿下には婚約者がおられるのだぞ」
「それ本当? 彼から聞いたことないけど。……ああでも話さないのならその程度の存在ってことよね」
「口を慎め。平民が!」
「そうやって怒鳴れば萎縮して言うことでも聞くと思ってるの? 野蛮ね。あいにく、私はそんなふうにはならないから」
「うるさい! とにかく身を引け! 殿下が王位を継ぐのにおまえの存在は邪魔になる!!」
確かにそうなのかもしれない。抜け道があるとはいえ、調査されればルーツィンデの正体は知られる。彼が国王になるのを妨げてしまうのかもしれない。
でも。
「あなたに言われる筋合いはないわ」
「なんだとっ!?」
「こうやって私を呼び出しているけど、こうすることを彼は知ってるの? 知ってるはずないわよね? だからこんな人目につかない場所で恫喝しているんだもの。それ、臣下の態度としてどうなの?」
「うるさい!」
「さっきからいろいろ言ってるけど、なんなのよその態度。平民だからってそんなに威張っていていいの? さすがにそれはよくないんじゃない? 野蛮よ野蛮。そこらの平民よりあなたのほうがひどいわね」
「黙れこの女っ!」
男が手を振り上げた。さてどうやって対処しようかと考えていると、背後で勢いよく扉が開く音がした。
そちらを振り返れば、アレクシスの専属騎士であるランスロットがいて、蔑むような視線を手を振り上げる男に向けていた。
その後ろにはアレクシスがいて。
「イングストーン公爵、おまえを拘束する」
彼はランスロットに目配せをした。となるとアレクシスからしても、この男――イングストーン公爵は目障りな者なのかもしれない。
(だったらやっちゃってもいいわよね?)
ルーツィンデは素早く人差し指を振る。
途端、氷の鎖が現れたかと思うと逃げ出そうとしたイングストーン公爵の体に絡みついた。足首まできっちりと拘束したためか「うわっ!?」と声を上げてその場に倒れ込む。
なんとも言えない沈黙が地下室を包み込んだ。
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