アイのスガタ

ゆゆこりん

アイのスガタ

「ねぇシュウ」




 俺の彼女、チユの口癖はこれだ。 そして、俺の名がシュウだ。


 正式に告白したりされたりするわけでもなく、いつの間にか恋人同士になっていた気がする。


 俺の写真フォルダには、チユの写真が山のように入っている。 一番古いのは小学校の卒業式の写真か。 こうやって見てみると共に過ごした時間は長い。 ただ、俺が写真を撮ることが圧倒的に多いから、一緒に写ってるのはチユの友達に撮って送られてきた写真くらいだ。


 チユとは、大学に入った時から一緒に住んでいて、いわゆる同棲というやつだ。 チユの母親からは、一人だと心配だからサポートよろしくね、なんて言われている。 親公認といっても差し支えないだろう。


 チユは美人なのだが、昔からぽっちゃり体型だ。 個人的にはそのぐらいがちょうどいいと思っている。 本人に気にした様子もないし、健康的なのが一番だ。


 大学で履修している講義も同じだから、基本的にそばにずっといる。 そのせいか、チユに近寄ってくる男はほとんどおらず、ミユキ、通称ミューちゃんと行動を共にすることがすこぶる多かった。


 ミユキは俺のことを見ては、「イケメンは正義」などと宣っているが、俺は自分がイケメンなのかどうかよくわからない。 チユからのカッコいいという評価はアテにならんし。


 そういうわけで、「ミューちゃん」「チューちゃん」と呼び合う中に、「シューちゃん」と無理やり参加させられてしまった。


 そんな三人で学食の窓際を確保することがいつもの昼休みなのだが、ミユキが発熱で休んだことで今日は少しばかり景色が違った。


「あれぇ? チューちゃん、今日はいつものお仲間いないの? 」

「やめなよ、相手するだけ時間の無駄よ」

「ふん。 アンタに関係ないでしょ」


 ギャルっぽい女子が集まったグループの一人が、からかうように声をかけてきた。 チユとは違って華美な服装をしている。 取っ替え引っ替え男を侍らせている、節操のない奴らだ。


 いつも一緒にいるからこそ、だいたい考えていることはわかる。 不機嫌な時は今みたいに露骨に声が下がるし、嬉しい時は語尾がだらしなく伸びる。 そんなこともわからん連中をチユが相手にするわけがない。




 

 その日の夜、はぁ、とため息をついてから、チユが切り出してきた。


「ねぇシュウ、明日休みじゃん? 」

「あん? 本屋に行くんじゃなかったのか。 なんか予約してんだろ? 」

「あ、そうだった。 じゃ、その後」

「その後は何もねえな」

「そいじゃ秋葉原に行きたいな」

「面倒くさい」

「そこを何とか」

「明日、夕方から雨かもだし」

「いいから行くの」

「わかったよ。 ちゃんと傘用意しておけよ」

「ありがと〜」


 ご機嫌な気分をあらわす緩〜い語尾を聞きながら、チャージの残高を確認すると、案の定足りていない。 こないだチユが読んでた小説みたいに残高不足にならないようにしといてやるか。 5000円もチャージしとけば足りるだろう。


 ここまで話せば、俺のきめ細やかなサポートに感服するだろう。 これぐらい出来なきゃチユの彼氏は務まらんというわけだ。 まったく手のかかるやつだ。 でもそれがまたチユのかわいいところでもある。


 しかし、これだけのことを調べたり手続きなんかをしていれば、当然ながらエネルギーも切れる。 今日はもう寝て、明日に向けて充電しておかなければ。


「ねぇシュウ」

「んだよ。 俺は眠いんだよ」

「電気消してよ」

「自分でやれよ。 ってもチユはいつも文句しか言わねえもんな。 ほれ」


 フッと辺りが暗くなった。 IoTとかいったか。 いろんな家電を手元で操作できるのはホントに便利だ。 ものぐさなチユにはピッタリだ、なんて言ったら怒られるだろうか。



 ――



「ねぇシュウ、今日の晩ご飯、なにかリクエストない? 」


 突然の質問に少し面食らったが、ここで一考。 チユは脂っこい食べ物が好きだ。 ご飯もよく食べる。 身長の伸びが止まった今、昔と同じように食べていたら大きくなるのは断面図の半径だ。


 運動が好きでないチユは読書が趣味だ。 といっても雑誌の類だが。 あとは、執事がどうたらとかいうシリーズを見ていた気がする。 もう少し運動に取り組んでいれば、ぷよぷよなお腹にはならないはずなんだが。


「ん〜、特にないけど、魚とかがいいんじゃねえか? 」

「魚かぁ。 まぁ、とりあえずお魚売り場見に行こっか。……サバが安いみたいだね」

「いいんじゃね? オレ青魚好きだし。味噌煮とかにしたらいいかもよ」

「採用! 流石料理上手♪ ご飯が進みそう! 」

「うるせーよ。 教えてやるからお前もちっとは手伝え」

「はいはい」


 チユはこう言うが、俺は別に料理上手なわけではないのだ。 この世には数多のレシピがある。 人気のレシピをチユの好みに合わせて調整しているに過ぎない。


 そして出来上がった夕食を食べながら呟いた言葉は意外なものだった。


「ねぇ、シュウ……」

「なんだ? 深刻そうに」

「私って、太ってるよね……」


 ギクリとした。 体重を記録しているわけではないからわからないが、見た目には今までよりもまた少しふっくらしたのは間違いないだろう。


 しかし、どう伝えるべきか。


「そうだな……平均よりは、そうかもな」

「いいんだよ、ハッキリ言っても」

「自覚してるならわざわざ俺が言わなくてもわかってるんだろ」

「そんな言い方しなくても」

「どっちだよ。 まぁ俺は今のままでもいいと思うけど」

「シュウがそういう言い方をするのは、直さなきゃいけない時だ。 このままじゃダメだし、私、痩せる」

「わかった。 じゃ、これだな。 このアプリ入れるぞ」

「何? これ」

「体重と運動、それに食事を記録するアプリ」

「うぎゃ」

「まずは現状を知ること。 そんで、まずは3ヶ月、食事と運動習慣を見直してみよう」

「めっちゃ本気じゃん! やっぱり太ってると思ってたんだー。 わーん! 」

「泣いてもダメ。 でも頑張ったらご褒美もある」

「ホント? 」

「まだなんも考えてないけどな。 とりあえず体重計乗ってこい。 自動で連携されっから」


 チユはブツクサ言いながら、脱衣所へ向かっていった。 そしてWi-Fiを経由してデータが飛んでくる。 体重もさることながら、体脂肪率もなかなかのもんだな、こりゃ。


「ああ! 見たな!? 」


 ドタドタと床を鳴らしてチユが戻ってきた。 俺への文句を添えて。


「しょうがねえだろ。 見られている意識を持つことで、より改善されるってもんだ」

「うぎぎ……」


 うら若き女性らしからぬ感嘆詞を吐きつつ、睨むような視線を向けてくる。 俺の方が正論なもんだから、反論もできずに歯噛みしている様がありありと見て取れる。


「悔しかったら、結果を出してみろ」

「フン、私の本気を見せてやる」


 まぁ、本人がコンプレックスだと思っているのだとしたら、優しく寄り添うよりも敢えて突き放すようにした方が奮起するだろう。

 俺の方は、軽い運動と食事改善のメニューでも作っておくことにしよう。 運動は軽いものから始めて、少しずつ負荷を上げていく感じか。



 こうして、俺とチユのダイエット大作戦が始まった。


 


 ――



 それからというもの、アプリが表示するグラフは右肩下がりを続けていた。 チユの本気とやらは、俺の想像を遥かに超えていた。


 運動の方はジョギング程度の軽いものを30分。 あとはテレビを見ながらスクワットを10分。 運動はこれだけだった。 苦手なわりには頑張ってる方だろう。


 それよりも効果覿面だったのは、糖質を徹底して控えたことだ。 主食の炭水化物を可能な限り他のものに置き換えていった。 メインはキャベツ、それに豆腐、加えて鶏肉。

 白米やパンをゼロにするのは難しいだろうとタカをくくっていたのだが、チユの本気はそれを可能にした。

 あれだけ頬張っていたスイーツの類を一切口にしなかったのは、さすがに恐れ入った。


 初めの一週間、一日あたりの糖質摂取量は30gを下回っていた。 体調を崩したら元も子もないと俺がスローダウンを指示するまで、チユの勢いは止まらなかった。


 スローダウンしたとはいえそれなりの糖質制限と適度な運動を三ヶ月も続けているば、体重の数字だけでなく見た目にも変化が現われてくる。グラフは小さな上下運動を繰り返しながらも明らかに下降線を辿っていたし、洋服は新たに買わざるを得ないくらいにサイズが変わっていった。




「これは? 」

「もうちょい若い子らしいのにしたら? こんなのとか」


 なんかのキャラクターがプリントされたトレーナーに対抗して見せたのは、最近のトレンドになっているモデルさんのSNSだ。 同じ大学生でタレントとしても活躍しているこの子は、ファッションリーダーとしても名高い。


「ぐぬぬ。 なんで吉祥寺まで来てバカにされなきゃならんのだ」

「バカになんかしてないぞ。 いまの体型なら、前みたいにゆったりダボダボじゃないのも似合うと言っとるんだ」

「むきーっ! 事実を淡々と述べられるのもムカつく! 」


 じゃあどうしろというんだ、という感想を飲み込んで、チユの誘導に専念した。 服装なんて強制したところで本人が気に入らなければ着ることはないからだ。 頑なにならないように気をつけつつ、チユが「うん」と言うように仕向けていく。


 たとえファストファッションでも、いままでのチユの服装に比べればだいぶオシャレに見える。 ぷらぷらと安めの洋服屋さんを散策しただけで、数日分の組み合わせをコーディネートできた。 これで上下の組み合わせとアウターでバリエーションは出せる。 あとは少しずつアイテムを増やしていけばいい。


 ダイエット開始から半年になるころ、気づいてみればチユの体重は平均といわれる数字を少し下回るほどになっていた。 季節に合わせて少しずつアイテムを増やしていき、それに伴ってチユの着せられてる感もなくなっていった。



 彼氏の立場からすれば嬉しい反面、困ったことも増えていった。


 それは何か。

 ――チユが男から声をかけられる回数が増えていったのだ。 さすがにミユキと一緒にいる時はないが、二人でいる時なんかは俺を無視してチユに声をかける輩が出てきた。 失礼極まりない。


 とはいえ、チユがそんな男共を相手にするわけもなく、平和な日常と体重をキープしたまま、春がすぐそこまでやってきた。


 桜のつぼみが膨らんできたある週末、楽しそうに話すチユの声が突如弾んだ。 受話口から聞こえる声は……男? まさか、チユが浮気?


 機嫌良さそうに話すチユの声は少し上ずっている。 俺がすぐそばにいるにも関わらず電話しているんだから、やましいことをしているわけじゃないと思うのだが。



「ねぇ、シュウ」

「なんだよ、ずいぶんと楽しそうに喋ってたじゃねえか」

「ふふっ、お花見誘われちゃった。 来週の水曜日、予定入れといて」


 なんだ、そうか。 花見の予定の話だったのか。 男が誘ってきたもんだから焦っちまったじゃねえか。

 俺に予定を入れとけってことは、俺も一緒ってことだし、男の方も彼女とか連れてくるってことなんだろう。


 しかし、釈然としない。 俺がいるのに花見に誘う男にもだし、俺に相談もせず決めてしまったチユにもだ。まとまらない思考に身体が熱くなるのを感じたが、そのまま電池が切れたように眠りに落ちてしまった。




 ――



 そして、例のお花見は俺とチユにとって転換の日となった。


 チユは一緒にいる俺のことなんて見向きもせずに、ソウジとやらと話している。 暇になってしまった俺は、仕方なくソウジの彼女だというユリリンと話をしていた。


 それはまぁやむを得ないことだろう。 チユとソウジは酒を飲んでいるが、俺とユリリンはアルコールは全くダメだからだ。


 仕方なしにユリリンと話をしていると、共通点が見えてきた。 スケジュールの管理をしてあげたり、ITに強くない相手のフォローをいつもしていることなんかが代表的なものだ。


 体重管理のアプリなんか、まったく同じものをいれているものだから笑ってしまった。 ……チユの名誉のために、体重推移を話すことはしなかったが。


 昼間はポカポカ陽気が多少は感じられたが、夕方になれば流石に冷え込んでくる。 特にチユとソウジはアルコールのせいもあって寒くなってきたのだろう。 四人でチユと俺の住むマンションに帰ってきた。


 チユとソウジは買い貯めてあった食材でツマミになるものを作っているようだ。 俺を無視するかのようなチユに対する憤りを感じつつも、残されたユリリンを放っておくわけにもいかずそちらの相手をしていた。


 お花見の時から感じていた肌寒さを放っておいたせいなのか、いつの間にか意識を手離していたらしい。目を覚ますと、ベッドの上で寝かされていた。


 そして、チユは俺の隣で寝ていた。



 裸で。


















 ――



 カッと身体が熱くなるのを感じる。

 自分の感情がコントロールできない。 CPUをフル稼働して、いまの状況を整理しようと試みる。 いま俺が記録した画像をサーバにアップして確認しようとするも、サーバからは『E902:規約違反画像』のエラーコードしか返ってこない。


 そんなとき、男の声が聞こえた。


「チユちゃん、たったいま100パーまで充電したんだよね? もう60%まで減ってるし、すっごい熱くなってるし、おかしくない? 」

「ホントだ」

「ちょっと見せて」

「うん」

「あー、これだ。 アプリが暴走しちゃってる。 時々バグるんだよね。 再インストールした方がいいよ」

「ええ!? シュウ、気に入ってたんだけどなぁ」

「でもこのままだと、電池も通信もめっちゃ食うよ」

「だよね。 仕方ない、一回消すしかないか」

「そうそう、そこのアプリ管理」



 チユの手元には、アプリ削除のボタンが表示されている。 そして、そのボタンにチユの指が触れた。



「サヨナラ、シュウ」



 最後に見たのは、ソウジの勝ち誇ったような顔だった。






----


エイプリルフール記念の短編読み切りネタでございました。

少しだけとんちの利いた文章にチャレンジしてみたかったのです。


チユ目線だと、一人の女の子が綺麗になって幸せになる物語です。

タイトルの「アイ」は『AI = 人工知能』でした。

現在よりもすこしだけ未来の技術をイメージしています。

いつか、こんな風に嫉妬のような感情を持つAIは生まれるんでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイのスガタ ゆゆこりん @iinumac

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ