第3話 魔術の基礎
帝都行きの馬車の中、俺は道中で買ったパンを片手に魔界開拓者アカデミーとやらの願書を眺めていた。
記憶がごっちゃになっているせいで家では混乱してしまったが、ある程度時間を掛けたこともあってようやく状況を整理できた。
魔界開拓者――それはいわゆる異界を開拓する帝国管轄下の軍事組織で、俺はそれを育成する学校を受験している最中らしい。
一見、前世から存在した冒険者という職業と似ているが、あっちは各国から独立した組織が管理するお抱え傭兵のようなもの。
開拓者は名前のイメージに反して、バリバリの軍事組織らしいからな。
だから……どちらかというと、騎士や衛兵に近い立ち位置とも言えるだろう。
そして、転生した俺がまずやるべきことはそんなアカデミー二次試験の突破である。
邪龍の封印もこの目で確認しておきたいところだが、マナのリミッターを外さなければ確認や対策どうこうの話ではないからな……。アカデミーで修行するのが手取り早いというわけだ。
それに、俺の記憶に邪竜に関する情報が何一つない時点でまだ最悪の状況にはなっていないだろう。余裕をこくことはできないが。
さてと、肝心の二次試験の内容だが、願書によると実技70%と筆記30%という構成になっている。
流石は軍事組織育成学校とだけあって、重視されているのは知識よりも戦闘能力のようだ。
これは俺にとってかなりの好都合と言えるだろう。筆記試験はセブンの記憶に全て頼るしかないが、実技ならば工夫次第でどうとでもなるからな。それに自身の実力把握もできて一石二鳥だ。
問題があるとすれば……この驚異的な倍率だな。
入学志願者は合格者の約30倍、二次試験まで絞ってもまだ約10倍の人数がいる。要するに10人に1人しかこの二次試験を突破することはできないということだ。
今の時代じゃ、こんな危険な職業が人気なのか……? あるいは、組織側が危険性ゆえに合格者数を絞っているだけかもしれないな。
とにかく10倍だがなんだか知らないが、この試験を突破しなければ話は始まらない。魔界とやらにも興味はあるし、乗りかかった船から無理やり降りるのも野暮ってもんだ。
「乗客の皆さまにお知らせします。この辺りで20分ほど馬の休憩をさせていただきますので、それまで一旦解散といたします。20分後にまた、この馬車に集合してください」
巷で馬車ガールと呼ばれる添乗員の女性はペコリと頭を下げる。そしてそれを合図に、数人の客が馬車のから降りて外の空気を吸い始めたのだった。
「……俺も降りるか」
願書をカバンの中に押し込み、外へと飛び出して解放感を全身で受け止める。
川岸というだけあって景色も中々にいい、こんな場所でご飯とか食べられたら最高だっただろうな。
……馬車の中で弁当を貪った数時間前の俺を殴り飛ばしたい気分だ。
――せっかくだし、魔術の修行でもしておくか。
ぶっつけ本番で実技ってのはいくらなんでも分が悪すぎるし、自身の活性マナにどれだけのリミッターが掛けられているかくらいは把握しておきたい。
そう思った俺は、馬車から少し離れた川岸へと歩き初めたのだった。
☆ ☆ ☆
この世界のありとあらゆる物質に含まれる中性原素“マナ”、それらが互いに反応し合うことで起きる超常現象を人々は魔法と呼んだ。
魔法とはいわば万能反応。炎、水、風、光などありとあらゆる物質や現象を一時的に生み出す現象だった。それゆえに俺の時代の人間はその魔法を操りたいと考え始めたのだ。
そして100年にも及ぶ長い研究の末、マナを体系化された技術によって操作し、魔法を発動させることに成功したのだ。それを人々は――魔術と名付けた。
というか名付けたのは俺だ。
セブンの記憶が混在しているせいか、俺自身がやったことと伝承が曖昧になってしまっているな。
この時代では、『星虹の魔導師』とやらは魔術の創始者として扱われているが、実際はそうじゃない。
俺は飽くまでも今までの研究をまとめて魔術の基礎を確立させ、それを弟子に受け継いだだけ。何が原因かは分からないが、それが過大評価されているらしい。
さて……下らない回想はおいておくとして、実践してみるとするか。
まず魔術を唱える以前に、魔法を発動させるには必ず必要なものがある。
それが“魔法の触媒”と言われるものだ。これがなければそもそも魔法が発生しないからな。
幸い、この時代には様々な触媒によって調合された『魔法の発動体』なる腕輪があるが、俺の時代では魔術の属性ごとに触媒を用意し、持ち替えてたりしていたな。
そして肝心なる魔術発動だが、これには4つのプロセスが必要だ。
1.マナ誘導
2.属性指定
3.想像構築
4.具現化
これらの処理を順に行っていけば、たとえ活性マナが少ない人であっても、最低限の魔術は唱えられるようになっている。
一見、感覚次第のようなプロセスだが、感覚や慣れが必要なのは最初のみ。その他は全て術理によって構築されている。
ゆえに、魔術とは感覚や雑念によって行使するものではないのだ。
俺は静かに息を吐きだすと、頭の中を真っ白にしてゆっくりと前に右腕を伸ばす。
そして全身の活性マナの流れを掴み取ると、腕にマナが集まるようコントロールした。
《
《
《
《
空っぽになった頭の中でその処理を的確に行っていくと、俺の目の前で火花が飛び散り、人の顔くらいはありそうな火球が現れた。
そしてそれを川に向かって発射すると、火球はジュッと派手な音を鳴らし、煙となって消えていった。
「なるほど……
どうやらセブンは本当に魔術が得意だったらしいな。
頭さえ真っ白にすれば誰だって魔術は唱えられるが、逆に頭の真っ白にするような集中力がないと魔術は極められない。それがこうも簡単にできるとは、我ながら中々の逸材だ。
今回は修行ということもあって、ゆっくりと処理していったが、戦闘中だとこれを1秒以内にやってみせなければならないからな。気を抜いてはいけない……。
そう思って、今度はかつて自身が得意だった光魔術を発動させようとしたその時――ふと俺は違和感を覚えた。
そして手首に視線を落とし、そこで俺はようやく気づいたのだった。
「光属性の触媒が……入ってないだと?」
よく確かめてみると、魔法の発動体と呼ばれたその腕輪には、6つの基本属性である火、氷、風、雷、光、闇、のうち光と闇の触媒が入っていなかったのだ。
おかしい――確かセブンの記憶では、基本の魔術を発動するならばこの魔法の発動体のみで事足りたはずだが……。
まぁ、ないなら作ればいいか。
特に疑問にも思わなかった俺はフッとため息を吐き出すと、川岸に生えている花をいくらか採取する。
光属性の触媒となるものは主に生命系物質、いわば植物や作物のようなものだ。だが厄介なのは、これらのほとんどが土属性の触媒にもなりえるという点である。
魔術の発動自体には、複数の属性を持つ触媒を利用してもなんの問題もない。
だがこれらの触媒は、単属性の触媒と比べて、マナの反応速度が低下してしまう傾向にある。
そのため、できれば光属性のみを持つ触媒を使ったほうがよいのだ。
でもそんな優秀な触媒はあまりないのでは? と昔はよく聞かれたが、案外そうでもない。
今、俺の手元にあるこの小さな白い花――ハクコウソウは光属性の触媒として有名だ。しかも森や川岸にならどこでも採取可能な花だ。
たとえ触媒をどこかになくしたとしても旅先で簡単に採取できる、そういう意味でこのハクコウソウは重宝されていたのだ。
そんなわけで俺は残りの休憩時間を使って、このハクコウソウをすり潰し、小さな袋に入れたのだった。発動体の中に入れるのはまた今度にして、ひとまずはこれで代用するとしよう。
効力は次の休憩時間にでも試してみるとするか……。
魔界を探検しませんか? ~邪龍を倒すため転生した最強魔術師は、異界の開拓者となる~ 井浦 光斗 @iura_kouto
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