第2話 記憶の混在

 眼を開けるとそこには知らない天井があった。

 クリーム色の壁、少し硬めの白いベッド、白い机やクローゼットなど最低限の家具が置かれた天井と床以外、全て白づくしの部屋……。


 いや待てよ、よく考えたらここっていつもの見慣れた俺の部屋だよな? なんでこんなに新鮮に感じるんだろう。

 俺はルーンスタ子爵家の四男のセブンで、星虹の魔術師のオルガで、ってあれ? 俺はオルガなのか、セブンなのか?


 自分が何者か急にわからなくなり戸惑っていたその時、俺の頭に一筋の閃光が駆け抜けていった。

 そして次の瞬間、今まで経験したことないはずの記憶が湧き水のように溢れ出していき、頭がキリキリと痛み始める。


「うっ……、俺は、俺はぁ……!?」


 頭の激痛と記憶の混乱に耐えること十数分、ようやく頭の中の霧が晴れ、意識が澄み渡るようにクリアになっていった。

 そしてその時、俺は確信したのだ。自分の前世はオルガ=アルバートであり、この器に転生したのだと。


 突然としてとてつもない量の記憶を思い出したものだから、頭の処理が追いつかなかったのだろう。

 転生とは他人の身体や意識を乗っ取る魔術ではない、記憶とマナを未来に引き継ぐ魔術だ。

 つまり、欠落している部分はあるもののオルガとしての記憶を思い出した時点で転生は成功といえるな。


 さてと、また混乱を起こさないように今の状況を整理しようじゃないか。

 俺の名前はセブン=ルーンスタ、オルガ帝国の下級貴族であるルーンスタ子爵家の四男である。現在は16歳であることを考えると、記憶の覚醒は大分遅かったみたいだな。


 そして現在はオルガ暦1259年の2月。

 暦の仕組みが変わっていないのであれば、ここは前世から約1300年くらい時が経過した未来となるだろう。なにせ、オルガ暦などというふざけた名前の暦は知らないからな。


 オルガ暦にオルガ帝国か……名前そのものにツッコみたいところだが、これは置いておくとしよう……。気になるのはむしろ貴族制のほうだ。


 前世にて、俺らの国は皆平等の精神を重んじて、階級制度などは全くといってもよいほど重視していなかった。

 だからそもそも貴族制があるということに驚きが隠せないのだが、どうやら俺の家はこの辺り一帯を統治している領主のようなものらしい。


 ちなみに子爵という階級は貴族において下から二番目、お世辞にも偉いとは言い難いが、少なくとも平民よりは高い身分だ。

 ハッキリ言って、俺にとって身分など心底どうでも良いことだが、動きやすくはあるかもしれないな。


「それと問題なのは……文明だな」


 まずセブンの記憶には前世の俺では考えもしなかった光景が数多くしまわれている。


 例えば建築様式、オルガの時代では石造建築主流だったのが、いつの間にか材料は木や鉄に置き換わっている。壁の材質などはもはや見たことがない。

 しかし、その一方で直感的に魔術が退化しているような気がした。前世では魔術で行っていた家事は全て手作業、おまけにマナで動く魔動機関は存在せず、畑作業も運搬作業も全部人の手。


 セブンにとっては当たり前だったが、前世の文明とは明らかに違っている。

 これはあれだな……俺がいなくなってから転生するまでの間に大規模な戦争でも起きたな?

 残念ながらそのような戦争はセブンの記憶にはないが、後で確認しておくとしよう。


 ってそうだった。邪龍がちゃんと封印されているかどうかも調べないと――



「おい、セブン! いつまで寝てんだ、って起きてたのかよ」



 その時、俺の部屋のドアが開き、ルーンスタ家長男のガイスが嫌そうに顔を覗かせた。

 刹那――本能的に俺の身体に寒気が走り、思わず身震いしてしまう。


 どうやら俺はこの長男が苦手……、いや大がつくほど嫌いのようだな。


「マナ欠乏者のくせに怠けやがって。起きてんなら、早く降りてこいよ」

「あっ、うん。分かった」


 それだけ言うとガイスは舌打ちして勢いよくドアを締めたのだった。


 見た目や態度の時点で確かに嫌いだが、俺はどうしてコイツをこんなにも嫌っているんだ……?

 必死に思考を巡らせること十数秒、前世の俺には考えられない1つの結論にたどり着く。


 魔力保有量マナキャパシティ至上主義、それが全ての原因らしい。

 どうやら現世では魔術師の実力ではなく、魔力保有量マナキャパシティすなわち魔術として利用できるマナをどれだけ身体に宿しているかで優劣がつけられるらしい。


 前世の俺にしてみれば「はぁ?」の一言である。

 百歩譲って、何かしらの実力や権力によって優劣がつけられてしまうのはまだ分かるが、魔術の実力や才能でもなく魔力保有量マナキャパシティのみで優劣がつけられるだと? 


 それはつまり、マナという“お金”のようなものをどれだけ持っているかで人生が決まるということと同義、これがどれだけ無茶苦茶なことを言っているか分かるだろう。


 金が全てならぬ、マナが全て――前世じゃ考えられない価値観だな。

 ちなみに貴族の跡取りも大体魔力保有量マナキャパシティによって決められているらしい。


 そもそも魔力保有量マナキャパシティで全てを決めると、生まれた時点で優劣がついてしまうし、ちゃんとした努力が反映されなくなってしまう。

 前世にはマナが少なくても優秀な人材は腐るほどいたというのに……泣けてくるな。


 それで、俺は転生前にマナにリミッターを掛けたことで使用できる活性マナの量を少なくしている。

 つまり、魔力保有量マナキャパシティが少ないってことだ。


 なるほどなと合点がいったところで、俺は部屋を出て父の待つリビングへと向かった。

 リビングにはすでにガイスを始めとした次男と、三男の姿もある。そして彼らは俺の姿を見るやいなやクスクスと笑っていたのだった。


「おっ、セブン。ようやく起きたか……。全く帝都へ出発する当日だってのに相変わらずだな」


 一方でルーンスタ家当主にして俺の父テッドは、にこやかな笑顔で俺を迎え入れてくれた。

 母を幼い頃になくしてから、俺たちはテッド一人に大切に育てられてきた。現世の記憶では、俺は相当彼に感謝しているらしい。


「ほらよ、荷物だ。量はちょっとすくねぇが、私服や下着とかは新品のもの用意してやったから安心して着な」


 そう言って、テッドは俺に少し大きめの鞄を押し付けてくる……。

 ってちょっと待て――なんで俺は帝都に行くことになってるんだ? まさかとは思うが早速追い出されるのか俺は?


「父さん、これってどういうこと?」

「どういうことって――お前『魔界開拓者』の二次試験を受けに行くんだろ? その荷物だよ」

「魔界開拓者……?」

「おいおい、大丈夫か? お前が憧れていた魔界開拓者アカデミーの試験だよ」

「あ、あぁ! そう言えば、そうだったね。アハハ……」

「全く寝ぼけ過ぎだ。魔力保有量マナキャパシティが少ないから不憫なこともあるかもしれないが、ルーンスタ家で一番魔術の才能があるお前のことだ。全力を出せばきっと受かるから、しっかりやって来いよ! それと無事試験突破したら報告してくれ、離れてても父さんが祝ってやるからな」


 テッドが言っていることはまだなにひとつとして理解できていなかったが、俺はその場しのぎの愛想笑いを浮かべて重い鞄を受け取った。

 魔界開拓者――物騒な名前だがどうやら今の俺はその職業(?)につくため、試験を受けている身らしい。


 魔界、開拓者、前世では聞いたこともない単語を連ねられ混乱する中、俺はその場で再び記憶の中を探る。


 今までの記憶によると、どうやら十数年前に別世界へと通じるワームホールなるものが発見されたらしく、その異世界は通称“魔界”と呼ばれているらしい。

 そしてその魔界に新たなる資源や技術を求めて、探索に行く部隊を人々は魔界開拓者と呼んでいる。


 つまり今の俺の状況を纏めると――


魔力保有量マナキャパシティが少なく、四男である俺は間違いなく子爵家を継ぐことはない。

・覚醒前の時点で、魔術の才能は兄弟の中で一番優れているらしい。

・魔界という未知なる世界に憧れ、魔界開拓者になることを夢見ている。


 こういうことらしい。

 そもそも魔界というもの見たことがないからなんとも言えないが、俺は相当危険なことをやろうとしているみたいだな……。


 だが危険に身を埋めたほうが魔術が成長するのも事実。

 それに魔力保有量マナキャパシティ至上主義の信者たちに縛られる生活を送るくらいなら、魔界を開拓したほうがまだマシというものだ。


「それじゃあ、行ってきます」

「おう! 頑張ってこいよ!」

「達者でなマナ欠乏者、二度と帰ってくるんじゃねぇぞ!」

「「そーだ、そーだ!」」


 そんな父親の激励とクソ兄弟たちの罵声を背中に受け、俺はルーンスタ家を出たのだった。



 成り行きで家を出てしまったが……本当に大丈夫なのだろうか。

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