魔界を探検しませんか? ~邪龍を倒すため転生した最強魔術師は、異界の開拓者となる~

井浦 光斗

第1話 転生

「本当に――行ってしまわれるのですね?」

「ああ……」


 別れ際、悲哀が差し込んだ表情を浮かべた一番弟子の前で、俺は声を絞り出すようにして静かに頷いた。


 来世に自身の記憶と身体に保有しているマナのみを受け継ぐという大規模な魔術――転生魔術の準備は終わり、残すは発動させるのみだ。

 しかしどういうわけか、全身は鉄鎧でも身につけているかのごとく重々しく、思うように動かせなかった。


「まさか、こんな最後になるなんて……。あの野郎、絶対に許さねぇ!」

「うぅ、師匠……師匠っ……」


 四人の弟子は怒りや悲しみの感情をあらわにしながら、俺のことを見送ろうと集まってくれていた。

 本当に俺思いで優しい弟子たちだ。できることならば、俺が命尽きるその時まで魔術の真髄をしっかりと教えてやりたかった……。


 だがいつまでも彼らとの別れを惜しんでいるわけにもいかない。


 転生魔術の魔法陣が描かれた台座の奥、そこにはこの世界を破滅へと導こうとした邪龍の亡骸があった。

 いや、亡骸と言っても本当に死んでいるのではない。一時的に生命活動を停止させている、すなわち仮死状態にする封印を施してあるだけだった。


 つまり、いずれは必ず復活しうる存在なのである。


 単刀直入に俺たちは邪龍を倒すことはできなかった……。

 僭越ながら俺は皆から世界最強の魔術師と呼ばれていた。しかしそんな俺は、異界から現れたこの邪悪で強大な敵を滅ぼせなかったのだ。

 そしてそれは間違いなく俺の失態である。俺の慢心が――未来の破滅を導いたのは紛れもない事実。


 あんなもの・・を放置したままこの世を去るなど、無責任にもほどがあるってもんだ。


「師匠、今までありがとうございました! そして、未来でも……どうかご武運を」

「ありがとうな……お前たち」


 俺は今までともに時を過ごしてきた弟子たち四人の姿をしっかりと目に焼き付けた。

 未来で生まれ変わったとしても絶対に忘れはしない、そう思えるようにしっかりと心優しき弟子たちの顔を記憶に収める。


「さて俺から最後のお願いだ。『炎帝』アイギーラ、そなたは生き残った人々を導き、皆が平和に暮らせるような国を再建してくれ」

「はっ、承知いたしました!」


「『氷魔』グレイ、そなたは邪龍が残していった異形なる者たちを一匹残らず、世界から排除してくれ」

「……ああ、この身を滅ぼそうとも駆逐してやる」


「『風神』ミオ、そなたはアイギーラの手伝いをしつつ、後世に邪龍の言い伝えを残し、知識を沢山の人々に広めてくれ」

「ぐずっ……は、はいっ!」


「『雷豪』ヴァサル、そなたはこの場所に間違ってでも人が足を踏み入れぬよう強力な結界を張ってくれ」

「……承知いたしました、師匠」


 一人ひとりに俺のやるべきだった仕事を託したところで、俺はゆっくりと身を翻し、紫色の輝きを放つ魔法陣と向き合った。

 転生のチャンスはこの地にマナが集約している今しかない、今を逃せば少なくとも100年以上はこの魔術を起動することはできないだろう。


 ――行くか、未来の世界へ。


 やらなければならないことは全てやった、後は転生した先のことを考え、自身のマナにリミッターを掛けておくことぐらいだろうか。


 右腕にマナを滾らせると俺はその熱を帯びた手を自分の胸に優しく当てる。

 刹那、俺のマナの一部は急激に減速していき、まるで凍りついたかのように動かなくなってしまった。


 これをしておかなければ、生まれた瞬間に膨大な活性マナが赤子に注がれ、その柔らかい身体は一瞬のうちに爆散してしまうだろう。

 そんなことになれば――俺の悲願である邪龍討伐も叶わなくなるどころか、未来の誰かを死へと引きずり込むことになる。


 逆にこれさえしておけば、何事もなく転生できるはずだ。

 魔術理論は確立させ、魔法陣も間違いなく記述した。些細なミスすらも存在しないだろう。


「では、俺はそろそろ行く」

「「「師匠ッ!!」」」


 皆が駆け寄ってくる足音が背後から聞こえるが、俺はもう振り返らなかった。

 ここで振り返れば、恐らくもう俺はこの魔法陣に足を踏み入れられなくなってしまうだろう。



「お前たち……俺を師匠にしてくれて、ありがとう。達者でな」



 俺が涙を流すことはなかった。

 ただ薄っすらと笑みを浮かべたまま、世界最強と言われた『星虹の魔術師』オルガ=アルバートは、魔法陣が生み出す紫の世界へと足を踏み入れたのだった。

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