第63話 死が二人をわかつまで

 ラグナルの家に戻ってきて一息つく頃には、すでに夜が明け始めていた。

 俺とアトリは離れに戻ってきて、お互いのベッドでぐったりと突っ伏していた。


 ジャファルの屋敷を抜け出す際、俺もアトリも馬車馬のように働いていた。

 アトリはラグナルを始めとした瀕死者の治療で必死だったし、俺のほうは逃走中に人目につかないよう『魔力感知』で常に気を張り続けていた。

 ラグナルの家に戻ってからも休める状態ではなく、アトリは重傷者の治療を続けていたし、俺もラゴスに応急処置ができるやつを集めさせたり、目覚めたミーシャとクーファに事情を説明して協力を仰いだりと、とにかく色々大変だった。

 諸々引き継いでようやく休める時間を確保できたのだが、疲労のあまりベッドに突っ伏していたというわけだ。

 そんなわけで、あれからアトリとはちゃんとした話し合いの時間を取れていなかった。


 正直、このまま眠ってしまいたい気持ちもあったが……俺は気力を振り絞って、上体を起こした。


「アトリ、ちょっといいか?」

「……ふぁい」


 眠そうな声で返事をしてから、アトリも身体を起こして俺に視線を向けてくる。

 こちらを見つめる瞳に、申し訳なさそうな色が滲んでいるあたり、これからする話の内容に関して予想がついているのだろう。

 俺は咳払いをしてから、話を切り出す。


「一応、確認させてくれ。お前、俺がお前を切り捨てるように仕向けたな?」

「……はい」


 アトリは意外にも素直に、俺の質問にうなずいた。

 俺が黙って続きを待っていると、アトリはとつとつと話し始める。


「セツナももう、十分わかったでしょう? わたしの存在はセツナにとって邪魔にしかなりません。セツナにはもうラグナルさんやミーシャさん、クーファさんがいます。兎耳種ラビリス猫目種キャトラスも味方になってくれるでしょう。わたしをかばって厄介事を背負い込む必要なんてないんです」

「……厄介事?」

「そうです。『虚無の因子』をかばうなんて、勇者にとって厄介事でしかありません。セツナは優しいから、弱い立場の人間を放っておけないのはわかります。でも……セツナがわたしをかばう度に、セツナの立場が悪くなってしまいます。わたしはそんなの、耐えられないんです」


 アトリが思いを吐き出し切るのを待ってから、俺は切り返す。


「言いたいことはそれだけか?」

「……は、はいっ」

「なら、俺の言い分を聞いてもらおうか」


 前置きしてから、俺は口を開く。


「確かに、俺はお前の立場に同情して、それがお前を助ける最初のきっかけだった。でもな、そんなもんはきっかけに過ぎねえ。俺が今、お前を守りたいと思ってるのは……俺には、お前が必要だからだ」

「考え直してください、セツナ。ギルド長……イヴリスも言っていたでしょう? あなたが望むなら、わたし以上の魔法使いや、あなた好みの女の子だってあてがってくれるはずです。だから……領主殺しの罪は、わたしだけに着せてください」

「……ふざけてんのか?」

「わたしは本気です。領主をーーそれも武功八傑を殺されたとなれば、帝国は間違いなく黙っていはいないでしょう。いくら勇者といえど、ただで済むとは思えません。ですから……」

「お前を身代わりとして差し出せ、ってか? そんなもん、クソ食らえだ」

「ですが……っ」


 アトリが抗弁してこようとするが、俺は手を突き出してそれを止めた。


 ……ったく、ラグナルといいアトリといい、頭の回るやつってのはどうしてこう人の気持ちを考えられんのだ。

 と言っても、どれだけ言葉を尽くしたところで、人の本気なんて相手に伝わりはしないだろう。

 俺だって、アトリが俺のことを真剣に考えてくれていると理解はしても、納得ができない。だからこうして平行線を繰り返しているのだ。

 ならば……ここは、強引に納得してもらうしかないか。


 念のため、俺は『鑑定』で自分をる。


     セツナ・クロサキ

     種族:ヒューマン

     クラス:勇者(タイプ:暗殺者)

     状態:正常

     レベル:22

     魔力:112/350

     スキル:

      鑑定(レベル:9)

      超暗殺術(レベル:3)

      隠密(レベル:3)

      魔力感知(レベル:4)

      俊敏(レベル:3)

      闇魔法(レベル:3)

      言語理解(レベル:9)

      短剣術(レベル:2)

      剣術(レベル:2)


 期待通りの結果を確認してから、俺はアトリに視線を戻す。


「……確か闇魔法のレベル3に、条件を満たすと自分を殺す魔法があるって言ってたよな」

「『コンディショナル・スーサイド』のことですか? それがなにか……」

「なるほど。そういう名前なのか」

「えっ。セツナ、まさかーーっ!?」


 アトリが慌てて俺を止めようとするが、遅い。


「コンディショナル・スーサイド」


 言葉とともに俺の魔法が発動し、俺の意志のこもった魔力が胸に灯る。

 一瞬だけ心臓がきゅっと締まったような感触のあと、魔法が成った実感だけを残して消えていく。

 アトリが青ざめた表情でベッドから立ち上がり、俺の両腕にしがみついてくる。


「なっ、なんてことを……呪詛系の解呪は、わたしの光魔法レベルじゃできないんですよ!? いったいどんな条件を……!? というか、今すぐ教会に行って解呪してもらわないと……!」

「やなこった」

「子どもですか!?」

「あぁ、そうだ。俺はただのクソガキだよ」


 開き直ってにやりと笑い、俺は続ける。


「俺はお前の言うような、『弱いやつを見過ごせない優しいやつ』なんかじゃねえ。好き嫌いだってあるし、ただ弱いからってだけで誰にでも肩入れする気もねえ」

「なら、どうしてわたしを助けてくれるんですか……?」


 本当に不思議そうに問い返されてしまい、俺は思わず頭を抱えそうになった。

 ……まぁ、森を出てからまともに二人で話す時間も取れなかったし、仕方がないか。

 気恥ずかしさをごまかすためにアトリから視線を外してから、俺は言う。


「……コンディショナル・スーサイドの条件だがな。お前が死んだら俺も死ぬ、ってことにしたから」

「え……? それって、どういう……」

「だ、だから……お前が死んじまったら、俺には生きてても意味ないんだよ」


 言ってから、アトリの顔を横目で見やる。

 俺の言葉の意図を正確に理解したのか、見る見る内にアトリの顔が赤く染まっていく。

 …………どうやら、今度こそちゃんと伝わったみたいだな。


 アトリは照れと怒りで顔を真っ赤にしながら、俺の胸に人差し指を突きつけてきた。


「ば、バカじゃないですか!? そんなことのために、勇者の命をかけるなんて……意味不明すぎます!」

「お前こそ、勇者なんてくだらねえことのために自分の命張ったじゃねえか!」

「ち、違います! わたしは勇者じゃなくて、セツナを守りたくて……! そ、それに、わたしの代わりなんてギルドが用意してくれるって言ってるじゃないですか!」

「だから……俺にとって、お前の代わりなんかいねえって言ってんだよ!」


 言い切って、気恥ずかしさのあまり再び目をそらす。

 だがアトリが俺の両頬に手を添え、俺の顔を正面に向けてしまう。

 アトリは顔を赤くしながら、潤んだ瞳を俺に近づけてくる。


「……セツナ。洞窟でした約束、覚えていますか?」

「お前を守るってやつか?」

「そっちじゃなくて…………その、即全滅の危険がなくなったら、わたしをもらってくれるって……」

「…………」


 そういや、そんな約束してたな。

 それどころじゃないほどバタバタしてたので、すっかり忘れていた。

 ……………………って、その約束を持ち出すってことは、まさか……


「……もう、ここは安全ですよね?」


 アトリは顔を真っ赤に染めたまま、耳元で甘く囁くとーーやわらかい身体を押しつけながら、俺をそっとベッドに押し倒した。

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異世界召喚されたので、『世界の敵』はじめました 森野一葉 @bookmountain

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