第62話 異世界テロリスト
戦いの口火を切ったのは俺だった。
ジャファルの右側に回り込むように走りながら、やつの胸めがけてナイフを投擲する。
風切音に反応したのか、
ジャファルはこちらの動きに気づいたらしく、斧槍を伸ばしながらコマのように回転する。
俺を含め何人かはとっさに伏せて回避したようだったが、大半のはまともに斧槍を食らって壁際まで吹っ飛ばされてしまう。
ラグナルも当然のように攻撃を回避し、短槍と長剣を手に、真っ直ぐジャファルに突っ込んでいく。
短槍の突きをかろうじてかわし、斬撃を斧槍の柄で受け止めてから、ジャファルはラグナルの顔面に拳を突き出す。
とっさにしゃがんで拳をかわしつつ、ラグナルはジャファルの胸に短槍を突き出すーー!
ずぶり、と刃物が肉を貫く鈍い音が聞こえた。
ラグナルの突き出した短槍は、柄をジャファルの右手につかまれて動きを止めている。
代わりにーージャファルの突き出した斧槍の槍先が、ラグナルの腹に深く突き刺さっていた。
ラグナルは口から血を吐きながら、斧槍が刺さった腹を手で押さえている。
そんな彼をゴミでも見るような目で見下ろしながら、ジャファルはつかんでいた短槍の柄をへし折った。
「劣等種が。わたしを舐めるな」
「……そちらこそ、我々をあまりにも甘く見ておいでのようですね」
「死にかけの老いぼれの割りには、随分といきがるな」
「むしろ、死にかけの老人だからこそ、ですかな」
謎掛けのようなことを口にしてから、ラグナルはにやりと笑う。
同時にーー復活していた猫目種の集団が、一斉にジャファルに向かって襲いかかる。
当然、ジャファルは斧槍を振り回そうとするがーー斧槍はラグナルの腹に突き刺さったまま、引き抜くことができない。
見れば、ラグナルは己の腹から斧槍が引き抜けないよう、両手で斧槍をつかんでいた。
……このジジイ、自分の命まで手駒扱いかよ。
おそらく、ラグナルは最初から、ジャファルの斧槍で受けるつもりだったのだ。
そうして斧槍を押さえてしまえば、ジャファルの動きはどうしたって本来のそれより鈍くなる。
そのタイミングで猫目種が一斉に襲いかかれば、ジャファルに手傷を負わせることもできるはずだ。
当然、猫目種たちが持つ武器には俺の『毒物生成』で強烈な麻酔が塗布されている。
ジャファルが一撃でもまともに攻撃を食らえば、それでこの戦いは終わりだ。
瞬時に俺と同じ考えに至ったのだろう。ジャファルはすぐに斧槍を手放すことを決断した。
全方位から迫ってくる猫目種を相手に、両手を上げて素手の構えを取る。
四方八方から振り下ろされる剣や槍をかわしながら、ジャファルは猫目種に拳や蹴りを叩き込む。
まれに剣先や穂先がジャファルの体に傷をつけるが、傷が浅いためかジャファルの動きが鈍った様子はまるでない。
だがーーやつが猫目種たちに気を取られている内に、俺は準備を整えていた。
室内は闇に包まれ、ジャファルは猫目種たちに釘付けにされている。
その上、伸縮自在の斧槍でカウンターをくらう恐れもなくなった。
ならば、やるべきことはひとつしかない。
「シャドウ・パス」
俺の足元の闇が、ジャファルの足元の影とつながる。
それと同時に、俺は闇の中に持てる限りのナイフを『狙撃』で投げまくった。
刃先に強力な麻酔が塗られたナイフが雨のごとく飛来し、ジャファルの足元から彼の全身に襲いかかる。
予想外の方向からの攻撃だったはずだが、ジャファルは持ち前の瞬発力で飛来するナイフを回避しようとする。
二十本近くを投げはなったはずだが、残念ながら奴の身体に刺さったのはわずか二本だけのようだった。
腕とふとももに刺さったナイフをすぐに抜くと、ジャファルはシャドウ・パスで繋がった足元の影に迷わず飛び込んでくる。
俺はとっさに後退しつつシャドウ・パスを閉じるが、ジャファルのほうが一瞬速かった。
シャドウ・パスが閉じきる前に影から飛び出してくると、俺に向かって拳を構えて飛びかかってくる。
こちらの手首を手刀で打ち付け、思わず剣鉈を取り落す。骨をやられたのか、凄まじい痛みに目がくらみそうになるが、根性で耐える。
ジャファルはなおも俺に突進してくるが、俺はとっさに魔法を放つ。
「シャドウ・パス!」
ジャファルの足元の空間が別の影と繋がり、足場を失ったやつがバランスを失う。
と同時に、俺は即座にシャドウ・パスの魔法を解除した。
影同士の接続が強引に断ち切られ、ジャファルの足が足首から切断される。
……押し出されるか切断されるかのどちらかだと思っていたが、やはりこうなるのか。自分で使う時も注意しないと、下手すると自分の身体を真っ二つにしかねんな。
ジャファルは痛みと苦鳴を堪えながら、殺意のこもった目で俺を睨みつけてくる。
「……なかなかやりますね。ですが、同じ手は食らいません。この距離なら、あなたが魔法を放つより速く、あなたを殺せるでしょう」
「おっかねえな。勇者だろうと容赦しないってか?」
「えぇ。あなたはもはや、ただのテロリストと化しました。制御できない猛獣を殺すのは当然のこと。なによりーー勇者など、また召喚すればいいのですからね」
「合理的なこった。だが、おかげで
「……なに?」
ジャファルが眉根を寄せると同時に、
「ーースリープ・クラウド」
俺のすぐそばで檻に入っていたアトリが、俺が注文した通りの魔法を発動させる。
ラグナルや猫目種たちが奮闘している間、俺はただ黙って戦況を眺めていたわけじゃない。
シャドウ・パスでアトリの元まで向かい、彼女を起こして奇襲の準備を仕込んでいたのだ。
広範囲系の魔法なら、暗闇に目が慣れていないアトリでもジャファルを狙うことができるし、『魔法耐性:強』がついているアトリはもちろん、俺のほうも『毒物生成』で事前に
俺とジャファルの間で催眠性の霧が生まれ、爆発的に広がっていく。
ジャファルはとっさにガスを防ごうと鼻を覆うが、ガスに気づいた時点ですでにガスを吸い込んでいる。
催眠ガスで一瞬を気をやったのか、ジャファルがバランスを崩す。
その隙を逃さず、俺は剣鉈を抜くと腰だめに構えてジャファルに突進するーー!
だが、ジャファルは瞬時に舌を噛んで痛みで正気を取り戻す。
俺の突進に気づき、切断された足でなんとか踏ん張って拳を構えるが、
「シャドウ・パス」
俺が魔法を起動させると同時に、ジャファルの身体が再び影の中に飲み込まれる。
踏ん張ったせいで瞬時に回避できず、ジャファルはまた重心を失ってバランスを崩す。
その左胸に、俺は剣鉈を突き刺した。
ずぶり、と。
剣鉈越しに伝わる鈍い感触が、殺人の手応えを俺に教えてくる。
初めての行為に背筋に悪寒のようなものが走るが、それを無視して俺は剣鉈をひねる。
心臓をえぐられ、ジャファルの全身から力が抜けていく。
『魔力感知』でジャファルの死を確認してから、俺はようやく彼の亡骸から剣鉈を引き抜いた。
……これで、俺は正真正銘のテロリストになっちまったな。
ジャファルのような人間は嫌いだし、殺さなければ殺されるのはこちらのほうだった。
しかし、人里に下りてきてたったの数日で人をーーそれも領主を手にかけることになるとは、予想もしていなかった。
「…………セツナ?」
檻の方から声をかけられ、俺はそちらを振り返る。
檻の中では、アトリが地面に座ったまま俺を探して夜闇に目を凝らしている。
「セツナ……? 無事ですか……?」
「あぁ。おかげでなんとかなったよ」
「よかった……他の皆さんもご無事ですか?」
アトリに問われ、俺は室内の様子を『魔力探知』で探る。
幸いなことに死人は出ていないようだったが、ほとんどのものは重傷のようだ。
腹を刺されたラグナルもかろうじて一命は取り留めているようだが、早めに治療してやったほうがいいだろう。
……正直、ラグナルには思うところもあるが、こいつを生かしておかないと猫目種や兎耳種を統率できる気がしない。
なんにせよ、ジャファルの手下どもが戻ってくる前に、さっさとここを撤収すべきだろう。
俺はアトリを檻から出してから、端的に指示を出した。
「悪いが、死にそうなやつらの治療を頼む。命に別状がなければ、骨が折れてようが後回しでいい。俺はラゴスに合図を出して、撤収用の人手を呼んでくる」
「わ、わかりました」
アトリがうなずき、光魔法で明かりを作ってラグナルたちの元へ向かうのを見届けてから、俺は窓に向かってラゴスに救援の合図を送った。
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