第61話 殺してでも奪い取る

 さびれた裏路地に潜みながら、俺は一キロ先のジャファル邸を眺めていた。

 周りには完全武装したラグナルとラゴス、そしてギャングの連中が集まっている。

 夜闇とかぶったフードのせいで各々の顔は見れないが、顔が見れなくても、緊張と殺気立った空気で張り詰めているのは伝わってきた。


 俺のほうも、居間でジャファルと激突した時より装備を整えていた。

 腰には剣鉈マチェットき、ラグナルに借りた投擲用のナイフホルダーを肩から胸にかけている。更にフード付きの外套で顔を隠し、背中には登坂用の縄をしまった布袋を背負っている。

 俺はかぶったフードを直しながら、ラグナルに視線を向けた。


「それじゃ、作戦を始めるとするか」


 緊張をほぐす意味も込めて、あくまで軽い口調で告げる。

 これから最悪の転落に足を踏み出そうとするのだ。少しでも雰囲気を和らげないとやってられないだろう。

 俺の意図を察しているのだろうが、ラグナルは真剣な目で問うてくる。


「その前に……セツナ殿、本当によろしいのですか?」

「なにがだよ」

「この作戦を実行すれば、あなたは領主殺しです。失敗したとしても、領主暗殺未遂の容疑で国から指名手配されるでしょう。例え勇者様だとしても、テロリストとして扱われることは避けられなくなります。それでも?」

「んなもん、お前らも一緒だろうが」

「我々はどのみち、なにもしなくても虐げられる立場ですからね。勇者様という旗頭がなければ滅ぶのみなので、セツナ殿に付き従うことに否やはございません。ですが、セツナ殿はまだ引き返せます」

「……アトリを見捨てれば、だろ? そんな選択肢、クソくらえだ」

「よほどアトリ殿を大事にされているのですな」

「否定はしないが……それ以前に、『虚無の因子』だから虐げられて当然って発想が気に入らねえんだ。ここじゃそれが常識なんだろうが、そんな常識ヘドが出る」


 俺が吐き捨てると、ラグナルは苦笑しやがった。


「勇者様というより、今の時点でほとんどテロリストですな」

「知ったことか。別に好き好んで勇者やってるわけじゃねえしな」


 正直、勇者なんぞよりもテロリストのほうがよっぽど俺の性に合ってるだろうな。

 弱者を踏みにじる連中に媚びへつらって生きていくなんて、冗談じゃねえ。


 念のためラグナル以外の連中の顔を見やるが、どいつも覚悟が揺らいだ様子はないようだった。

 これなら、劣勢の戦闘を強いられることになっても、尻尾を巻いて逃げ出したりはしないだろう。

 確認すべきことを確認し終えると、俺は『隠密』を最大出力で起動した。

 アトリとの検証が正しければ、これによって俺の臭いは完全に絶たれるはずだから、ジャファルも侵入に気づかないはずだ。

 そして、ラグナルの手から秘策・・を詰め込んだ革袋を受け取って、腰紐にくくりつける。


「んじゃ、行ってくるわ」

「くれぐれもお気をつけて」

「言われるまでもねえ。そっちこそ、ビビって段取り間違えるんじゃねえぞ?」

「ご安心ください。死んでもあなたをお守りいたします」


 ラグナルの言葉にうなずいてから、俺は『俊敏』で小走りに駆け出す。

『隠密』によってある程度の音は隠してくれるはずだが、全速力で走るとさすがに音が聞こえる。下手に物音を立てて、むやみに敵の警戒を煽るようなことはしたくなかった。

 人気のない裏路地を抜け、屋敷を守る塀をシャドウ・パスで超えて領主の敷地内にもぐりこむ。


 敷地内には芝生の庭が広がり、その中心に三階建ての大きな屋敷が陣取っている。

 ラグナルの見込み通り部下は出払っているのか、巡回の警備などは見当たらなかった。

 屋敷の明かりは三階にしか点いておらず、『魔力感知』の反応を見ても、ジャファルとアトリは三階にいるので間違いなさそうだ。


 念には念を入れて、シャドウ・パスで影に隠れながら屋敷に接近し、屋敷のそばまで接近する。

 数秒だけ待って気づかれていないことを確認してから、俺は屋敷の壁を登坂し始める。

 窓の近くの壁を狙って、『鎖縄さじょう術』で登坂用の縄を投げて屋根にくくりつけ、音を立てないようにゆっくりと上っていく。


 三階までのぼったところで、室内と室外の影が重なっている箇所を探し、シャドウ・パスで屋敷内にもぐりこむ。

 念のため『魔力感知』に集中してジャファルの反応をうかがうが、こちらに気づいた気配はなさそうだ。

 俺は『隠密』を維持しつつ、明かりのついている部屋へと忍び足で近づいていく。


 室内をのぞき込むと、ジャファルは例の伸縮自在の斧槍ハルバードを抱えるようにして、こちらに背を向けるように床に座っていた。

 その視線の先――部屋の奥の方では、猛獣用の檻に閉じ込められたアトリが倒れている。

 とっさにアトリを『鑑定』で見るが、どうやら薬かなにかで眠らされているだけのようだった。

 おそらく、魔法封じの魔道具を入手するまでのつなぎの対策、ということだろう。

 魔物か猛獣のような扱いにはらわたが煮えくり返るが、今は冷静に作戦を遂行しなければならない。


 俺はナイフホルダーからナイフを抜くと、室内の照明――天井に備え付けられた光を発するガラス状の魔道具――に向けて『狙撃』で投擲する。

 当然、風切り音に気づいてジャファルがこちらを振り返るが、ナイフが魔道具に突き刺さるほうが早い。

 ナイフは『魔力感知』で捉えた魔力の核を正確に貫き、室内が暗闇に沈む。

 同時に、ラグナルから受け取った革袋をジャファルがいたあたりに投げつけた。

 暗闇のせいで視認できないが、ジャファルが叩き落としたのだろう。革袋が音を立てて破裂する。


「――っ!」


 革袋の破裂とともに、室内に凄まじい悪臭が広がった。

 汚物の臭い、干物の臭い、腐食の臭い、毒物の臭い―――それらすべての悪臭を煮詰めて凝縮したような、呼吸するだけで気絶しそうなほどの悪臭だ。

 それこそ、嗅覚の鋭い狼牙種ウルファンなら、失神してしまいそうなほど強烈な悪臭。


 だが、闇の向こうから聞こえてきたジャファルの声は冷静だった。


「なるほど、視覚と嗅覚を断っての襲撃ですか。大方、劣等種どもの入れ知恵でしょうか」

「随分と余裕じゃねえか」

「正直、不本意ではありますがね。鋭すぎる・・・・嗅覚なんて・・・・・弱点・・、放置するような愚か者だと思われていたなんて」

「…………とっくに対策済みってわけかよ」

「すぐに退かずに時間を稼ぐということは、劣等種どもの援軍待ちですか? わたしの目が暗闇に慣れるまで数分かかるとして、援軍の到着は『俊敏』でおよそ一分ほどでしょうか? 確か、猫のほうは『夜目』と『視力強化』を持ってましたね。作戦を考えた人間はなかなか頭が切れる」

「……………………」


 こちらの思惑をあっさりと看破されてしまい、俺は思わず口をつぐんだ。

 このジャファルという男、強いだけじゃなくてとんでもなく頭の回転が早い。領主の座についているのは伊達ではないということか。


 俺は剣鉈を抜き、ジャファルに向けて構える。暗闇で姿は見えないが、『魔力感知』によってやつの体と斧槍の動きは正確に捉えられる。

 そして――屋敷のすぐそばまで、ラグナル率いる援軍が接近してきていることも。


「……ひとつ、聞かせてくれ」

「なんでしょう?」

「お前はどうして、そこまで猫目種キャトラス兎耳種ラビリスを目の敵にしてるんだ?」

「目の敵……とは少し違いますね」


 ジャファルは訂正してから、続ける。


「わたしはただ、彼らに存在する・・・・価値がない・・・・・と思っているだけです。弱くて、役に立たず、誰にも必要とされない。虐げられても、それに抗おうともしない。弱いだけの存在はこの世には不要です」

「……お前、正気か?」

「無論です。弱肉強食はこの世の摂理。弱いものはすべてを奪われ、何もかも失い、無残に死ぬだけ。わたしはこの街のスラムでそれを学びました。わたしが死なずに生き残れたのは、弱者でいることを拒絶したからです。敵の喉笛に食らいつき、奪ってきたからです。そうできないものが淘汰されるのは、仕方のないことです」

「まさかとは思うが、弱いやつはみんな死んで当然ってことか?」

「はい。戦闘能力、金、権力……いずれの力も持たぬものを生かすことに、一体何の意味があるのです?」

「……………………」


 こいつ、思った以上にイカれてやがるな。

 ほとんど本能的に、元の世界で俺をなぶっていた連中の顔が思い浮かぶ。

 弱者を踏みにじることになんの躊躇ちゅうちょもない連中。人の苦しむ様を見て喜んでいた連中。

 あいつらとはまた違うが、こいつからは別種のやばさを感じる。


 ……だが、こいつを・・・・殺すことになんの・・・・・・・・躊躇もなくなる・・・・・・・という意味では、ある意味好都合か。


 部屋の窓や俺の背後には、すでにラグナルたちの援軍が集まってきている。

 俺はジャファルを嘲るように、口の端を吊り上げた。


「だったら、俺も奪い取らせてもらうぜ。お前から、俺の大事なものをな」

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