ご令嬢、使用人を追いかける

 崩落に巻き込まれた三人とそれを助けに飛び降りたレン、四人の頭上から蜘蛛型の魔物が現れ、壁を伝って彼らに迫ってきた。


 上からそれを見ているなかで、女魔術師が一歩進み出た。

「お任せを!」


 彼女は手をかざし、呪文を短く唱えた。

 彼女の掌から火炎のかたまりが生まれると、無数の火球となって扇状に発射された。


「む、いかん!」

 ジグーは二弾目を打たせないよう彼女の手を掴んだ。


 発射された火球は壁を這う蜘蛛たちを焼いたが、それらはしがみつく力を失って次々にレンたちのいる崩落した穴へ落下していった。


 焼け焦げた死骸のひとつが警護兵仲間の背中に落下し、彼は地面に倒されてしまう。

 さらには、落ちた蜘蛛の中にはまだ息のあるものもあって、素早く起き上がって彼らに襲いかかった。


 倒れた仲間に気をとられていたケイスの背後から、起き上がった蜘蛛が近づいたが、それにいち早く気づいたレンは長剣を抜き、その魔物を刺し貫いた。

 ケイスが振り返ったときには、魔物は青黒い血を噴き出しながらギイィッと断末魔を上げていた。


 死んでいない蜘蛛は予想以上に多く、壁を這わずに落下してきたぶん、レンたちは迎え撃つ態勢を整えられぬままに取り囲まれてしまった。



「全員、端へ寄るんじゃ!」


 上からジグーが指示を出した。


 レンは向かってくる蜘蛛のひとつを切り裂いてスペースを作ると、仲間を壁際に導いた。


 ジグーはそれを確認すると、下方に手をかざした。


「【石よ、壁となれ】!」


 彼の呪文によって、魔物とレンたちの間の地面が盛り上がり、両者を分離する巨大な壁が出現した。穴のなかでさらに狭い空間に追いやられた魔物たちを、女魔術師は上から射撃して殺していく。


 しかし天井を見ると、同種の蜘蛛が次々と巣穴から現れており、その波は終わりがないように思えた。



 レンは身を寄せた壁に小さな穴があるのを発見した。巣穴がここにもあるのかと思ったが、よく見るとただの通気孔といった外見だ。しかも、這いつくばっていけば通り抜けられる大きさである。彼はまず腕を突っ込んでみて、奥がさらに広くなっているのを確かめた。


「こっちだ!」


 レンが呼びかけ、仲間たちはためらいながらも、上から迫る蜘蛛の群れから逃れるために次々と穴に入っていった。


 ジグーは上から蜘蛛を処理しながら、それを見送っていた。

「むぅ… いかんな……」


 レンら四人は、魔物に有利な魔術師の仲間から完全に分離されてしまった。



◇◇◇



 ミセアはレンが校内からいなくなっていることに気づいていた。学園内がにわかに慌ただしくなっていることを肌で感じていたし、何か騒動があったなら、我が使用人が一枚噛んでいてもおかしくないという直感が彼女にはあった。


 まず巡回する警護兵の数がわずかに減り、そして講義の中止が目立ちはじめた。魔物が出現したか、そうでなくともトラブルが発生して魔術師が集められたのは間違いないとみて、ミセアはまっすぐ教員棟に向かった。


 業務は滞りなく行われているようだったが、ミセアはそうした些事は無視して階段をいくつも上がり、一般生徒は立ち入らないであろう校長室の前までやってきた。ノックしてみるが、中は無反応だった。しかし何度かしつこくノックすると、観念したように小さく返事が聞こえた。


 入室すると、奥の書斎机に校長が座っていた。部屋の両側には天井いっぱいまで本棚が組まれ書物で埋まっていたが、校長の巨大な机の脇にも書類や書物が積まれていた。彼女は羽根ペンを握っていて、なにやら熱心に書き物をしている最中だったようだ。


「ずいぶん余裕のないお顔ですね、ミセアさん」

 ミセアが入ってくる前から、校長は来たのが彼女だとわかっていたような面持ちだった。


「何かが学園内で起こったのではないかと思ったのですが」

 予告なしで訪問した身ながら、ミセアは堂々としていた。

「ご存知なら、教えていただけますか?」


 校長はペンを置き、目を伏せ、そしてふっと息をもらした。

「今、警護兵と魔術師を向かわせているところです。詳細はまだわたくしにもわかりません。なにせこれが最初の調査隊なのですから」


「そのことは私にも察しがついています。私は、何が起こったのかをお聞きしているのです」


「…… おそらくですが、ダンジョンが発見されたということになりますね」

 校長は自分の組んだ指をじっと見つめていた。彼女の頭の中では、そのダンジョンをどうしたものか、いろいろな算盤が弾かれているのだろう。


 ミセアはダンジョンというものについて、まだよく知らなかった。


「これは推測ですが」

 とミセアは個人的な心配事を尋ねた。

「その隊にレン―― 私の使用人がいるのではないですか?」


 校長は首を振った。彼女はダンジョン発見の報告こそ受けているが、かの使用人がそのなかにいたかはさすがに覚えていなかった。


 さらに派遣した部隊の内訳を聞いて、ミセアは抗議した。

「魔術師二人というのは、魔物がいるかもしれないところに派遣するには少なすぎます」


 それには校長も反駁した。

「これは本隊ではないのですよ、ミセアさん。調査に向かわせただけですから、じきに戻ってくるでしょう」


「今から追加で派遣はしないつもりなのですね?」


「いずれ本隊を組みます」


 ついにミセアは納得しなかった。

「では、今から私がそのダンジョンとやらに向かいます。いいですね?」


 校長は厳かに椅子から立ち上がった。

「それは非常に困ります。危険なダンジョンへお嬢様を向かわせるなど……」


「困りますが、止める権限はありませんね?」

 ミセアは相手が自分を “お嬢様” と呼んだ時点で、素直に話を聞くのをやめていた。

「誰もやらないのなら、私がすべきことをします。困るというなら、増援を出せばよいのです」


 彼女はそう言い切って、校長に背を向けた。


「ミセアさん」

 校長が最後に投げかけた。

「あなたのご慈愛には敬意をもちます。しかし、こんなことは言うべきではないかもしれませんが…… 使用人というのはあなた自身と違って、他にもおります。あなたは今の使用人を、特別大切にしすぎているのではないでしょうか? エオラーム家の者としていずれ民を導くお立場なら――」


 校長は言いかけて、途中で言葉を切った。これ以上はミセアの逆鱗に触れると察したのだった。


 ミセアは幸いにも校長の忠告を聞き流して、部屋をあとにしたのだった。






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東国の異邦人 〜 仕方なく雇った使用人が、最強だった 〜 トサケン @tosaken

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