使用人、攻略に強制参加

 老練の教師ジグーは、ダンジョン発見の報告に来たレンとケイスをしばらく待たせ、方々に声をかけて、最終的に警護兵10名と魔術師1名を集めた。それにジグー本人も加わって計14名でダンジョンの隠された郵便室に向かった。


「ケイス、魔法は?」

「術は使えないけど、魔力を武器に纏わせるくらいなら」

「なら、俺と同じだ」


 確かめると、他の警護兵もそれくらいの能力があるようで、ジグーが魔物退治を意識して彼らを集めたことがわかった。ということは、彼はダンジョンがどういうものか理解しているのだろうか。



 郵便室の床下に縄梯子を掛け、警護兵から先に降りていった。レンも下に降りて、ダンジョンの入り口を目にした。明らかに自然のものではない石造りの四角い横穴がつづいていて、奥の突き当たりには壁に掛かった小さな燭台が青い炎を灯していた。


 レンは自ら先頭に立って、その突き当たりまで歩いていった。


「触ってはいかんぞ」

 最後尾からジグーが注意した。


 レンは億劫そうに振り返った。

「…… 触りませんよ」


 左右には同じような地下道が続いており、どこも等間隔の燭台で青く光っていた。


「二手に分かれますか?」

 レンは今回の隊長であるジグーに尋ねてみた。


 彼はおごそかに首を振った。

「それはよくない。片方ずつ潰していくのがよいだろう」


 レンの心中も同じ意見だった。





 隊は何度か石造りの地下道の角を曲がりつして青く光る道を進んでいった。レンは隊を先導し、ケイスは後ろの方で羊皮紙の束を手に道筋を書き記していた。専門の訓練を受けたわけではない彼が正確な地図を描けるかは怪しいが、レンは何か役に立とうとするケイスのことを責める気にはならなかった。


 しばらく行って、隊は狭い地下道を抜けて広めの空間に出た。天井も、味気ないにはせよ高くなっている。一行はそれまでの心理的圧迫から解放された。


「少し休むとしよう」

 ジグーは全員をそこにとどめた。


 レンとジグー以外のメンバーはこのダンジョンの存在が不可解なまま、過剰な緊張を強いられていた。彼らは自然と広間の真ん中に身を寄せ合うように固まって、なんとか腰を落ち着けた。


 レンはひとり、この広間をぐるりと見まわし、辺りの状況を確認していた。この広間は青い燭台がなく、どこからかわからない淡い明かりで包まれていた。


「レン」

 そこへケイスがやってきた。

「ずっと地図を描いてきたんだけど、これ合ってるかな?」


 レンは思わず苦笑した。

「いや、それはわからないよ。このダンジョンは俺も初めて来るわけだから」


「つまり、ダンジョンというのはいろいろな種類があるんだね?」


「そうだな……」

 レンはぼんやりと視線を横にやった。

「ダンジョンについて、伝え聞いた例は多くあるが…… 俺自身が経験したのは3つだ。実体験も噂もすべてここ数年のもので、わかったのは中に魔物がいたこと。そして、数々の財宝が隠されているらしいこと」


 ケイスは思わず、辺りに何かないか見回した。





「ジグー教諭。このことはどう校長に報告したものでしょうか?」

 唯一の魔術師の増援である彼女は、細長い眼鏡をくいっと持ち上げた。

「まさかダンジョンが学校内にできるなど、もし外部に知れれば大変なことです」


「うーむ…… 学校閉鎖のうえ、ここ一帯は審問官の管轄になるかもしれんのぅ……」

 ジグーは言葉ではそう言いつつも、隣の女魔術師とは不安を共有してはいなかった。

「どちらにせよ、ここの存在は報告せねばならんし、校長も隠せるものではない。しかし儂は次のことが学園のために重要だと思うのじゃ。つまりこのダンジョンは学園によって正しくコントロールされており、むしろここから恩恵を受けることができることを示す、というようなことが」


「…… 何をおっしゃりたいのでしょう? 成果を持ち帰る、ということですか?」


 ジグーはそれに対し、ふっと笑ってみせるだけにとどめた。それから、声を張って周りに呼びかけた。

「警護兵諸君、休息はとれたかの? そろそろ出発しようかと思うのじゃが」



「出発だってさ」

 ケイスは復唱しつつ、見返していた羊皮紙の束をめくって新しいページを上にした。


「…… まだ戻らないつもりか…?」

 一介の警護兵の意見など聞き入れられないだろうが、レンはこれ以上深く進むことに反対だった。ダンジョンを攻略するには、そもそも用意した人員が少なすぎる。この頭数では入り口付近を偵察して帰るのがせいぜいだ。彼の感覚的には、この隊はすでに深入りしすぎていた。


 警護兵たちは立ち上がり、準備を始めた。


 するとそれを待っているあいだ、ジグーが壁の一点に違和感を見つけた。壁の一部に、周りと色の違う石がはめ込まれているのだ。

 彼はそれに歩み寄ると、好奇心に勝てず、あるいは自分の気にしすぎに違いないと決めてかかって、その石に触れた。


 その直後、触れた石がゆっくりと回転しながら壁から外れ、そして周りの壁は楔が抜けたようにその石の穴を起点に崩れはじめた。壁は天井の高さまで垂直に崩れ、そこに道を出現させたのだった。


 突然の出来事に、休んでいた警護兵たちは跳び上がって駆け出し、ジグーの周りを固めた。


「ただの隠し扉じゃよ」

 彼は警護兵たちをなだめた。そしてケイスを見つけて呼びかけた。

「君、すまんがこの隠し廊下だけ地図に記しておいてくれんか」


「あ、はい」

 ケイスは隠し廊下の入口まで歩き、その幅に適当な印を羊皮紙の上につけた。

 しかしせっかくだからという思いで、もっと詳細な情報を書き込みはじめた。



 その拍子に、一歩だけ足を廊下に踏み入れてしまった。


「うわっ!」


 その途端、それを合図としたかのように足元が崩れ、隠し廊下の全体とその入り口付近が、まるで積み木を崩すようにして崩落した。


 ケイス本人に加えて二名の警護兵がそれに巻き込まれた。


 三人は自力では戻ってこられないところまで落下してしまったが、幸い致命傷を負うことはなかったようだ。



「あ!」


 女魔術師が声を上げた。それは崩落に巻き込まれなかったはずのレンが自ら穴の中に飛び込んでしまったからだった。


「なにをしとるんだ君は!」


 しかしそれは彼が決断したことだった。上に残った警護兵と魔術師はともかく、落ちた三人はこのままでは非常に危険だ。隊が二つにわかれてしまった以上、どちらの隊も生き残るために、彼は三人の警護兵側につこうと判断したのだった。


「なんと無茶をする男だ…」

 とジグーはつぶやいた。



「レン! どうして降りてきたんだ!」

 ケイスは白い砂埃の中で咳き込んだ。


 レンは彼を助け起こし、他の二人にも目立った怪我はないことを確認した。

「誰かが生きて帰れなくなるようじゃ、寝覚めが悪いんだ」



「上だ!」

 と誰かが叫んだ。


 見ると、崩落のあった真上の天井にいくつか穴が空いており、そこから巨大な蜘蛛型の魔物が現れてきた。しかもそれは一匹や二匹ではない。無数の蜘蛛が雪崩を打って穴から飛び出して来たのだ。


 魔物たちは壁を這って、下のレンたちに襲いかかってきた。

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