第5話 異世界で会う日本人②

「手を組むだと?」

「そうよ。悪い話じゃないでしょう?」

「寝首をかこうってんじゃないだろうな?」


 俺が目を細めて警戒を露にする。


「良い警戒心だけれども、それは心配のし過ぎよ。殺すつもりならさっきのタイミングで殺していたもの」


 それもそうだ。わざわざ警戒させておいてから殺そうだなんて非効率もいいところだ。しかしだからと言っても、今の行為を水に流せるほどやさしくはない。


「でも、意識を切り替えてくれたのはうれしいわ。その方は少しはマシでしょう?」

「何がマシなんだよ」

「これから説明することを理解するには、マシってことよ」


 堀北さんは俺が持っている紙を見るように促した。言う通りにする。


 紙に書かれているのは日本語だった。文字は筆で書かれているようだが、機械が書いたように整えられて綺麗だ。難しい用語の類はない。書かれているのはたくさんの名前だった。その中には俺の名前もある。


「転移者のリストか」

「意外と察しがいいのねその通りよ」


 書き連ねられた名前、その横には赤い髑髏と、数字が書かれている人がいた。数字の意味は分からないが、髑髏はどう見ても、あれにしか見れない。


「そんなあなたならもうわかるとは思うけれど、横に髑髏が書かれている人は、もう死んでいる人よ」


 やはりこの髑髏は撃墜マークだったらしい。


「この報告書は2週間ごとにどこからともなく送られてくるわ、あなたは寝ていたか知らないとは思うけれど。エインヘリル家の人に聞いてみれば、本当だってわかると思うわ」


 本当かどうかはあとで確認するとしよう。それにしても多くないか、この髑髏マーク。


「それは初めて送られてきたものだけど、右下に何人生き残っているか書いてあるわよ」

「どれどれ……っ! お、おい! これって……」


 そこに書かれていた数字を見て俺は驚愕した。『残り68人』、神様はざっと100人は転移していると言っていたはずなのに。


 それが2週間で30人も。


「飛ばされた場所が悪かったんでしょうね。特に都市じゃなくて森の中、話によればあなたもそうだったみたいだけれど、人のいないところに飛ばされた人はあらかたモンスターに襲われて死んでしまっているわ。しょうがないわよね、自分の能力の使い方も満足にわからないんですもの。あなた、運がいいわね」


 俺も下手すればその人たちの仲間入りしてたわけだ。


「そしてもっと問題なのは髑髏の横にある数字よ」

「これはどういう意味があるんだ?」


 考えてみたが、特に浮かんではこなかった。


「それはね。『転移者を何人殺したのか』のカウントよ」

「……は?」


 このレポートは異世界に来てから2週間後に送られてきたものだと言っていた。それなのに、その数字には2、3と書かれているモノがちらほらとあった。


 この世界に来て、人を殺している人がそんなにいるってのか。


 俺は急いで堀北さんの欄を確認した。しかしその横は完全なる空白。髑髏もなければ数字もなかった。俺の欄も同様だ。


「確認は済んだかしら、続けるわね」


 夕焼けに染まっていた部屋はだんだん薄暗くなっていた。堀北さんは机にあったランプに明かりをともす。電球ではなく石が発行している。この世界にある特別なものだろう。


「これが、3日前に来た最新版よ」


 三枚目、最新のレポートに書かれている残り人数は54人。その横の殺害カウントは、トップ2人が5で並び、次いで4が1人、あとは10人ほどが1~2人となっていた。


「前回に来た時とほとんど変動はないわね。みんなある程度この世界の生活に慣れて、動きがなくなってきているみたいね」

「狂ってる。なんでそんな、そんな簡単に人を殺せるんだよ……っ」

「その通りよ、狂っている」


 俺が拳を握り締めると、堀北さんも同意してくれた。


 異世界に来て、不思議な力が使えるようになったからって、進んで人を傷つけるなんて、俺の常識からはかけ離れている。


 得体のしれないヤツらの、しかも本当かどうか分からない『願いをかなえる』なんて言葉を信じて殺し合っているのか?


 俺が眠っていた2か月の間に、とんでもなく事態が進んでいたことだけは間違いなかった。


 沈黙する俺に対して、ここからが本題だと言わんばかりに切り出した。


「だから私たちは、集まって同盟を組んでいるのよ」

「同盟?」

「そう。『転移者同士で殺し合うなんて間違っている』、『戦いを止めるべきだ』っていう人たちが集まってできた同盟」


 そうか、殺し合う人がいる一方で、それでも殺していない人の方が多いのは確かだ。そういう人たちが対抗して徒党を組むのは自然だと言える。


「あなたにその気があるのなら、私たちに協力してほしいの」


 おそらくこれが言いたかったことなのだろう。


「その同盟のお誘いってことか」

「理解してくれたかしら。別に断ってもいいのよ。2カ月も出遅れているあなたがこの先、生き残っていけるのかはわからないけれどね」

「それもう、ただの脅しじゃねーか」


 自信たっぷりに言葉を締める堀北さん。


 今までの話を吟味する。一番の問題は、堀北さんが本当のことを言っているのかどうか。これについては問題ないと思う。


 さっきも言ったとおり、殺すなら最初に組み伏せた時で十分だった。信用させて後で人のいないところで、なんてことも考えられるが、それだったら、俺が昏睡状態だったときに殺してしまえばよかったはずだ。


「信用することにする」

「決まりね。これからよろしくね。石森君」


 握手を交わした。


「ちなみに、俺は色々説明されて納得したんだけどさ、堀北さんはどうして俺を信用したんだ?」

「あなたが自分の命の危機でも、私に反撃しようとはしなかったから」


 一度組み伏せられたときか。


「話からすでに能力を使ったことがあるのはわかっていたから、生死の瀬戸際になれば、当然それに頼ろうとするでしょう? 結果的にあなたはそうすることはなかった。暴力に頼ることはなかったわ。言ってしまえば腰抜けだったのだけれど」

「言い方言い方!」


 あんまりな物言いにツッコミを入れる。


「褒めているのよ? でも、気を悪くしたのなら謝るわ。ごめんなさい」

「あ、いや」


 毒舌とは裏腹に案外素直に頭を下げてくる。


「でも、それはそれで綱渡りだったんだな。俺が襲い掛かるような性格だったら、ただじゃすまなかったわけだし」

「はぁ、そんなわけがないでしょう?」

「え?」


 堀北さんはやれやれと首を振った。


「当然、その前から対策はとっていたわ。あまり侮らないでほしいわね。この部屋に入る前から、もっと言えばあなたが起きる前からずっと対策はしてたわ」

「どんな?」


 質問してマヌケなことを言っていることに気が付いた。


「能力か?」


 この異世界に来た人間なら全員が持っている、目の前の少女だろうとそれは例外ではない。二ヶ月分の差があるとすれば、俺程度簡単に捻れてしまうのだろう。


「その通りよ」

「ちなみにどんな能力かは?」

「そう簡単には教えられないわね。あなたも気をつけなさい。無暗に能力を見せびらかすと命取りになるから」

「信頼してくれたんじゃなかったのか?」

「しているわ。最低限の信頼は」


 最低限か。仲間になるための最低ラインを超えた程度ってことか。しょうがないな。これから信頼を勝ち取っていくしかない。


「私たちは王都を活動の拠点にしているわ。準備が出来次第、拠点に戻って顔合わせをしてもらうわ」

「密かに活動してるのか?」

「当たり前でしょう? そうしないと、殺伐とした人たちに狙われる危険が増えるじゃない」


 そりゃそうだな。そして俺には王都行きへの拒否権がない。


「そういう訳だから、明日から早速準備を始めるから。8刻の鐘が鳴ったらこの宿屋の下に集合して」

「8刻……8時みたいな意味なのか?」

「村の中央にある鐘が一定の時間ごとに、その時刻の回数分鳴るの。感覚は日本にいたころと同じでいいわ。時間の感覚は変わらなくて助かっているわ」


 つまり、集合は午前8時ですか。つい2時間前まで昏睡状態になっていた奴に対して厳しい条件を出してくれるじゃないか。


「了解しました」


 しかし、先輩の指令は絶対だ。俺は目覚まし時計のないこの世界で、しっかりと時間通りに起きれるのか心配しつつ、エインヘリル家へ戻っていったのだった。


 戻っていいんだよな、あのお屋敷に。

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神造遊戯 ~100人の転移者は願いを叶えるために殺しあう~ @watakomax

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