第4話 異世界で会う日本人①

 16刻。元の世界と同じならば、午後4時。ここがどのような気候条件なのかはわからないが、日はまだ高い。この時間に狩りに行った人が帰ってくるというのは、獲物を捌く手間があるからなのだろう。


 狩りに行っていたという男たちは身軽な服装に弓矢、剣を持っている者もいる。それが6人、村の入り口で小さい子供たちに囲まれている。ガタイもいい。家で見る父親の風呂上がりの姿と比べると悲しくなってしまいそうだ。


 四足歩行だと思われるの見たことのない動物の前足、後ろ脚をまとめて、ぶら下げて持ってきていた。それも2頭。それを誇らしそうに掲げている。子供たちはそれに大興奮している。


 そんな男たちの中に1人、その集団に似つかわしくない人物がいた。


 長い黒髪に大人びた雰囲気を纏わせる少女だった。年齢は俺と同じくらい。紅一点と言うには周りの男たちに明らかに馴染んでいない。1人だけ壁を作っているように見えた。


 少し離れたところで見ていると、興奮する子供たちを振り払い、その少女は集団を離れて歩き出した。具体的には俺の方に向かって。


 あまりにも迷いのない歩みに、俺の方も面食らってしまう。


 正面からその顔を見ると、その顔立ちの良さがとても良くわかった。小ぶりな唇も、ツンとした鼻も、少し釣り目気味な瞳も。しかしその顔には愛想と言うものがなかった。


 壁を作っていた原因はこれか。


 そう思った時にはすでに、彼女は目の前に来ていた。


「場所を移しましょう? お互い、話したいことがあるでしょう?」


 俺の顔をまっすぐに見て言ったのだった。


                 



 連れてこられたのは彼女がこの村で寝泊まりしている部屋だった。俺が男だということをわかっているのだろうか。何もするつもりはないが、少々無防備なのでは?


 俺が寝ていたところと比べると少しだけ広く、少しだけ物がある部屋だった。


 扉に鍵をかけた堀北さんは、ベッドに座ってそう切り出した。


「まずは自己紹介しましょうか。私は堀北 雪音。日本人よ」

「やっぱり日本人なんだな。俺は石森 翔太郎だ」


 黒髪黒目は日本人の特徴だ。この村の人の中には、黒髪黒目の人はいなかった。


「堀北さんも、その、神様に能力を貰っているのか?」

「……ふふ」


 実際に能力を使ったことがあっても、『神様の能力を貰ったのか』なんて真面目に聞くのは少し恥ずかしかった。そんな俺の様子がおかしかったのか、堀北さんはおかしそうに笑った。しかし笑った理由は、まったく違ったようだ。


「さあ、どうでしょうね?」

「どうでしょう、って日本人だったら貰ってるはずだろ? この世界に来る前に、神様に」

「そうかしら?」

「……何が言いたいんだよ」


 お話をしようと言われたからここまで来てるんだぞ? それなのにこの人は話すつもりがないのか?


「逆にあなたはどんな能力を持っているのかしら?」


 質問返しをされた。


「それは、よくわかってない。この世界に来た日に能力を使ったら、能力の反動か何かは知らないけど、今まで寝る羽目になったんだよ」

「そうなの。大変だったわね」

「まあ、そうだったけど」


 あの激痛は二度と味わいたいとは思えない。というか、結局俺しか話してないじゃないか。


「あなた、少し警戒心が無さすぎるんじゃないの?」


 ようやく向こうから帰ってきた言葉がそれだった。


「別の言葉で言えばマヌケね。情報が与えられているのに、考えることが出来ない。思考停止していてはこの世界では生きていけないわよ」


「警戒心って言うなら、そっちこそそうだろ? 堀北さんからはどう見えているのかは知らないけど、俺だって一応男なんだぜ?」

「だから?」

「だからって……」

「あなたが私に何かするのかしら?」


 そんなつもりはない。


「何もしないわよね? 知っているわ」


 堀北さんは立ち上がった。ベッドから立ち上がると、俺との距離はほとんどなくなった。夕焼けが部屋を赤くする。ここまで近くに同年代の女の子を近づけたことはない俺は、顔を反らして緊張をごまかす。


「私はするけどね」

「は?」


 次の瞬間、足を払われ、床に組み伏せられていた。何が起こったのか全く分からない。どうしてこんなことをされているのか。


「い、っつ……っ!」


 さらに腕をひねり上げられる。


「私が女だから、男の自分が警戒される側だと思ってた? だとすればそれは大間違い。この世界でそんな価値観は何の役にも立たないわ。今だってこうして」


 いつの間にか持っていたのか、少女の繊細な指でも十分な殺傷力を得られる武器、小ぶりな刃物を俺の目の前の床に突き立てた。


「なんで……」

「そんなの決まっているでしょう? この世界が異世界だとわかっているのなら」


 神を名乗る得体のしれない存在に言われた。この世界に俺たちを送る目的を。


「殺し合いか……っ!」

「その通りよ」


 考えが甘すぎた。どうして日本人だとわかる相手にこんなに無策で近づいてしまったのか。この女の言う通り、うかつとしか言えない。


 いまさら分かったところでもう遅い。何かの拳法か、それとも柔術なのか、いくら体をひねっても全く拘束から抜け出すことが出来ない。


 こうなったら……っ!


 俺には最後の手段がある。あの熊―――メイはブラックグリズリーと呼んでいた―――の腕を吹き飛ばした必殺の拳だ。『神格:全知全能』を使えばこの拘束くらいなら力づくで引きはがせるだろう。


「どうしたのかしら、抵抗しないの? ずいぶんと諦めがいいのね」


 あの威力ではこの人を殺しかねない。自分が殺されそうだからと言っても、そう簡単に割り切れるものではない。


 じっと目をつぶって耐えていると、俺の上にあった圧力も消えてなくなった。


 疑問に思って顔を上げると、雪音が腕を組んでベッドに座り直していた。刃物もテーブルに置いていた。


「合格よ」

「ご、合格?」


 今の凶行が嘘のように仕切り直す堀北さん。俺も立ち上がり、向かい合う。しかし、さっきまでのようにヘラヘラと突っ立っているわけにはいかなくなった。


 目の前に座っているのは、俺と同じように他の転移者と殺し合うためにこの世界に来た存在だ。そのことを思い知らされた。


「私はあなたの味方よ」

「何を!」


 あんなことをされて、いったいどの口が言うのか。


「私のことは信用できないわよね。私もそうよ。あなたのことは、さっきの瞬間まで信用できなかった」

「俺は逆にさっきまでは信用出来てたよ」

「それは信用ではなく思考停止よ。この世界でそんなことをしていれば本当に死ぬことになる」

「前にそれで痛い目を見たってことか?」

「見ないように努力しているわ。なんせ、この世界は日本とは違って物騒だもの」


 雪音はバッグの中から丸めた紙を取り出した。3枚あったその紙には、日本語で何やら文字が書かれている。


「これは?」

「このふざけたゲームの途中経過よ」


 ふざけたゲーム、つまりはこの殺し合いゲームについて何か書かれているってことなのか。


 俺は了承を取らずに紙を手に取った。堀北さんは何も言わない。


「私があなたに接触した理由はただ1つよ。私と、私たちと手を組みましょう。このふざけたゲームを終わらせるために」


 ミステリアスな笑みと共に、そんなことを言い出すのだった。

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