本編!! 粕谷、壁ドンされたんだけど!?!?

「……ええ、っと……かおる、せんぱい……?」


 あたしの鼻先に、かおる先輩の鼻先がほんの少しこすれた。


 あたし、粕谷かすや未瑠みる

 現在憧れの山かおる先輩に二人きりの教室で壁ドンされてます。


 あれ!? え!? 粕谷が攻められてる!?

 あんだけ前置きでかおる先輩の事好き好きって言ってたのに!?

 粕谷クオリティ炸裂するよーって宣言してたのに……粕谷、受けなんですか!? そうなんですか!?!?


「多分、未瑠って受けの方が可愛いと思う」

「――っ!?!?!?!?!?」


 何言ってるんですかせんぱーいっ!?


 小さくウインクして、にっと笑うかおる先輩。近い、近い近い近い……っ!

 あ、今息が粕谷の口元をかすめた、っ、やばっ……ぁ、ぁ、あ、あっあっあっ……!


「っ……あ……」


 無理。もー、無理。粕谷、無理。完全に思考を止めた。かんがえるのをやめた。

 考えるのをやめても心臓は動くのをやめない。それどころか普段以上の働きをバリバリしてる。痛い位にドクドクいってる。あっあっあっあっ。


「キス……していい?」

「っ!?」


 えええええええ!?

 いや、待って!? ちょっと!? え!?

 あまりにいきなりすぎる展開に断ろうにも喉に引っかかって言葉が出ない。

 というかぶっちゃけると本望なんですけど……!! めっちゃキスされたい、けど、けど、でも、っ……!!


 ごちゃごちゃごちゃごちゃ。本望と、本望になぜか対抗する何かがあたしの頭の中で戦争を始めた。

 戦争のせいであたしはもう何も考えられなくなって、ただただ熱が顔に集まるのを感じてて……!


 え!? あ!? 元々近い距離がもっと近づいてくる……!

 どうするの、あたし!? どうなっちゃうのあたしっ!?


 何も考えられないあたしの結論は……ぎゅうううっと、目を思いっきり閉じた。

 ……つまり、もう……受け入れるってことで。


 結局……キスされたいわけで。粕谷は……粕谷は……っ!


 あたしは震えながら待った。唇に柔らかい温もりが来るのを待った。


 けど。


「……ふふっ」

「え?」


 すーっと熱があたしの顔の前から離れていくのを感じる。

 あれ? もしかして? え?


「エイプリルフール」

「……え」

「エイプリルフールだよ、未瑠。冗談冗談」

「あ……ぅ……」


 そう。今日は4月1日。エイプリルフール。

 つまり、かおる先輩はあたしをからかうためにこんな小芝居を打って出たということ。


 ……粕谷にとっては全然小芝居でもなんでもないんですけどね!!!!!!!!!


「……かおる先輩きらい」

「え」

「かおる先輩だいきらい」

「あ……」


 かおる先輩から解放されたあたしは、床にへたり込みながらもぷいっとそっぽを向いた。

 いいもん。落ち込んでるかおる先輩は見たくないけど、今だけはいいもん。かおる先輩を目いっぱい落ち込ませてやる。それだけかおる先輩はあたしを期待させたんだからね。ふーんだ。


「ごめん……」


 しなびれたかおる先輩。ちょっと傷つく。

 でもいいもん。今はいいもん。今は……。


「やりすぎちゃった……よね?」

「やりすぎてますー」

「だよね……」

「反省してくださいよ先輩」

「反省します……ぐすん」

「……」

「……」


 ……………………無言。


 あれ? なんか。思った以上にまずい状況になってません?

 そこまで粕谷はかおる先輩を追い詰めるつもりはなかったんだけど……なかったんだけど……。


「……未瑠」

「なんですか……?」

「……だいきらい、ってのさ」

「はい」

「……それって、嘘?」


 あ。そうだ。今日はエイプリルフール。……というかさっき先輩言ってたじゃん。

 つまり、ここで認めれば……何とか、なる、と、思う。


 あたしは小さくうなづいた。また、顔がほんのり熱くなる……。

 言葉には出せなかった。恥ずかしいんだもん。


「……ありがと」


 っ……!


 弱気なかおる先輩、普段見たことないけど……可愛い……。

 思わず飛びついて抱きしめたくなる。けど、そんな雰囲気じゃない。

 今抱き着くと冗談で済む雰囲気じゃない……気がした。


 ……え? あれ?

 冗談で、済ませたくないんだよね……あたし……?

 出来るなら、かおる先輩ともっと深い関係になりたいって思ってるんだよね、あたし……?


 じゃあ、なんで身体が動かないんだろう……。

 今ある関係を、壊したくないから?

 何だかんだで心地よい今の関係を、変えたくないから……?


 多分、そうだ。うん。今でも仲がいい先輩と後輩同士の関係なんだ。それでもあたしは満足だろう。


 ……でも。

 キスしたい。されたい。その先も叶うならしたい。

 というかさっきキスされかけたから……その願望はよりもっと強さを帯びている。

 壊したいんだ。あたしは。

 でも、壊したくないんだ。あたしは。


 じゃあ、どうすればいいんだ、あたしは……。


「未瑠」


 ……撫でてくれる手。優しい手。温かい。ずるい。


「あたしは、大好きだよ、未瑠のこと。これは、嘘じゃない」


 ずるいずるい。そんなの……ずるい……。

 勘違いする。今のタイミングでこんなの言われたら、勘違いする。

 あたしのことを、後輩としてじゃなく、同性同士の友情としてじゃなく……もっと、違う、深い意味での好きって、勘違いする……!


 ぎゅううう。苦しい。胸が、苦しい。

 締め付けられる。この想い……言えない。誰にも。

 特に、今あたしを優しく優しくなでてくれている憧れの先輩には、絶対に言えない……!


 苦しさは、悲しさになって、目に伝わって……つーっと、頬に何か熱いものが流れる感触がした。


「未瑠……え……?」

「……あ……」


 泣いちゃった……?

 え、あたし? 泣いてるの? え?

 涙って。涙って、そんなに簡単に流れちゃうもんなんだ。

 あたしの意志と全く違うのに、簡単に流れちゃうものなんだ……。


「あはは……なんかあたし、おかしい……っ……」


 面白くて、笑っちゃった。

 自分が滑稽で、面白くて、おかしくて……笑っちゃう。

 でも……胸は苦しいまんま。辛いまんま。

 一番言いたい人が前にいるのに。一番伝えたい人が前にいるのに……言えない、なんて。


 そんなの、辛い。辛いほかない。苦しい。

 そして、今までこんなにはっきりと辛い、苦しい思いを自覚したのは……初めてだった。


「…………」


 一体何を思うんだろう、こんなあたしを見て。

 変だと思わないかな。嫌いにならないかな。一気に冷たくされたら、それこそ一番悲しいことだ。

 かおる先輩は何も言わず、あたしを優しく撫で続けた。


 ……ほんのりと、頬が赤く染まっている気がしたのは、気のせい……だよね……。


 しばらく撫でてくれたあと、かおる先輩は大きく息を吐いて……あたしに目を合わせるように、四つん這いで顔を突き合わせた。


「……未瑠」

「かおる、先輩……?」


 心なしか、目が潤んでいる。あたしじゃないよ? かおる先輩の、だよ……?


 え? かおる先輩の目が潤んでる? え? 嘘っ? え? え??


 あたしとかおる先輩は、しばらく目を合わせて顔を突き合わせ続けた。

 目が潤んでいるだけじゃない。顔もほんのりと……いや、はっきりと赤くなってる。

 そういうあたしも、多分同じような表情を浮かべているはず。


 ……ドキドキ、バクバクと高鳴る心臓。苦しい。辛い。壊れそう。

 でも……不思議と、嫌な気持ちじゃなかった。さっきみたいな、嫌な気持ちじゃなかった。


 多分、その胸の高鳴りは……やがて、心地よさに変わるんじゃないかなって、思ってたから。


 かおる先輩の目が閉じられる。

 ……あたしも、目を閉じた。戸惑わなかった。そういう雰囲気、だったから。


 暗闇の中、ゆっくり、ゆっくりと顔を近づけていく。見えなくっても、お互いの熱で分かる。たどり着くべき場所へと、ちゃんと近づいていけてる……ってことが、ちゃんと分かる。


 まず最初に鼻先が触れた。

 ドクン。ほのかな幸せが胸をぎゅって抱きしめる。


 そして……鼻先を合わせたまま、そのまま接近していって……。


 唇に、柔らかな感触をほんのりと感じた。

 初めての感触。すごく、幸せな感触。

 そこから身体中に温もりがわーっと広がってって……とても、とても、心地いい感じがした。

 ふわふわと浮いているような、そんな、感じ……。


 どちらからともなく、ゆっくりと離れる。唇にいつも通りの外気が触れた。

 余韻がすごい。まだ、かおる先輩の感触が残ってる……。

 唇を人差し指でつーっとぬぐってみた。


 ああ、かおる先輩と、キス……しちゃったんだ。

 ウソじゃないんだ。……ホントに、キスしちゃったんだ……。

 幻のように思っていた瞬間が、一気に本当に起こっていたものだと思い知らされる。


「……ごめんね。気づいてあげられなくて」

「え……?」


 まさか、かおる先輩……さっきので、察してくれたの……?


「未瑠。……あたし、多分、普通に男の子が好きな女の子だと思うんだ」


 察してくれたみたいだった。

 そして……その上で、あたしを振ってくれてる。

 無理やり頑張って……あたしの願いを叶えた上で、振って、くれてる。


「だから、多分……何か色々と上手くいかないかもしれない」


 なんて優しいんだろう、かおる先輩は。

 そんなの、ずるい。もっと好きになる。

 絶対に叶わない恋だって分かっている癖に、あたし……もっともっと、かおる先輩に惹かれてしまう。


 あたしはブンブン首を振った。『やめて』の一言も、喉に突っかかって出てこない。

 だって、こんなに優しくされたら……諦めることなんてできなくなっちゃう。

 どうしようもない、もう救いようのないくらいにかおる先輩が好きになっちゃう……!


 耳をふさぎたくなった。これ以上、好きにさせないで、かおる先輩……!


「……でも。さっきのキスで分かったんだ」


 ……え……?


「未瑠となら、多分……大丈夫、なんじゃないかなって」


 あたしは目を見開いた。……それ、って……。


「ちょっと怖かったんだけどさ、さっきのキス。……そんなことなかった。気持ち悪いなんて全然思わなかった。むしろ……」

「……んむっ……!?」


 え!? え!?

 キスしてきた!? また!? ええっ……!?


 一瞬だけど、強く押し付けるようなすごいキスだった……。

 かおる先輩はすぐに離れると、赤らめた顔を惜しげもなくこちらに向けて……切なげに、こう言ってくれた。





「……もっと、したくなっちゃった」







--※--






粕谷の宣伝タイム!!


かおる先輩が大大大活躍する本編はこちら!!!!!!

(あ、あとついでに粕谷もちゃんといます)


『With Heart and Voice -僕らの音は、心と共に-』

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054890630293


……一応改めて断りを入れておくけど、本編では粕谷は普通にかおる先輩と仲のいい後輩です。

あと男の子が主人公です。あとあと、はっきりとガールズラブ! って要素はないです。


前置きで話した吹奏楽部の事情とかをもっと知りたい! って人はぜひぜひどうぞ!

かおる先輩のトランペットがいかに素晴らしいかも分かるよ!!


……あ、あと一応粕谷のトランペットも聴けるよ? うん。

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あたし……憧れのかおる先輩に、壁ドンされてるんですが!?【エイプリルフール】 NkY @nky_teninu

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