《妹の家出~軍を巻き込んで~》

荒野にいくつかの戦車が走っていた。

しかしどの戦車の中の人物も憔悴しきっていた。

戦車の中は大概の敵にとっては安全地帯であるというのに。


一人の男が言った。


「何なんだよぉ。アイツは何なんだ!」


もう叫んでいないと気が狂ってしまいそうなのだ。

男が叫ぶと連鎖のように次々と戦車の中の人物が叫んでいく。


そこはまるで地獄絵図。

その地獄絵図に終止符を打ったのは、この戦車の運転をしていた男だった。

運転を無言で行っていた男の口から悲鳴が上がったのだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

すると車内は一瞬静寂に包まれたが、その後直ぐにパニックに陥る。


「だめだぁ! もう終りだ......」

そう言った男は周りの制止も聞かずに走行中の戦車のドアを開けた。

そこにある仲間たちの戦車を見て安心するために。


重い扉を開けた先には......何もない荒野が広がっていた。


否。


戦車の残骸らしき物と......一人の少年がいた。

少年は戦車を開けた男に気づくと振り向きながらニィと嗤った。


「ヒィッ」


そう小さく悲鳴を漏らした彼。

慌ててドアを閉めようとする。

だが、時既に遅し。


少年はダッと駆け出す。

ドアを閉めるのを手伝うために立ち上がった者たちが、銃を条件反射で撃った。


少年はそれを意図もたやすく避ける。

距離は直ぐに縮まり、目の前まで来てしまった。


開けたときより多少閉まったドアを開けようと少年がドアに指を触れた。


否。

触れようとした。


触れようとチョンと指がコンマ一秒に満たない時間触れた瞬間ドアが凹んだ。


何かの力でそうなったのは分かる。

混乱している男たちに分かるのはただ一つ。


これはガラクタになってしまったことだけ。


因みに少年は走りながら、これらの行動をしている。


なぜかと言えば、運転手がパニックに陥りながらも戦車を走らせ続けているからだ。


壊れたドアを少年は怪訝そうに見た後、「チッ」と舌打ちをした。


そして、今までずっとポケットに入れたままだった左手を出した。


指をパチンッと3回鳴らした。

その後ゆっくりと再びドアに触れた。


すると、今度は何も起こらなかった。

少年とは思えない程の威圧感をだしながら


「どけ」


と言った。


死にたくない男たちは直ぐにどけた。

男たちが退いた所に少年が立てるぐらいのスペースができた。


そのとき、風がビュッと吹いた。


少年の艶やかな黒髪が風に靡いた。


男たちは敵だと言うことを忘れて魅入ってしまっていた。


改めて、少年を見ると意外と美形だ。


美形、そう感じたことに軍人であるため女の影がない男たちは内心荒れた。


それは直ぐに収まったが。


続けて服装を見ると、かなりラフな格好だった。


少年は、Tシャツに黒のパーカー。

そしてジーパンという服装。


両手の手首にはブレスレットがされていた。

男たちの視線は自然と首もとへ。


首にはチェーンネックレスがされており、その下ぐらいの所にTシャツから見え隠れして大きな傷があった。


こんな少年に生涯つきまとう程の傷を負わせたのは一体誰か。


それは単純な興味。


この少年は年齢が浅い。

しかし、


それ故、異常に強い。

年齢にそぐわない程。


どんな過程を歩んだら、こんな怪物が生まれるのか。


そんな気持ちを抱きながら視線は耳へ。

耳にはいくつものピアスがあいていた。


そこまで、観察を続けたところで少年に声をかけられた。


「おい、てめぇら。俺の妹、知らねぇか?」


妹=女の子。


そんな公式の様なものが彼らの頭の中に浮かび上がると皆首を振った。


代表として、ドアを開けた男が答えた。


「てめぇの妹ってヤツはみてねぇよ......」


それに対して少年は鼻で嗤うと、


「あぁ!? てめぇら三下に見つけられるわけがねぇだろ。なめてんじゃねぇぞ」


じゃあ、何で聞いたんだよ!?


と言いそうになった所で少年が戦車の奥を睨んでいることに気づいた。


そのときカツン、カツンと靴の踵の音が静かな戦車の中に響いた。


息を呑んだ男たちは身構えた。


漸く姿が見えたとき、『ソレ』ほ起こった。


ガッ。

ビュオッ。

バキバキッ。


たった三つの音が戦車を埋め尽くした。

それは二人の子供によって為された音だった。


煙が軽く立ち込める。

その煙が消えそうな時少年が足を下ろしていた。


つまりは、あの音の最初は誰かの腹に蹴りを出し、それがめり込んだ音。


二番目は蹴りの余波の風。


そして、最後は蹴りの被害者が戦車の壁にめり込んだ音

と言うわけだ。


その被害者は埋まった壁から抜け出していた。

軽く、頭を振りながら。


「う~? 痛ッ」


その被害者、いや女の子は薄くだが裂傷ができていた。


男たちは心のなかでただひたすらに


『どうか飛び火しませんように』


と祈っていた。


そんな男たちの気持ちなど知らずに少年は衝撃のことを言った。


「零亜。お前、家出ごときに軍を巻き込むなよ。俺がどれだけ戦車を壊したと思ってんだよ」


一瞬、聞き間違いかと思った。

だが、彼の真剣な瞳が嘘ではないと証明していた。


彼は言っていないが、大砲も生身で破壊している。

これがたった一人の『家出』を止めさせる為のものとは到底......信じられない。


少女は頬を膨らませると、


「だって、帰りたくないんだもん!」


と言った。

少年はそれに対し、怒りを露にしながら答えた。


「あ? 帰りたくねぇだぁ? 俺がてめぇの為にいくつ戦車と大砲をぶっ壊したと思ってんだ」


「ふん! アンタみたいな奴、いくらでもいるんだから!」


男たちは珍しく心をシンクロさせ思った。


こんな殺人マシーンの様な奴が街にホイホイいてたまるか!


と。


「だから、人はモノじゃねぇって何度も言ってんだろうが、あ?」


「知らない、帰らない! アンタがあの家を出るまで! 私と縁を切るまでっ!!」


少年は顔を下に向けると、


「おい、零亜。俺が縁を切ったら帰るんだろ?」


「帰るよ! でも、双子の私と縁を切るなんてできっこないでしょ!?」


少年は一度だけ舌打ちをすると、ポケットから携帯電話を取り出すとどこかにかけだした。


つながったらしく、話を始めた。


「もしもし、いきなりで悪いが俺と零亜の縁切れるか? ......あ? ああ、分かってる。ああ、じゃあな」


そして、通話を終えると携帯電話を地面に落とした。

それだけでは済まずに、靴底で踏み潰した。


それを、自然の様に終えると彼女に向き直り言いはなった。


「零亜。今から俺以外の迎えが来るから。てめぇの望み通り縁、切ってやったぞ。これで帰るよな。俺はてめぇの前に顔を晒すことはできねぇから安心しろ。じゃあな」


戦車に足を一歩踏み出そうとして彼は思い出したかのように「あ」と言った。


直後、黒くて丸い物を投げ込まれた。


男たちが最後に見たのは、ニィと嗤いながら落ちていく彼と、


「ぅあっ、ちがっ、待って、兄さん!!」


と叫んでいる女の子の姿だった。

直後男たちは世界から情報を受けとることが出来なくなった。


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双子の破滅者 鴉杜さく @may-be

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