ろくろっ首のブービートラップ
とある、うららかな天気の日の化け物長屋。その一角の、石頭爆乳ろくろっ首こと八重の部屋の中で、八重が五つの小さなツボを目の前に並べてそれらを真剣に見つめていた。
それらのツボは、厳重に封をされていて、ツボの表面には、それぞれその中身が記された紙が貼られている。
五つのツボに貼られた紙の左から、『小辛』、『中辛』、『大辛』、『激辛』、『死辛』と記されてあった。
「う~ん……今日はどのような調合にしようかなぁ……」
八重のツボを見る目つきは真剣だが、その口調は弾んだ実に楽しそうなものだった。
それもそのはず、八重の言う調合とは、八重の数少ない趣味の一つである、激辛料理の辛味配分のことなのだ。
「あ、その前にぃ……下準備ですぅ」
えへへっ♪ と身体を嬉しそうに揺らしながら、水がめから柄杓を使って水を鍋の中にざぶりと何度か入れる。そして、その鍋をカマドに、うんしょっとセットした。
「ええっとぉ……たしかぁ……」
ごそごそと袖口や懐をまさぐる八重。しかし、目的の物がみつからなかったらしく、うぅ~んと小首をひねる。
「ええっとぉ……」
八重は頭に両手を置いて目をつぶり、一日前の記憶をたどってみた。
昨日は楓さんの縫物のお手伝いをしてぇ……。そのお礼に、あれをいただいてぇ……。そして、お部屋に戻ってきてぇ……。
そこまで思い出したところで八重は、
「あっ♪」
と言って、頭の上にぴかぁ~んっ☆ と閃き電球を浮かべながら、ぽんっと手を打った。そしてひょこっと立ち上がり、部屋の隅に置いてある、少し大きな箱――通称“宝物入れ”の蓋を開けた。
ごそごそと宝物入れの中をまさぐり、目的の物を取り出した。
それは、楓からもらった呪符であった。
この呪符には火おこしが簡単にできるように、火の妖力をこめてあると、楓から言われていた。
さっそく、呪符をカマドの薪にペタリとくっつける八重。
すると、薪に呪符をつけた瞬間、ぼおぅっ!! と勢いよく火が燃え上がった。
「きゃぅっ?!」
想像以上の火力に驚き、八重はペタリと尻餅をついた。だが、視界が立ったままと変わっていないことに気づき、あうぅ~……と顔を赤らめた。驚いたと同時に首が伸びてしまったのだ。
しゅるしゅると首を引っ込め、ひょこっと立ち上がってお尻についた砂埃をはたく。びっくりはしたものの、八重の呪符は効果抜群で、あっという間にカマドの薪に火をつけることに成功できて、かなりの時短ができた。
「さすがは楓さんですぅ♪」
パチパチと音を立てているカマドの火を見て満足気にうなずく八重。くるりとカマドに背を向け、今度はお台所のまな板の前へ、トコトコと移動する。
「ええっとぉ……何が残ってたかなぁ……」
お台所の下にある、楓の式神達に作ってもらった備蓄庫の蓋に手をかけ、うんしょっと力を込めて備蓄庫の蓋をあける。
ひょこっとしゃがみ、備蓄庫の中へと顔を突っ込む。
「とりあえずぅ……」
備蓄庫から顔を引っ込め、そこに両手を突っ込み、蓋のされた少し大きめのツボを取り出す八重。
取り出したツボを、カマドのそばへと持っていき、もう一度八重は備蓄庫の元へ行き、顔を突っ込んだ。八重は中を見渡した後、
「買いだめしておいてよかったぁ」
とつぶやき、備蓄庫から顔を引っ込め、備蓄庫から大根、ニンジン、魚の干物を取り出した。それらをお台所に置いてある桶に入れ、水がめから柄杓で水を汲んできて桶の中に水をいれた。
「あっ、忘れてましたぁ――――」
てへっと舌を出し、トコトコとカマドの前へと移動する。そして、カマドの横に置いてある、これまた小さなツボの中に手をつっこんだ。
八重がツボの中から手を抜きだすと、その手にはいくつかの煮干しが握られていた。その煮干しを、カマドで火にかけられている鍋の中に放り込む。
「御出汁をとらないと、おいしくないですぅ」
うんうんと頷き、お台所の方へと戻る八重。
まな板の上で、器用にニンジンと大根の皮を包丁でむいていく。皮をむき終えると、それらを一口大の大きさの角切りにし、切り終わったらそれらをザルの中に放り込み、それを一旦脇にどけて魚の干物をまな板の上に乗せた。
「今日は、どうしようかなぁ……」
包丁片手にうぅ~んと首をひねる八重。すると、カマドの上の鍋から沸騰したお湯が吹き出しはじめた。
「あっ! いけないっ!」
包丁をまな板の上に置いて、慌ててカマドの方へと駆け寄る八重。いつもよりも火力が強すぎたせいで、思ったよりも早くお湯が沸騰してしまったのだ。
急いで鍋を火のついてない方のカマドに置いて、中から煮干しを取り出す。この煮干しは後で煮詰めてタマへの差し入れにするので、別な鍋の中に放り込んでおく。
「ふぅ……危なかったですぅ」
ほっ、と安堵の息をもらし、台所の方へと戻っていく八重。そしてザルを掴んでカマドへと戻り、ザルの中身を鍋の中に入れ、鍋を火のついたカマドの上に置いた。
「ちょっと、火を弱めないとぉ……」
ひょこっとしゃがんでカマドの中の薪を少し減らす。うん、これなら大丈夫。安心して台所のまな板の前へと戻って、まな板の上に置いてあった魚の干物を手に取った。
「えへへぇ♪」
嬉しそうに顔をほころばせながら、魚の干物に串を通す八重。串を通し終えると、それをもって、畳の上に並べていた五つの唐辛子ツボの前に、ちょこんっと座った。
「あっ、その前にぃ……」
串を一旦ツボの上に置いて、宝物入れの方へと行く八重。そこから、ちょっと大きめな封がされたツボを、うんしょっと取り出し、唐辛子ツボのところまで持ってきた。
大きめなツボには封を取ると、ゴマ油の食欲をそそる香ばしい匂いが部屋の中に流れ出す。
「えへぇ……」
大好きなゴマ油の匂いに、だらしない笑みを浮かべてしまう八重。その口元からは、ほんのちょっぴりよだれが溢れている。我に返って、慌ててよだれを吹くと、ツボの上に置いておいた魚の串を手に取り、それをゴマ油のツボの中に押し込んだ。
とぽんっという音を立ててゴマ油の中に沈む串。十秒ほど油の中に漬け込んで、串を取り出し、ゴマ油が畳の上に落ちないように手でかばいながら、台所のそばの火鉢に持っていく。
「あっ……」
串を持っていったところで、悲しい声をあげてしまう八重。火鉢の火おこしを忘れていたのだ。
あうぅ……と、意気消沈しながらも、串を火鉢の砂に突き刺し、カマドのそばへと行く八重。
カマドから火種を取り出し、それを注意して火鉢の中へと入れた。
砂に刺した串を抜き、ふぅ~……ふぅ~……と火種を吹くと、火鉢の中に、ぼっと火がともる。
八重はそれを見てうなずき、もう一回串をゴマ油の中に浸しに行った。
そして串にしっかりとゴマ油をまとわせて、火のともった火鉢の砂に串を突き刺した。これで少しの間放っておいたら、魚の串のあぶり焼きの完成だ。
「うんっ♪ これでよぉ~~~しっ♪」
これにて御汁の準備と魚の串焼きの準備が終了。さあ、後は待ちに待った調合の時間。
八重は、楽しみで仕方がないといった満面の笑みを浮かばせながら、宝物入れの中から調合用の和紙と木製の
「えっへへぇ~♪ 今日は、どんな辛さにしようかなぁ♪」
ツボの一つ一つに書かれた辛さのランクに目を走らせていく八重。
小辛――もう、このくらいじゃ刺激が足りないですぅ。辛さにまろやかさを足すときに使うくらいですぅ。
中辛――辛さでいうと小辛とあまり変わりませんが、小辛よりも風味豊かですぅ。
大辛――赤味が強くて見た目的にすごく辛そうに見えますが、ちょっぴりピリッと来るくらいの辛さですぅ。
激辛――少し汗が出てきちゃう辛さですぅ。
死辛――舌がビリビリと痺れちゃう辛さですぅ。
とまあ、八重の総評を聞くとあまり辛そうに聞こえないが、ところがどっこい、このろくろっ首は辛さに対して尋常じゃない耐性を持っているので、この総評は信用に値しないと思っていい。大辛の時点で常人には耐えれない辛さ。激辛を口にしようものなら悶絶もので、死辛は呼んで字のごとく、だ。
うぅ~ん……どうしようかなぁ……。
腕を組んで、う~んと考え込む八重。少しの時間の後、八重は、ぽんっと手を打って朗らかな笑みを浮かべた。
「今日は少し、辛めにしますぅ♪」
八重は木製の御匙を手にし、それを迷うことなく死辛のツボへと突っ込んだ。
ツボの中から木製の御匙を取り出すと、そこには真紅の死の粉がこんもりと乗っていた。
それを和紙の上にさらさらと乗せると、八重はまたしても死辛のツボへと突っ込んで、赤い死の粉を和紙の上に乗せた。そして、もう一回。さらに、もう一回。トドメとばかりに、もう一回。
計五回、死辛のツボから粉を取り出したところで、今度は激辛のツボの中に御匙を突っ込んで、和紙の上に乗せた。
同じように、大辛、中辛、小辛からも一度ずつ粉を取り出し、それを和紙の上に乗せた。
すると八重は、風を起こさないようにゆっくり立ち上がり、台所からすり鉢とすりこぎを持ってきた。その中に和紙の上に乗せていた、赤い死の粉たちを入れて混ぜ合わせ、それをすりこぎで弱めにゴリゴリとすりはじめた。
「ふんふふんふふ~~ん♪」
嬉しそうにすりこぎを動かす八重。
傍から見ると、年端もいかぬ美少女が幸せそうに甘味でも作ってるような光景だが、その実、凶悪な大量殺戮兵器の製作にいそしんでいるのだ。そして、本人にその気がないというところがまた始末が悪い。
「うんっ、これで完成ですぅ♪」
常人なら、近くに寄るだけで目がやられてしまいそうな、真紅の死の粉がここに爆誕した。
八重はウキウキした心持ちですり鉢をカマドの前まで持っていく。そして、すり鉢の中から御匙で死の粉をすくいあげ、それをいい具合に焼けてきている魚の串にこれでもかと塗した。
「えへへぇ♪」
焼き上がりのおいしさを想像して、ちょこっとよだれが出てしまう八重。
元々は、干物らしく少し茶色がかった魚が、今はもう真紅に染まりあがっていた。ただ、八重特製のゴマ油のおかげで、香りが実にこうばしく、一見うまそうに見えてしまうところが恐ろしい。
「お次は御汁ですぅ♪」
トコトコっと台所まで歩いていき、備蓄庫から味噌を取り出す八重。それを大きめの木製のおたまに適量とり、それをカマドの上の鍋の中の御出汁に溶かしていく。
部屋一面に、味噌の良い香りとゴマ油のこうばしい香りが漂い始める。それだけで済めば実に食欲をそそる香りなのだが、この先がいけない。
「御汁にも、いぃ~~っぱい、入れてぇ……」
味噌を溶かし終え、残っていた死の粉を、ぼふぅっ! と勢いよく全て味噌汁の中にぶち込むろくろっ首。
辺りに死の粉の粉塵が乱舞する。常人ならば、この粉塵が目に入ったり皮膚に当たるだけでも悶絶ものなのだが、八重はまったくもって無反応。せいぜい、くしゅんっ! とくしゃみをするくらい。
「えへへぇ……♪」
本人的には、食欲をそそる香りが一面に漂う。しかしその実、香りだけで目をやられてしまうほどの強烈な刺激臭がカマドの近くに漂っていた。よくよく見ると、カマドの周囲に大量の虫の死骸が散らばっている。きっと、この香りにやられてしまったのだろう。それに気づいた八重が肩をすくめた。
「あうぅ~……またいっぱい虫さんが……なんででしょう?」
掃除がまた大変ですぅ~と、ぶつぶつ言っている八重に、虫たちの魂がおめえのせいだ!! と大合唱をしているのだが、哀れ虫の魂の言葉が八重に届くことはなく、八重はいつものようにホウキで虫の死骸をぱっぱと払って死骸を部屋の外へと履きだした。
すると、八重がちょうど部屋の外へと出た時に、
――なのなのぉっ!!
という可愛い声が八重の耳に入ってきた。声の下ほうへと八重が視線を落とすと、楓の式神がぴょこぴょこと八重に何かを訴えていた。
「あれれぇ? 楓さんがわたしに何か御用なのですかぁ?」
――な~ののぉ!!
ぶんぶんと嬉しそうに両手をふりふりする式神。どうやら八重の予想は当たっていたらしい。
「う~ん……じゃ、じゃあ、少しここで待っててくださいぃ~。火を消してきますからぁ」
せっかく出来立てのおいしい御飯がぁ……と少し肩を落とし気味に、八重は部屋の中へと戻っていって、カマドの火を消して戻ってきた。
「では、参りましょうかぁ」
出来立ての御飯に後ろ髪を引かれながらも、わざわざ式神を使って呼び出しをするところに、楓の用事の緊急性を察して少し駆け足で楓の部屋へと向かう八重であった。
そして八重が楓の部屋へと向かって程なくして、八重の部屋へと一匹の畜生が訊ねてきた。
「おぉ~い、八重、いるカァ~?」
しゃこっ!! と勢いよく障子戸を開けるオオガミ。部屋の中を見回すが八重の姿がないことに気づき、腕を組む。
「あ~、留守カァ。ってことは、また楓の面倒ごとに付き合わされてるんだろうナ」
無駄に野生の勘が鋭い畜生が
「うン……?」
犬の――いや、失敬、狼の嗅覚が八重の部屋に漂う、美味そうな香りに反応した。ほんの少しだけ鼻先が痺れる感覚も感じたが、そんなことより美味そうな香りの方が強かった。
「あいつ、何か作ってたのカ?」
オオガミはもう一度踵を返し、八重の部屋の中を、クンクンクンクンと注意深く臭いを嗅いだ。どうやら、においの元はカマドにあるようだと確信したところで、オオガミは八重の部屋へと不法侵入をかまして、カマドのそばへと近寄った。
「オ~! こりゃあ美味そうな汁じゃねえカ!!」
以前に、楓主催の宴会で八重の料理の上手さを知っているオオガミ、何も疑うことなくそして迷うことなく、カマドの近くに置いてあったオタマで汁をすくい、ふぅ~ふぅ~と息を吹きかけて軽く冷まし、ぐびっ! と一気に飲み込んだ。
「ん~、んメエ――――」
と、最初はその味噌汁の美味さに舌鼓をしたのだが、すぐに恐怖の瞬間がオオガミへと襲い掛かってきた。
「――ッ!!?!?!?!!!?!??!?!?!」
声にならぬ悲鳴をあげ、そのままパッタリと前のめりに倒れるオオガミ。哀れ犬畜生、つまみ食いの天罰がここにくだった。
すると、それから間を置かずに、
「お~い、八重~にゃんの頼んでたものはできたかにゃ~」
と、もう一匹の畜生が八重の部屋へとずかずかと入り込んできた。
「にゃんだ。留守かにゃ」
きょろきょろと八重の部屋の中を見回すタマ。すると、カマドのそばで突っ伏しているオオガミの姿を発見し、近くに寄っていく。
「にゃんだ? おみゃ~、こんなとこで何してるにゃ?」
そういうタマの鼻も、とある匂いを嗅ぎつけて、小さくひくひくと動いた。
「この香りは――――」
匂いの元に、ずびっ! とネコ目を向けるタマ。タマの視線の先に、火鉢の中から顔を出している焼き魚が映った。となれば、畜生の取るべき行動は一つ。
「お~~! 美味そうなさかにゃ~~!!」
そう、つまみぐいだ。
ぴょぉ~~んっ♪ と嬉しそうに飛び上がって火鉢の傍に行き、焼き魚の串を引き抜いて、がぶっ!! と一噛じり。
「うぅ~~~ん……うみゃ~うみゃ~♪」
はぐはぐと何度か
「ヴに゛ゃっ?!!?!?!?」
ぶばっ!! と口の中の魚の身を天に向かって吐き出して、前のめりに倒れこむタマ。哀れネコ畜生にも、つまみぐいの天罰がここにくだった。
すると、間を置かず、他の妖怪が八重の部屋へとやってきて…………。
「ふぅ~、遅くなっちゃいましたぁ……」
あうぅ~……御飯が冷めちゃっただろうなぁ……と気落ちしながら部屋へと戻ってきた八重。自分の部屋だというに、障子戸を遠慮がちにすすっと開けた途端――――、
「ふぇっ?! どっ?! どうしたんですかぁ?!」
八重の絶叫がこだました。それもそのはず、自分の部屋の中で、妖怪共があちらこちらに死屍累々。どっ、どうしよう?! と、突然の出来事に自分のキャパシティを越えてしまって、あわわわわわ……と八重が涙目になって震えていると、
『余の御帰還でございぃ~~~』
ひゅるりらぁ~~とお化け先生が戻ってきた。そして、部屋の惨状を見るなり、八重に一言。
『ふむ? ついに八重君が日頃のうっぷんを晴らしたというわけかい?』
「ちっ、ちがいますぅ~~~!!」
少し首を伸ばしてしまうほどに必死に否定する八重。しかし、実際のところ、八重の料理が図らずとも腹をすかせた妖怪共への罠となってしまったことは事実でもあった。
ちなみにこの後、妖怪共は楓から雷で気合を入れられ、散々な目に合いながら自室に戻っていったそうだ。もちろん、この妖怪共が二度と八重の料理を口にしないと心に決めたことは言うまでもない。
そして八重本人はというと、後かたづけを済ませた後、実に美味そうに自分の殺戮兵器を全て平らげてしまったそうだ。その光景に、さしものお化け先生もドン引きしたのは、お化け先生だけの秘密である。
華の大江戸日常絵巻~化け物長屋の人々~ 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo
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