第7話 残骸


 ガービー曰く、今向かっている現場は、キンググラント市民でも、この付近に来たがる人は滅多にいないらしい。


「企業のアホ共の糞溜めだぜ?只でさえ何もねえ場所だって言うのに、わざわざ臭せえ場所に行くことねえだろ、あのワニ野郎」

「逆だ。人があまり来ないことに価値があったのかもしれない」


 例えば、人と直接会って、資料などの受け渡しをするとか、だ。ワーナーの不正を暴く目的があったのだとしたら、メディアへの伝達はどうやっていた?ネット社会とはいえ、今回は郵送で資料を届けていた。いくら何でも、街中をあの鱗顔で歩いているとは考えにくい。

 その時になって、俺は奴の顔を思い出した。人とは思えない程尖った歯を、爬虫類特類のものとしか言えない目を、だ。アレを単に鱗病の亜種とは言えないだろう。そもそもだ、鱗病は皮膚病の一種であり、人間が鰐の合いの子になる病でないはずだ。

 だからこそ、あの怪人の本当の姿をガービーとムーア警部以外に言えないでいる。重傷鱗病患者として他の仲間は認識しているが、俺は違う。アレは、確かに怪人として、俺の前に現れたのだ。



 現場は確かに酷い有様だった。銃撃事件があったからではない。元からあった廃棄物から漏れている腐敗臭や刺激臭が辺りに充満しているからだ。それだけでなく、足元に散らばったゴミ……のせいで歩くのすら難しくなっている。これでは、現場検証すら難しいのではないか?


「クリスだ。頼むからゲロは吐くなよ。クッセえから」


先に現場についていたクリス刑事に誘導されて、『立ち入り禁止CAUTION』と書かれたテープの内側に入る……と入れ違いで、現場側から、シートに包まれたものが、担架で運ばれていくのが見えた。中身は大体想像はつく。


「さっき運ばれたのは被害者か?」

「さあね。まあ、身分証持ちだったようだし、名無しJOHN DOEにはならんだろう。多少酷い有様だったらしいが」

「多少……ねえ」

 

 銃撃事件とのことだ。遺体の損傷度合も程度によるとはいえ良いとは言えないだろう。ブルーシートに包まれて運ばれている時点で、嫌な予感はしている。

 

 現場を見てみれば、弾痕が至る所に見える。拳銃にしては多すぎる。サブマシンガンなどの規模によるものだろう。そして、弾痕の数に比例するように、血痕が辺りに広がっている。


「こりゃかなり派手に撃ち合ったみたいだな。もしくは一方的にか。さっき運ばれたジョンの遺体もおそらくだけどスイスチーズのように……」

「お~い、只でさえ吐きそうなのに、グロの話題はよしてくれよ……」

 

 ガービーは隣で露骨に嫌そうな顔をする。まあ、弾痕だらけの遺体の話などしたくないのは俺も同じだ。この後あるであろう司法解剖が今から既に憂鬱だ……


「ギャングだってここまでやらないだろうに、今どき……何があったんだあ?」

「そうだ……通報からの流れを教えてくれ」


 俺はクリス刑事に今回の事件の流れを聞いた。


 通報があったのは、今から一時間程前。近隣の住民より、銃声があったという通報があったのだ。それで、この地域管轄の刑事が現場に駆け付けたところ、この地獄絵図のような現場と、一名の遺体を発見したというわけだ。


「……ん?俺が無線で聞いたときはスケイルマン絡みって聞いたけども……」

「そこなんだけどさ、まあ、これを見ろって」


 クリス刑事は現場の隅を指さす。そこにあったものを見て、俺とガービーは思わず顔をしかめる。


 そこにあったのは、真っ赤に染まった肉片だった。おそらく銃撃を受けたからだろうか、肉の塊と呼ぶよりひき肉と呼ぶのがふさわしい程無惨に散らばっている。問題はその量だ。少なく見積もっても、拳大はあるだろう。銃で撃たれたにしては多すぎる。意図的に抉り取らないと、ここまでの肉片は人間からは取れないのではとすら思った、


「ひ、ひでえ……」

「ガービー、頼むから吐かないでくれよ……」


 そう言っている俺でも吐き気がするほどグロテスクなものだった。だが、これが一体?


「お前らよりグロ耐性が強い俺の部下が一部をサンプルとして持ち帰った。少なくとも、さっき程の遺体のものとは別人のものと見られたからな……んで、簡易的に調べたところ、この肉片の持ち主は『鱗病』だったことがわかったんだ」

「鱗病⁉」

「そ、鱗病。現在DNA検査中だ。これで誰か判明したら一気に手がかりになるんじゃあないかな?」

「そ、そうか……」


現在重症を負っている鱗病患者……特徴としてはまたとない機会だ。だが……


「普通の人間がこんな重症を負っていたら、今頃搬送されていないと死んでるような……」

「そうだよな……というか、普通死ぬっしょ」


 俺とガービーは同じ結論に至った。通常なら、ここまで重症を負っていたら、致命傷どころでは済まないはずだ。だが、現場にあった遺体は奴ではないらしい。

 では、奴は……スケイルマンは現在どこにいるのだ?重症を負った上で隠れているのは難しいはずだ。


「とりあえず……結果が出たら俺に連絡を」


 俺はクリス刑事と連絡先を交換する。

 

「にしても……ここまでの銃撃、ギャングだってなかなかしねえぞ」


 そこらに散らばる薬莢を指さしてガービーは呟く。


「完全に殺しに来てる連中によるものだよなあ。スケイルマンだっけ?俺が聞いてた話だと“正義の為に悪を暴く”みたいな奴って聞くけど、そんなに敵を作ってたタイプなのかね」

「クリス刑事は、奴の行動が正しいと?」

「まさか、ヒーローごっこを卒業できなかっただけだろ」


 だけど、とクリス刑事は続ける。


「世間はどうだろうな。今日の朝刊でワーナーが袋叩きにされていたが、スケイルマンが今後もこの手の行動を続けるなら、間違いなく信者が現れる。面倒になるぞ……」

「信者か……」


 あるいは、既に、奴の協力者が何人もいる可能性があるのか……


「まあ、DNA鑑定の結果が出れば、自ずと奴の正体も近づくっしょ。そんな渋い顔するなよ、マーティン」


 ガービーに鼓舞されて、俺は憂鬱な想像を吹き払う。そうだ。今は鑑定の結果を待つしかない。運が良ければ、人物特定までできるかもしれないからな。



 だが、結果は俺が予想していないものだった。


「言っている意味がわからない。間違いないのか⁉」

「ああ、俺もわけがわからん。」

 

 その日の夕方にクリス刑事より、DNA鑑定の結果の連絡が来たのだ。


「俺も理解が出来ない。DNAが一致したのは、七年前に死亡したはずの男だなんてな」

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スケイルマン 笛座一 @fetherwan

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