影踏みの鬼【2:0:0】20分程度

嵩祢茅英

影踏みの鬼【2:0:0】20分程度

男2人

20分程度


-------------------------------


如月きさらぎ

口数が少なく、生真面目すぎる性格。ネット上で「死にたい」と呟きながら生きている人を「救済」と称して殺害していく。その行為について、純粋に「救っている」と思っている反面、「人を殺している」という自覚もある。


夕凪ゆうなぎ

如月の同級生。如月と共に「死にたい」と呟く人々の救済を行う。手伝っている理由は不明。如月とは違い、お調子者なタイプ。なんだかんだ面倒見がいい。


----------

「影踏みの鬼」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

如月♂:

夕凪♂:

----------




如月M「影を踏まれると鬼が移る―――

子供の頃、影鬼をして、最後に影を踏まれたまま大人になった俺は…

心に鬼が棲みついた―――」


(間)


夕凪M「小さな事務所。ここが二人の活動拠点。」


(間)


如月「死にたいと思っていても、実際にそれを行動に移せる人間は少ない」


夕凪「それはそうだろうね。結局のところ、みな、自分がかわいいのさ。

死にたいと思っていても、結局死ぬのが怖いんだろう?」


如月「だろうな。

死に踏み込む勇気がなく、後押しが必要だと言うのであれば、俺はソレを助けたいと思っている」


夕凪「おいおい、俺を仲間外れにするなよ」


如月「あぁ、そうだな。

世の中、死にたいと思っている人間なんて山ほどいる。

これも現代ストレスの闇ってやつなのか…」


夕凪「ストレスねぇ。そのフレーズ、よく聞くけどさぁ、昔とそんなに変わるものなのかなぁ?

日本は世界的に見ても、自殺者が多い国だ。

最近になって急に自殺者が増えた訳じゃあないだろう?」


如月「そうだな…。Twitterだけでも『死にたい、消えたい』なんて投稿は、毎日腐るほどある」


夕凪「簡単に口にする言葉ではないはずなんだけどなぁ」


如月「それなら『殺したい』なんて言葉も、そうそう使っていいものではないだろう?」


夕凪「まぁ、そうだな。…いずれにせよ、みな匿名性とくめいせいの高い場所ではとてもお喋りになるようだね」


如月「そうだな…さて、今日の仕事分は一通りチェックした。

今日も人々の救済に向おうじゃないか」


夕凪「(小声)自殺願望の後押しが、救済、ねぇ…」


夕凪M「そう呟くと、二人、事務所から出て行った」


(間)


如月「Twitterの書き込みだと、ターゲットはこの駅から、毎朝七時十二分の電車に乗る。自撮り写真もたくさん載せているから特定は容易だろう」


夕凪「どれどれ…おっ、あそこ。歩いている彼女がそうじゃない?」


如月「人混みの中、スマホ片手に歩いているなんて、なんとも無用心なものだ」


夕凪「彼女だけじゃない。それだけこの国は安全で、国民の警戒心も薄いって事さ。マナーの問題でもあるけど…」


如月「どちらにせよ、楽な案件だな」


夕凪「列車到着のアナウンスが流れた、もうすぐ電車がホームに来る」


如月「あぁ、彼女は線路に近い場所に立って居る。今日、このまま、救ってあげられる」


夕凪「あの場所なら監視カメラから死角を作れる、俺が間に入ってカバーしよう」


(間)


如月「彼女に安らかな死を…」


夕凪「すこやかなる、永遠の眠りを…」


如月M「ドンッ、と背中にぶつかると、女はそのまま線路に落ちていった。

鳴り響く列車のブレーキ音。

人々の悲鳴。

スマホで動画を録り始める奴もチラホラいる…

本当に、この国は病んでいる」


(間)


如月「次は、っと…通勤時にこの道を使う奴だ。

上司への鬱憤うっぷんが相当溜まっているな…

それなのに、『殺したい』じゃなく、『死にたい』なのは何故なんだろう…?」


夕凪「その上司が、簡単に死にそうにないとか?他にも死にたい要因があるのかも」


如月「ふむ、ツイートを一通り見たところ、友人も少なそうだし、同僚との交流もないようだ。あり得る線だな」


夕凪「…来たぞ」


如月「この道は車通りも多い。ドライバーには悪いが、こちらとしては好都合だ」


夕凪「しかしこいつもスマホ画面を見ながら歩いてるなんて…

普通に道を歩いてるだけでも危険だろうに…」


如月「何か書き込みをしているんじゃないか?五分前にも投稿があった」


夕凪「あぁ、なるほど」


(間)


如月M「そんな事を話しながら、男に近づいていく。

ちょうど車道と歩道を隔てる柵の途切れた所で、男を車道へと突き飛ばす。

ドンッと車体にぶつかる音。車の急ブレーキ。

直線道路でのスピードでは助からない。

後続車にも轢かれ…彼もまた、不満だらけの現世から救い出されたのだ」


(間)


夕凪「(伸びをして)ところで、そろそろ朝食でもどう?」


如月「そうだな、どこに行く?」


夕凪「うーん、適当にマックでも?」


如月「オーケー」


(間)


夕凪「店内、割といてるな、ラッキー」


如月「皆もう出勤の時間だからな」


夕凪「あっ、如月きさらぎが頼んだやつ、新作?一口ちょーだい」


如月「ん」


夕凪「サンキュー。…うん、結構美味いかも!」


如月「お前は毎回、同じものを頼むな」


夕凪「他のメニューにも手を出したいとは思うんだけど…

注文する時になるとつい、同じモノを頼んじゃうんだよなぁ…」


如月「変化を嫌うタイプ?」


夕凪「さぁ?そこまで気にはしていないけど…

好みの味に出会っちゃうと、それしか頼まなくなっちゃうかなぁ」


如月「お前は昔からそうだったかもな」


夕凪「如月きさらぎはそうならない?」


如月「うーん、こだわりがないのかもな…

何かに対して、『これじゃないと』、と思うことがない」


夕凪「なるほどねぇ、羨ましい事で」


如月「羨ましいって…自分の意思で違うものを頼めばいいだけだろう?」


夕凪「ナンセンスだね。それができていたら、この話は成り立っていないよ」


如月「まぁ、確かに。というか、カッコつけて言う言葉でもないだろ」


夕凪「ははっ。これからも、次こそは違うものを頼む!…って意気込んでも、結局同じメニューを頼むんだろうなぁ」


如月「と言いつつ、そんなに悩んでいるようには見えないけど?」


夕凪「ははっ、まぁね。ただの話のネタだから」


如月「相変わらずだな」


夕凪「それって、適当って言ってる?」


如月「いいや、人をなごませる才能だと思っているよ」


夕凪「ふーん?まぁ、褒められたって事にしておくよ。で、この後はどうする?」


如月「俺たちの仕事は、出勤、退勤の時間帯が最適。

一度事務所に戻って、情報収集かな」


夕凪「了解」


(間)


夕凪「はぁー、死にたい人間が多すぎるだろ…」


如月「皆、この腐った現実から、救いを求めているのさ」


夕凪「実際に言葉として発しづらい思いも、ネット上では口が軽くなるものなのかねぇ」


如月「言葉には出せないにも関わらず、ネット上では吐き出してしまうほどの思いならば、叶えてやるのが俺たちの役目…この全てを救うのは無理でも」


夕凪「カバーできる範囲でなら救うって?」


如月「もちろんだ………うっ…!」


夕凪「如月きさらぎ…?どうした?如月きさらぎ?!」


如月「…うっ、ゲホッゲホッ!(血を吐く)」


夕凪「ちょ、血?!…ただごとじゃないぞ、救急車を呼ぶか?!」


如月「……はぁ、はぁ、………いや、大丈夫だ…救急車は、呼ばなくて、いい…」


夕凪「…ここは俺が片付けるから、洗面所で口をゆすいで来い……

一人で行けるか?手を貸す?」


如月「…あぁ、すまない…一人で大丈夫だ…」


(間)


夕凪M「そう言って、ふらふらと歩いて行く如月きさらぎの背中を見つめ、一抹の不安を感じていた…

一通りその場を片付け終わった頃、如月きさらぎが戻ってきた」


(間)


夕凪「病院、行けるか?」


如月「あぁ、大丈夫だ」


夕凪「近くの総合病院がいいかな、とにかく早く見てもらいたい」


如月「大袈裟だな」


夕凪「大袈裟じゃない!血を吐いたんだぞ?!すげーびっくりしたんだからな!」


如月「ははっ、悪い悪い」


夕凪「じゃあ、車出すから支度しろ」


如月「悪いな」


夕凪「悪くないよ、さ、行くぞ」


(間)


夕凪「さすがに総合病院は混んでるな」


如月「仕方ない、待とう…って、お前まで一緒に待つのか?」


夕凪「別段やることもないし、どれくらいかかるかも分からないからなー…

一緒に待っててやるよ」


如月「保護者かよ」


夕凪「似たようなモンだろ、ホラ受付に行くぞ」


(間)


夕凪M「受付を済ませて二十分程経ったころ、診察室へ呼ばれて行った。

診察自体はすんなり終わったが色んな検査に回されているようで、全て終わる頃には夕方になっていた」


(間)


夕凪「で、どうだった?」


如月「あぁ、一週間後に結果が出るらしい」


夕凪「ストレスだったりして」


如月「それは笑えないな」


夕凪「しかし血を吐くなんて初めて見たもんだから焦ったよ、大した事ないといいけど…」


如月「そう、だな…」


夕凪「待ってる間、ネットで調べたけど、血を吐くような病気…

胃潰瘍いかいよう十二指腸潰瘍じゅうにしちょうかいよう食道静脈瘤しょくどうじょうみゃくりゅう胃静脈瘤いじょうみゃくりゅう、マロリーワイス症候群、出血性胃炎しゅっけつせいいえん、胃がん、食道がん、その他……

うーん、胃炎が一番軽そうに思えるけど…まぁ、来週には結果が出るか」


如月「そうだな、考えても仕方がない。仕事をしよう」


夕凪「げっ、仕事の鬼かよ」


如月「あぁ、俺は鬼だ…影を踏まれたあの日からな…」


夕凪「笑えねーんだよ、バーカ」


夕凪M「たかだか子供の遊びで、鬼が移ると思っているコイツは、真面目すぎる性質たちだ。とはいえ『鬼』になったなんて、どこまで本気で思っているのか、俺には知るよしもない…」


(間)


如月「次のターゲットは仕事帰り、一人で飲みに行く事が多い。

見えるか?あの、非常階段のあるビルだ」


夕凪「ってことは今回は非常階段か」


如月「酔って誤って落ちた。良くあることだ」


夕凪「そうだな…」


如月「…来た」


(間)


如月M「夜風に釣られて男が近寄ってくる。俺たちの後ろを通り過ぎようとしたその時、男をひょいと持ち上げ、階段の手すりの外に立たせると、軽く背中を押した。

男はそのまま、地面へと落ちていった」


夕凪「さ、ビルの中へ入ろう」


如月「そうだな、裏口から出て帰るか」


夕凪「しかし、よくあんなに軽々と人を持ち上げられるな」


如月「鍛えているからな、力は無いよりあった方がいい」


夕凪「それは分かるけど、そこまで自分に厳しくできないなぁ、俺は」


如月「必要なら鍛える。俺たちの仕事では必要になるだろう?」


夕凪「まぁね、今回のような力技は、頻繁にはないにしろ、力があればできることは増える。頼りにしているよ」


如月「ははっ、任せろ」


(間)


夕凪M「それから数日経って、如月きさらぎは検査の結果を聞きに、病院に行っていた」


(間)


如月「…ただいま」


夕凪「おっ、おかえり。随分かかったな?」


如月「…夕凪ゆうなぎ、これからは時間帯を考慮せず活動をしていく」


夕凪「…は?それじゃあすぐに足が付くぞ!……もしかして…医者に何か言われたのか?」


如月「…癌が見つかった。腎臓じんぞうだ。

既にステージ4に入っている。

身体中に転移も見られて、胃もやられている。

…血を吐いたのはそのせいだと。

手術も出来ないとの事だ」


夕凪「そんな…」


如月「何故こんな時に、何故俺が、と思ったよ。…そして考えた。

治療もできないのなら…俺のやるべき事、やりたい事は変わらない。

だが今までよりもペースを上げたい。…協力してくれるか?」


夕凪「……それはするけどさ…本当にそれでいいのか?

…長くは、生きられないんだろ?

…もっと、やりたい事とかないのかよ…俺、なんて言っていいか分かんねーけどさ…」


如月「…そうだな…『救済』が俺のやりたいこと、なんだよな。

色々考えてみたけど、他に何もなかった。だから続ける。

そんな俺のわがままに付き合ってくれるか?」


夕凪「…あぁ…分かった」


如月「俺の事を考えて言ってくれてるのは伝わってるよ。ありがとうな」


夕凪「…うん」


如月「…本当に感謝しているんだ。今までも、もちろん、これからも」


夕凪「そんな事、改めて言われると、なんか照れる」


如月「照れろ照れろ。

自分で言うのもなんだが、俺がこんな事を言うのは、貴重だぞ」


夕凪「まぁな。うん、俺にできることなら、なんでも手伝うよ」


(間)


如月「これからは俺がメインで動く。夕凪ゆうなぎはサポートを頼む」


夕凪「了解」


如月「これから警察に目をつけられる確率は格段に上がるだろう…

捕まる前に、よりたくさんの人々を救う」


夕凪「あぁ、それじゃあ行きますか」


如月M「それから、出勤、退勤時での事故に見せかけた救いの他に、自ら進んで凶器を使い、『死にたい』と呟く人々を大量に救済していった。

世間ではネットとの関連性が報道され、『死にたい』などの発言は控えるよう、緘口令かんこうれいが敷かれたが、相変わらずネット上では救いを求める声がまないのが現状だ。

…誰も、自分がターゲットになるなんて考えもしない…

この報道をきっかけに自殺者も増えている。

人間とは、なんと愚かで、愛おしい生き物なのだろう…」


(間)


如月「…さて、今回集めたメンバーは、皆、今日貸し切ったレストランの会員だ。

一度にこれだけの人数を救うこと。

それが俺の…最後の仕事になる。

警察も俺たちに何らかの関連があると気付いていてもおかしくない頃だ」


夕凪「……あぁ」


如月「長い時間を掛けて用意した舞台…ミスは許されない。

必ず皆、救われなくてはならない」


夕凪「食事の毒と火災、手際良くやらないといけないな」


如月「俺は今回の仕事に全てを懸けている。

……今まで『救う』と銘打って、沢山の人々を…殺してきた。

俺もそろそろ、俺自身の鬼を解き放ってやらないとな…」


夕凪「今更かも知れないけどさ、なにもお前まで…」


如月「夕凪ゆうなぎ、これまでたくさん手助けをしてもらった。

それも今回で最後だ。……頼む。」


夕凪「………ん…分かった」


(間)


如月「料理に混入させた毒で、食事を終える頃には眠気と痺れで動けなくなるだろう。…最後の食事を楽しんでくるよ…」


夕凪「如月きさらぎ…」


如月「死後の世界と言うものが本当にあるとしたら、俺は地獄に堕ちるだろう。

だが、それでもいいと思っている。

今までの所業しょぎょうからすれば当然だ…だが、後悔はしていないんだ」


夕凪「あぁ…」


如月「今までありがとう、夕凪ゆうなぎ


夕凪「…こちらこそ」


(間)


夕凪M「そんな言葉しか出なかった。

食事の用意と火災用の仕掛けを終え、客を迎え入れる。五十名を超える人々。

今回は如月きさらぎもターゲットの一人として会場にいる。

皆、食事を終え、会場に火を付けると、みるみると建物は炎に包まれていった。

意識のある中、動けずに焼かれていく人々。

その時、如月きさらぎと目があった。その瞬間、彼は微笑んだ。

俺はその顔を一生忘れないのだろうと思った…」


(間)


夕凪「如月きさらぎ…これまで何故俺たちが警察に捕まらなかったと思う?

…それは、俺が、警察上層部と繋がりがあるからさ…

ふふっ、警察の中でも、俺たちの活動に賛同する者は少なからず居るという事だ。

………お前は気付いていなかったのかい?

…最後に影を踏まれたのは………俺だったんだよ。

…お前の『鬼』は、癌だったのかも知れないね…

人々の救済は、これからも続く…ずっと…ずっとね…ふふふふふふふっ―――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

影踏みの鬼【2:0:0】20分程度 嵩祢茅英 @chielilly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ