6
薄曇りの空は夕暮れの光でオレンジ色に染まっている。新鳥野さんは南キャンパスの駐輪場に自分の愛車を停めているはず。私は全力でそこに走った。
駐輪場に、よく知っている後ろ姿が見えた。
「新鳥野さん!」
「え?」彼が振り向き、目を丸くする。「一石さん! どうしたの?」
「はぁ……はぁ……」
息が切れて上手く喋れない。だけど毎日の通学で鍛えた体、すぐに呼吸は整った。
「新鳥野さん、ニュートリノは、
「しないよ」
「!」
予想外の答えだった。しかも即答……
「光子が相互作用するのは荷電粒子だけなんだ。電荷なしのニュートリノとは相互作用しない」
……また良く分からないことを……ええい、そんなの、どうでもいい!
「新鳥野さん、さっきミュウについての気持ち、聞きましたけど……私のことはどう思ってるんですか?」
これはもう、告白だ。新鳥野さんにだって分かるよね……
だけど……
「……」
あからさまに顔をしかめ、彼が言う。
「
新鳥野さんの顔には、なんとも言えない複雑な表情が浮かんでいた。
「君は、似てるんだ。高校時代に僕が告ったけど、全く相手にされなかった女の子に、さ……」
「……!」
衝撃だった。
「その子には結構
「う……うぐっ……」
なんてことだろう。
もう、
「そうだったん……ですね……わかりました。困らせて、ごめんなさい……」
必死の思いでようやくそう言って、私は彼に背を向ける。
「……待って!」
「!」
新鳥野さんの声に、私は反射的に振り向く。
「ね、一石さん」
彼は真っ直ぐ私を見据えていた。
「さっき守川さんのこと、君から伝えられた時……僕、なぜかショックだったんだ。その理由をずっと考えてた。そして……今、波束が収縮したよ」
「……え?」
「君が僕に、守川さんと付き合って欲しい、なんて言うってことは、君は僕が守川さんと付き合っても構わない、と思ってることになる。僕はそれがショックだったんだ。でも……君、本当にそう思ってるの?」
「……」無言で私は首を横に振った。新鳥野さんは優しく微笑む。
「確かに君は僕を苦しめたあの子に似てる。でもそれは、裏を返せば君が僕の好みのタイプ、ってことだ。そう……僕の中で君に対する二つの矛盾した感情が共存している。いつだったか君は言ったね。そういうアンビバレントな気持ちは粒子と波の二重性みたいだ、って……でも、それは観測の仕方でどうにでもなる。好ましく思うように観測すればいい」
「新鳥野さん……」
「ああ、そうか。二人で能登海浜自転車道を走った時だったね。あの時は楽しかったな。一石さん……また、一緒にツーリングに行かないか……?」
新鳥野さんが、照れくさそうに言った。
「……」
私は微笑み、涙を拭いて小さくうなずく。
その瞬間、雲の切れ間から夕日の光が差し込み、二人を赤く染め上げた。
フォトンとニュートリノ Phantom Cat @pxl12160
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