5

「ねえ、みっちゃん」


 その日の講義終了後、グループメンバーで同じ学類の守川もりかわ 美由紀みゆき――通称「ミュウ」が、私を捕まえて言った。


「新鳥野さんってさ、彼女いるのかな」


「……!」


 ギクッとした。


「な、なんでそんなこと私に聞くの?」


「だってあんた、彼と仲良さそうじゃん」


 ミュウの目が、少し怖い。そうか……ミュウ、彼が好きだったのか……彼と一緒に自転車道を走ったことは、黙っておいた方が良さそう。


「そうかなあ……時々通学で一緒になるくらいだけど……でも、彼女らしき人と一緒にいるのを見たことはないよ」


「ふうん。だったらさ、あたしのことどう思うか彼に聞いてみてよ。イケそうだったらあたしのLINE教えちゃっていいから」


「う、うん……」


 ミュウの勢いに押されて、私は思わずうなずいてしまった。


---


 教室を出て帰りがけの新鳥野さんを、私は呼び止める。


「守川さんか……そうだね、可愛いよね。ミュウってあだ名もなかなかいい感じだ」


 新鳥野さんの言葉は意外だった。てか、ミュウのこと、そんな風に思ってたんだ……


 ……なに、この気持ち。ずん、と胸が重くなったんだけど。


「そうですよね。ミュウって、可愛い名前ですよね」


「ミュウはね、ニュートリノと相互作用するんだよ」


「……はい?」


 この人、またわけの分からんこと言い始めたぞ?


「ああ、ごめん、素粒子の一種でμ粒子ミューオンってのがあるんだ。それがニュートリノと相互作用するって話。だから、僕とはピッタリかもね」


「……」


 もう、なんなの、この人……


---


 結局私は、ミュウのLINEを新鳥野さんに教えてしまった。


 私の心は、なぜかどんよりしていた。このどんよりの正体は何だろう……


「どうだった?」


 教室に戻ってきた私に、ミュウが問いかける。


「うん……彼女、いないみたい。ミュウのこと可愛いって言ってたよ……」


「マジで!」


「うん」


「やった! みっちゃん、ありがとー!」


 嬉しそうなミュウの顔を見た瞬間、私の心の中で何かがはじけた。


 やってしまった。どんよりとうねっていた自分の気持ちを、私は観測して一点に収縮させてしまったのだ。そして得られた結論は……


 これは、嫉妬だ。ミュウに対する。


「……みっちゃん?」


 ミュウが私の顔をのぞき込む。


「え?……あ……」


 いつの間にか、私の頬を涙が伝っていた。


「やっぱりか……」ミュウが苦笑する。「あんたも……あの人が好きなんでしょ?」


「!」


 さらにまた波束が収縮してしまった。そう……私は……新鳥野さんが……


「ほら、彼に言ってきな」ミュウが右手で私を追い払うような仕草をする。「自分の気持ちに決着付けてきなよ。あの人がどっちを選んでも恨みっこなしだ」


 ミュウのこういうサバサバしてるところが、私はとても好きだ。


「ごめん、ミュウ!」


 私は教室を飛び出した。


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