第7話 知らない天井




『――よくきたね、カイネ』

『――今日からここが君の部屋だ』




……夢を見ている。

雑貨屋をしていた爺ちゃんが病気で死んで、自分ひとりになって。


大家さんが来て、家賃払えないなら出ていけと言われて。


家にあった家具も持っていけないからって、爺ちゃんの形見のペンダントと、持てる物だけもって追い出されそうになって。


爺ちゃんの取引先だったおっちゃんが、話を聞きつけて住み込みで働かせてくれるって言って。


他に頼れる相手も居なかったから、頷くしかなくて。


狭い物置みたいな部屋に、少しの荷物だけ持ち込んで住むことになった。




『――まずは店の掃除と商品の在庫確認、あとはこまごまとした雑用をしてもらうよ』

『――さすが、お祖父さんの仕事を手伝っていただけのことはある。覚えが早い』




爺ちゃんの手伝いをしてたから、最初のうちは簡単に仕事が覚えられた。

おかげで褒められることも多かった。

だけど……



『――おい、なぜ頼んだことが出来てないんだ!?』

『えっ、それは○○が代わりにしてくれるって――』

『私は別の仕事を頼まれてたんだから、できるわけないじゃない。人のせいにしないでくれる?』

『自分が任された仕事の不始末を、他人ひとのせいにするな!!』



……店主のおじさんから目を掛けられているのを、他の丁稚が気に入らなかったようで仕事の邪魔やいじめをされるようになった。

しかも、何人かで口裏を合わせられてしまうため、言い訳も聞いてもらえなかった。



『――最初は覚えがよくて拾いものだと思ったのに、ちょっと褒められて調子に乗ったか!?』

『違うんです!みんなに邪魔されて…』

『そうやって人のせいにする性根が気に食わん!こっちに来い!!』

、爺さんの代わりに躾てやる!!』



……そうして殴られ、話も聞いてもらえず、『折檻部屋』へと連れて行かれ、服を脱がされ、縛られて――





「…――ッ!!」


目が覚めると、知らない天井が目に入った。


「ここは……?」

「目が覚めたか?」


声がする方を見ると、知らない爺さんが机に向かって何か作業をしていた。


「名前は言えるか?」

「……カイネ」

「何故ここで寝てるのか?って顔だな」

「ここはどこ?」

「下町の診療所だ。お前さんが路地裏で血だらけで倒れてたのを、もの好きな兄ちゃんが拾ってここまで連れてきたんだ」

「血だらけ……」


だんだん記憶が蘇ってきた。

たしか、ハンス達に追い掛けられて逃げ損ねて捕まって……


「俺、なんで……?」


ハンス達に全身殴られていた、はず。

容赦ない暴力による痛みを思い出し体が震えだす。


「なんで無事なのかって?その兄ちゃんが魔法でお前を治したからだ。

ここに連れてきた時はまだ少し怪我が残っていたんだが……もう少し回復させると言って魔法をかけていった。

魔法ってのは凄いな、打撲も骨折も切り傷もみぃんな綺麗に治しちまった。あんなのがもしもっとたくさん居たら、医者なんて廃業だよ」


まぁ魔道士は医者になんかならんだろうがな、と呟いて乾いたように笑う。


「魔道士……その人、大きな犬を連れてた?」


蘇った記憶の最後、誰かに抱き上げられて、身体の痛みが引いていったような……


「ああ、賢そうな犬を連れてたな。知り合いじゃないのか?」

「大通りで少し話しただけで……なんで俺を……」

「さてな、ワシも聞いたんだが『ちょっとした詫び』としか言わんかった」

「……詫び?」


何のことか分からなかった。

――分からなかったが、とりあえず命は助かったらしい……


「用事があるから、また夜に様子を見に来ると言っとったよ。詳しく聞きたいなら、そのとき聞くんじゃな」

「夜って……ここに居ていいの?」

「ほとんど治ったようだが、本当なら死ぬような怪我だったんだ。あの兄ちゃん曰く、怪我は治せても流れた血はすぐには戻らんそうだから、今日のところは休んでおきな」

「でも俺、金が…」


そう言って、ふと気が付いた。

肌身離さず持ち歩いていた、


「無いっ!無い!!?」

「どうした?

お前さんが連れ込まれた時には、なんも持ってなかったぞ?」

「…………ハンスたちに奪われたとられた、か…」


恐らく意識が無くなったあとに、服の下に隠していた金を奪われたとられたのだろう。


「……ちくしょぅ…頑張って貯めてきたのに……」


悔しくて涙が出てくる。

誰もがあきらめてその日暮らしをしている横で、コツコツと稼いできた金をあんな奴らに奪われるとられるなんて…


「……うっ…ううっ…」

「…何があったか、なんとなく想像できるが…とりあえず、治療費はあの兄ちゃんから貰っておる。今日はここに泊まって、これからのことはゆっくり考えるんじゃな」


医者の爺さんはそう言い残すと奥の部屋へと消えていった。

一人きりになった病室で、これからのことを想像して暗い気持ちになっていった。



◇◇◇



ーー夜。


アルフは街で情報収集を行った後、再び診療所へと戻ってきた。


「あっ…ムグっ!」

「おっと、食事中だったかい」


カイネはちょうど食事の最中だったようで、身体を起こして乳粥のようなものを啜っているところだった。


「とりあえず、食事が出来るくらいには回復したようでよかった」


ベッド横の椅子に座りつつ、声をかける。


「……なんで」

「ん?」

「なんで、助けて…くれたの?」


おずおずとした態度で質問してくるカイネ。


「…君のことを何も知らずに、知ったようなことを言っちゃったお詫び、かな」

「お詫び…?」

「君なりに頑張ってたのに、勝手なことをいってしまっただろ?あれを一言謝りたかったんだ」


カイネは手を止めて、まじまじとアルフの顔を見る。


「……あんた、すっげぇバカでお人よしだな」


そして、呆れたように言った。


「そ、そうかな?」

「こんな、ちょっと話しただけの浮浪児ガキにわざわざ謝る為に、死にかけてたところを魔法まで使って助ける?しかも金まで払ってここに泊まらせて…誰が考えたって大バカだろ」

「……そうかもね」


なんと言えばいいのか分からず、アルフは視線を逸らす。

そして少しの、沈黙。


「……でも、俺もおんなじくらいバカさ」

「え?」

「あんたの言う通りだった。こんな汚いガキが1人で商売始めようとするなんて無理だったんだよ!」

「いや、それは……」


視線をカイネに戻すと、大粒の涙を溜めていた。


「せっかく貯めた金も全部とられて……助かったってこれから、どうすりゃいいん『あ!そうだ!!』 だよ…?!」


空気が重くなりそうになった瞬間、アルフは手をパンッと叩いて強引に話を遮った。


「ところで、君を襲った連中というのはとかいう破落戸ごろつき共で合ってるかい?」

「え…う、うん。そうだけど……なんで?」

「実はね、君を担ぎこんだ後にあの辺りで少し聞いて回ったんだよ。君はあの辺りじゃそれなりに有名人だったから、少し調べたら誰とトラブっていたのかすぐに分かったよ」


それがどうしたというのか。

カイネは唐突な話題変更に少し混乱した。


「君以上にハンス達は有名人だったみたいだね。悪い意味で。みんな嫌そうな顔で簡単に教えてくれたよ」

「…?」

「なにやら興奮冷めやらぬ様子で、溜まり場にしている酒場へと入っていった姿を何人も見かけたらしくてね」

「……お、おい、まさか…」


カイネは目を見開き、思わず聞き返した。




「――うん、君にした事を詳しく聞きたくて会いに行ったんだ」




アルフは事も無げに衝撃的な事を口にしたのだった。

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子連れの魔導士 ~魔法の才能?無くても魔導士になれますが?~ たかお @takao_666

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